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 午前9時。『古きよき時代の日本の朝食』を終えた本郷は、7時間前と同じメンバー、それに加え何名かの刑事と共に資料室にいた。昨日立て続けに起きた事件で、人手は不足しているはずだが、快く引き受けてくれた。そういえば高野はまだ病院だろうか。五十嵐は黙秘を続けているという。O病院の当直は、昼から翌日の昼までが勤務時間となる。病院内は混乱が続いているかもしれない。どうしようもなくなったら呼び出すから、と広瀬は言っていた。3時間で、出来る限り調べなければいけない。
 机の上には、ドクター・ドクロが作成した、整形前のモンタージュ5枚、そして七海にコピーをしてもらった数枚の紙。特別室への面会者名簿。
「さすがに、これだけあると壮絶ですなぁ…」
 関係あるであろう資料の山を目にした、暴対課の笠木はあっけに取られたように言う。多くがデータベース化されつつあるとはいえ、まだ紙媒体のほうが多い。
「これを期に、せめて八神のところだけでも電子ファイルにしますか…。もしかしたら5千は超えているかもしれませんね」
 組織犯罪対策室の笹倉も首を振る。資料はすべて、八神とその組織、および対立組織のものだった。面会者名簿の名前を照合したい、と申し出ただけでこのありあさまだ。八神への面会者が偽名を使っている可能性は少ない。また、あれだけの大所帯、直属の部下を除けば、各『子会社』の頭ぐらいしか面会は許されないだろう。身元不明男性にも、知り合いではないか、という人間が何人か訪れていた。
「あぁ、これ。5ヶ月ほど前の。本郷さんに協力していただいたやつですね」
 見覚えのある資料が笠木から渡される。末端組織の捜査の際に渡されたものと同じだった。そこのトップも面会に訪れている。見覚えのある名前だとは思っていたが。そういえば、警察に引き渡してから暫く日本を離れ、最終的な結果を聞いていなかった。
「下っ端除いて全員保釈ですよ。八神が身元引受人。保釈金一括で払いましたよ」
 あそこの結束力といいますか、あれは羨ましいほど強いですなぁ。マル暴の所属とは思えないのんびりとした口調に、本郷は生返事を返す。果たしてそうだろうか。あの時八神と交わした会話。彼があの店に来た目的とは。
「あれ、この顔に良く似た人物、見たことありますよ」
 若い刑事が、モンタージュ写真の1枚を取り上げる。
「どこでだ?」
「笠木さん、覚えていないんですか?その、例の5ヶ月前の時にしょっぴいた中にいましたよ。おれ、初めての取調べだったから良く覚えてるんです」
「調書、取って来い!」
 ばたばたと遠ざかっていく音を聞きながら、作業を開始する。


「本郷先生、広瀬先生」
 昼過ぎ、出勤してきた本郷と広瀬に、3人の看護師が駆け寄ってきた。手には、それぞれ紙袋。
「今日、当直ですよね。これ、よろしかったら食べてください。お好きだと聞いたので」
 そう言って紙袋ごと渡して3人は走り去っていった。この病院の廊下は走ってもよいらしい。自分も来てから連日のように走っている。
「…ケーキ…だよな、これ。お前、いつから甘いもの食えるようになったんだ?」
 甘いものが苦手な本郷ですら知っている、有名店のものだ。3つとも違うブランド。
「別に食べられないわけじゃない」
「高校の時、新岡の誕生日に連れて行かれたケーキ屋で、気持ち悪くなっていたのは誰だったっけ?」
「……」
 そう考えると、食べられるようになったと言ってもいいのだろうか。もっとも、それは仕事であれば、の話だ。
「あれ?本郷先生、広瀬先生。それって…」
「あ、長瀬さん、おはよう」
 物欲しそうな七海の表情に、後で一緒に食べる?と広瀬は袋を掲げる。
「いいんですかぁ?ありがとうございます。私、今日も当直で。さすがに疲れたなーって思っていたので」
「え?3日連続?」
「えぇ、人手も足らないし、退職にあたっていろいろやらなきゃいけないこともあるから、しょうがないんですけど」
 2人の会話を聞いて、本郷は一番高い可能性を思いつく。
「じゃぁ、冷蔵庫に入れておくよ。名前書いて」
 広瀬が部屋へ入る。
「…お前の入れ知恵か」
「そういうなよ。この格好で3日連続の夜勤は辛いんだって。もっとも、これは俺の計画じゃなくて、長瀬明美の勤務予定がそうだったんだから、どうしようもないんだけどな」
 1歩遅れて、2人も部屋へ入る。


