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 高橋―――外科医。閉鎖までの臨時指揮。IDカード所有
 五十嵐――内科医。IDカード所有
 宇佐美――内科医。本郷の先輩
 工藤―――精神科医
 鈴木―――麻酔科医
 広瀬―――外科医。本郷の同期。IDカード所有

「特別室は、2人1組が原則。さすがに当直までは無理だけどな。院長が亡くなるまでは、IDカード所有者はあと2人いた。いくら入院患者も減ったとはいえ、まだ50人ぐらいいるんだぜ?いっぱいいっぱいだよ」
「八神がここに来たのはいつなんだ?」
「院長が亡くなる少し前かな。1ヶ月にはなっていない。てーか、お前この時間に何でコーヒーなんだよ」
 午後9時。学生時代から変わっていないマンション。俺が唯一甘やかされたのは、住居だけだろうな、と昔言っていた。彼の父親の所有物である、1人暮しにしては広い部屋で、広瀬はビールを、本郷はコーヒーを口に運びつつ、病院の状況確認を行っていた。
「これから行くところがある」
 それだけ答えて、本郷はテーブルに紙を広げる。院内図。5棟あるうちの2棟は閉鎖されている。
「6階建ての第1病棟が、外来診療、一般病棟。一般病棟は4人、6人部屋がほとんど。3階に特別病棟。第2病棟は救命救急センター、および手術室。各集中治療室はここの3階と4階。あと地下に薬剤室な。で、第3病棟はリハビリセンターと、介護病室。介護病室の患者は、既に他の病院に移ってるから、1,2階のリハビリ室だけが稼動中。閉鎖された第4病棟は、4,5階が全部個室の一般病棟で地下に薬剤室があった。今もそのままだけど。同じく閉鎖された第5病棟は精神病オンリー。重度の患者は、移転済み。軽度の患者は了解を取って第1病棟の相部屋」
 広瀬の説明に基づいて、図に印をつけていく。第1病棟の両側に、第2、第4病棟。裏側に第3病棟。それらは全て渡り廊下で第1病棟と繋がっている。第3病棟と第4病棟も、同様に。少し離れたところに、第5病棟。
「精神科の患者――今はどのくらいいるんだ?」
「確か10人じゃなかったかな。そのうち2人は、今日お前も会ったよ。結城と柏田」
「あの2人がか――?」
 確か、まだ両方とも8歳だったはずだ。
「拒食と鬱で。親の希望で精神病棟の個室に入ってたんだけどな。今回の相部屋にする件でも親は相当渋ったんだけど、結果、元気になっただろ。工藤さんが嘆いてた。要は、遊びたかったらしいんだ。何せ、医者の娘と政治家の息子。親の体面もあるし、結構厳しい家庭らしいぜ」
 コーヒーを飲み干して、本郷はDDSへ向かうべく準備をする。お勤めご苦労さん、とビールを空にした広瀬は、何かを思い出したように台所へ消える。戸棚をあさる音がし、戻ってきた手には鍋と鰹節と昆布。
「忘れるところだった。明日の朝の分。俺、具は豆腐がいいな」
 学生時代、居候していた際の家事分担はまだ健在らしい。