 八神に話があるからと、本郷は1人特別室へ向かった。原則の2人1組は全く守られていない。とはいえ、五十嵐もいなくなった今、守るほうが難しい。朝の検温、そして高橋が行った診察結果を見て、一通り問診した後、本題に入る。
「貴方が襲撃された事件。警察はまだ犯人を特定できていません。顔は、見ませんでしたか?」
「見てはおらん。後ろからだったし、直後に若手が覆いかぶさるようにして車へ運んだ。それは、刑事たちにも言ったはずだ」
「では、対立する組織、というのはどこから?」
「他に、考えられるか?まさか、身内とでも?」
 目つきが鋭くなる。年老いてなお、このような目を持っているものは少ない。
「率直に申し上げるなら、その通りです」
 視線がぶつかる。それを逸らすことなく、八神は口を開く。儂は人の忠告は素直に聞くほうだ、と。
「――今の言葉、解って言っておろうな」
 根拠のない、でたらめならば。古い気質を持つ暴力団。結束力の強さは確かだ。脅しではない。
「――無論」
 廊下へ出る間際、受話器を手に取る八神の姿が目に入った。


 辻褄はあうのだ。ドクター・ドクロの作ったモンタージュと、警察署に保管してあった前科犯の写真はほぼ一致した。それだけでは、証拠としては弱い。相手の出方を待つのも手だ。彼らの考えることだから、選択肢は限られてくる。
 パイプ椅子を出し、腰掛ける。男性は眠っている。カルテには毎日同じことが書かれていた。特記すべき事として、不規則な呼吸。今もそうだ。
 どのくらい過ぎただろう。彼の呼吸に合わせて、無意識に指を動かしていた。それに気がついた時、微かに口角が上がるのを自覚する。脳波はある。指に触れれば、反応もある。警察の家宅捜査の結果を待っても良いが、間違いはないだろう。


 午後10時。当直室で、広瀬と七海はケーキを選びながら、とりとめのない会話をしていた。当直室には、奥にさらに部屋があり、2段ベッドが2つ。それは医師用で、看護師はまた別の部屋になる。とはいえ、当直の医師は広瀬と本郷しかいない。本郷は、他の医師、看護師が帰ってから特別室へ行ったきりだ。
「昨日の事件もあってか、今日退院、移動された方、随分と多かったですね」
 入院患者の人数は半分になった。おかげで今日は事務手続きに追われた1日だった。救急戦隊Oレンジャーはまだ全員いる。
「八神もついに明日、退院することになったよ」
「本当ですか?よく部下の方が納得しましたね」
「本郷のおかげと言うか。見舞いに来た部下との、淡々とした押し問答は、殴り合いより迫力あったよ。昔から、そうだったもんな」
 昔から。その言葉は、特別なもののように感じる。七海はイチゴのショートケーキを選ぶ。ケーキは好きだ。特に、オーソドックスなものが。もっとも、オーソドックスなケーキの基準は分からない。
「広瀬先生、本郷先生とはいつからお知り合いなんですか?」
「高校――受験の時かな。一緒の教室だった。それから3年間同じクラスで、大学と、医局も一緒だった」
「じゃぁ、ずっと一緒?」
「いや。あいつが、内戦地へ行ってからは、1年に1回、会うかどうかだったな」
 つまり、本郷が探偵になってからは。
「だったら、本郷先生の苦手なものってご存知ですか?」
「苦手、ねぇ。甘いものは、駄目だったけどな。今は食べられるみたいだけど」
 それは知っている。ただし、食べられる、というのは、条件があえば、ということだ。義務感。それがあれば、七海さえ気持ち悪くなるぐらいの量でも平らげる。
「あと、子供も苦手だな。今、大変だろうなぁ」
 俺は見ていて面白いからいいけど。思わず、同感、と言いそうになった。何故七海がそのような質問をしたのか、気にすることなく、広瀬は『情報』を与え続ける。


 ドアの向こうは暗闇だった。消灯時間はとうに過ぎている。ベッドへ近づく。
「八神は、別の病室へ移しましたよ」
 横からかけられた言葉に、身体がびくん、と震えた。白衣は目立つはずだ。部屋は広くない。それなのに、視界に入りながらも、全く気がつかなかった。顔は見えないが、それとなく感じられる。
「――本郷先生」
「お疲れ様です、と言いましょうか。高橋先生」
 この時間であれば、忘れ物をしたと言えば、刑事だって不審には思わないだろう。既に暗闇に慣れた目では、高橋の表情さえも分かる。
 彼には、2つの情報を与えた。ひとつ、八神の退院。ひとつ、意識不明患者との意思の疎通は可能。それは速やかに伝えられ、命令が下ることは容易に想像がつく。
「――あの男性の身元は、分かったのですか?」
 声が微かに震えている。
「戸間雄二。整形を行っていたから、身元が判明するのに時間がかかった。紫藤会、という暴力団の団員です。紫藤会、はご存知でしょう。八神が率いる組織の極々末端の組です。そして、3ヶ月前、八神を襲撃した人物でもある。ここまでは、本人から聞いたことですので、間違いないでしょう」
「意識が、戻ったのですか?」
「戻ったと言うのは正しくありません。彼は元々、意識はあった。それを外に出す術がなくなっていただけです。ひとつの手段を除いて」
 モールス信号。トン・ツーという2種類の信号で行われる。戸間はそれを、呼吸の長さを変えることで表現していた。指先を叩いて信号を送り返すことで、会話は可能だった。ただし、彼の体力はまだ回復に至らず、全てを聞きだすことは出来なかった。
「本郷先生――。あなたは、何者です?何をどこまでご存知なのですか?」
 何者。2つの単語が同時に出てくる。しかし――。
「別に何者でもない。ただし、あなた方の世界には少し詳しいですけれどね」
 ならば。上着のポケットに入れたままだった手を上げる。
「こうならざることを得ないことも、お分かりですか」
 行動は分かっていた。その手段は意外だった。
「――それをどこで手に入れたのですか」
 本郷を狙っているはずの銃口は、震えている。我ながら、馬鹿な質問をした、と思う。
「言い方を変えましょう――。その銃の持ち主は、今、どこにいますか?」
 高野の持ち物と所在の確認を怠ったのは自分のミスかもしれない。


 音が聞こえた。微かではあるが、耳にした事のある音。そして今現在、ここでその音が鳴る場所と理由は――。
「――あの馬鹿!」
 七海の言葉ではなかった。長瀬明美でもない。正面に座っていた広瀬が立ち上がる。苦虫を噛み潰したような顔。
「長瀬さんは、ここにいて」
 それだけ言って走り去っていく。むしろそれはこっちの台詞だ。そう思ったものの、自分は特別室には入れない。
 本郷の性格からして、彼に仕事内容を教えているはずはない。なら、何故、あの銃声が本郷と関連していると分かったのだろう。
――そうか。
 確実にいえるのは。『本郷巽』という人間は、昔から『馬鹿』という別名を持っている。
 イチゴを口に放り込む。それだけ分かれば、いい。もう一つ確かなことがあった。見張りの連中は減俸だろうな。七海は正面玄関へ向かう。


 腕に走ったのは痛みではなかった。熱。すぐに、それは重力に従う。高橋は座り込んでいた。肩が大きく上下している。もう、彼には引き金を引く精神力は残っていない。近づいて、銃を取り上げても、何の抵抗も示さなかった。射撃の腕は、そこそこと認めてもいい。初めて銃を撃った大半の人間と同じようなぶれ方。だからこそ、この距離でもこの程度の怪我で済んだ。後1歩、動けるスペースがあったら、良かったのだが。
「本郷!」
 広瀬の声。おそらく、隣の病室から覗いているのだろう。拳銃を白衣のポケットにしまう。
「ほ――」
 ドアが開く。何が起こったのかは直に理解したようだった。
「お前、その、腕!」
「騒ぐな」
「ここが廃病院で、お前がゾンビ医師だったら、誰も騒がねぇよ!」
「かすっただけだ。直に、止まる」
「かすっただけでこんな出血するか!来い!」
 高橋は眼中にないようだ。右手を掴まれ、部屋を出ようとする。それを振りほどき、左腕を見る。暗闇で目立つ白ではない。騒がれるくらいの事態なのかもしれない。
 ――結局。自分が白い服を着ない理由は、ここにある。


 非常事態だ。広瀬は直に、特別室のセキュリティシステムを解除した。本郷が、刑事が来るまで高橋を見張っておく必要があると、動かないからだった。
 高橋の身柄が拘束され、高野刑事の捜索が始まり、人の心配より自分の心配をしろと、処置室の椅子へ座らせられた。後から七海が続く。点々と廊下に残された血痕は、誰が掃除をするのだろう。そんな考えが過ぎったが、口に出来る雰囲気ではなかった。
 傷口を見て、広瀬は縫うぞ、とだけ言った。
「――ただの怪我だ」
「お前の中では、怪我ってのは5針以上縫わなきゃ認められないのか」
 滅多に見ない友人の形相に、本郷は黙って傍にいた七海を見上げる。手が動く。DDCでは必須の手話。ここにきて、何度馬鹿と言われればよいのだろう。






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