「ご苦労様。久しぶりの勤務はどうだった?」
 DDS科学班研究室。出迎えたドクター・ドクロは、自室のほうへ招く。
「それなりに――。市川先生は入れ違いに別の病院へ移られたようです」
「そうか、それは残念。で、写真は撮れた?」
 本郷はカメラを取り出す。一見してどこにでもあるデジタルカメラ。使う側からすると機能も変わらないが、実は彼の自室にある祭壇のような装置の一部。一言付け加えると、祭壇の外見は単に彼の趣味だ。ドクター・ドクロはキーボードをリズミカルに叩き、カメラに収めた画像を液晶画面に映し出す。意識不明男性の正面写真、および左右からの計3枚。
「ふうん。なかなか男前じゃないか。外見は」
 3枚の写真から、あっという間に3D の顔が画面に浮かび、肉が削り取られていく。スーパーインポーズの逆法。ただし、復顔術に長けたドクター・ドクロだからこそ出来る手法。しばらくすると、表情も何もない骨になった。レントゲンとは違い、全てが数値化されている。
「まぁ、こんな感じかな。明らかに美学に反している点があるねぇ。左右があまりにも幾何学的に均等過ぎるよ」
 美学かどうかという話は置いておいて、やはり整形を行っていたのだ。手の入った可能性がある個所に、赤い丸印がつけられていく。随分と多い。
「スーパーインポーズ法だと18項目、3Dでも7項目の一致が必要になる。これだけ変えれば一致するものもしなくなるねぇ。これを基に、何パターンか顔を作ってみるよ」
「お願いします」
 ここまで大掛かりな整形をする理由。余程の犯罪者だろうか。
 携帯電話が鳴る。公衆電話から。
「もしもーし。こちら夜勤組の長瀬でーす」
「――何だ」
 病院内の電話からだろうか。どちらにしろ、回りに人はいないだろう。
「やっぱねぇよ、あの男のレントゲン写真。もっとも、こんなゴタゴタしてるとこなら、簡単に持ち出せそうだけど」
「他には?」
「特記する事なし。あ、1つあった。何か、長瀬看護師と本郷医師は昔の知り合いってことになったから、てきとーに話合わせてくれ。じゃ、見回り行ってきまーす」
 一方的に切れる電話。
「何だかんだ言って、七海ちゃんノリノリみたいだねぇ」
 本郷の表情から推測したか、ドクター・ドクロは、転職してもやっていけそうだ、と呟く。
「そりゃそうと、本郷君、なんか鰹節の匂いするんだけど、気のせい?」
「気のせいです」


「やっぱり朝はご飯に味噌汁だよな」
 いつからそんなに大食漢になったのか、味噌汁だけでご飯を2杯平らげた広瀬は、明日の具材のリクエストを上げながら、駐車場に車を入れる。
 先に気がついたのは、本郷。病院からそう離れてはいない建物。僅かに立ち上る煙。
「広瀬、あの建物は――」
「薬品会社じゃなかったっけ?」
 その言葉が終わるか終わらないか。窓ガラスの割れる音。勢いよく吐き出される黒煙。赤い炎と、一方で化学反応が起こっているのだろうか、青白い焔が見え隠れする。
「――この人手の足りないときに!」
 八つ当たり気味な広瀬の言葉を背に、本郷は病院へ駆け込む。消防車と救急車のサイレンが聞こえてきた。


 救急センターには看護師が1人、うろたえながらも救急隊員からの電話に対応していた。本郷の姿に安堵の表情を浮かべながらも、受話器を渡す。
「高橋先生は?」
「それが、少し前に、特別室に――」
 連絡を受けても最低10秒、扉の前で足止めを食らう。その事を考えると医師の数は足りないと、文句を言わざるを得ない。看護師は、直に救急センターへ集まるよう、院内アナウンスをする。
「お電話替わりました。申し訳ありません、もう一度状況の説明をお願いします」
 救急隊員の声にも焦りが表れていた。新米なのだろうか。自力で脱出した社員によると、まだ多くの人が屋内にいるという。ボードに書かれていく状況を目にし、広瀬は近隣の病院に電話をかける。設備は整っている。足りないのは医師だけだ。救急車を別の病院へ回すより、医師にここで待機してもらうほうが早い。高橋が数名の看護師と一緒に、応急医療器具の入った鞄を3つ抱えてきた。広瀬がボードに、7人、と記入する。
「我々は、今からそちらへ向かいます」
 電話を置く。
「K病院から4人、Y病院から3人。共に救急車で5分程で来れるそうだ。救急車はそのまま現場へ来てくれるって。亡き院長の人脈のおかげだな」
 鞄をひったくるように、広瀬が部屋を出て行く。


 高橋と五十嵐、工藤を残し、低いビルを二つ、小さな川と公園を横切る。そこから先は薬品会社の敷地。5階建ての建物からの出火。まだ鎮火には程遠い。火の手からは難を逃れられた人の中にも、有毒ガスを吸って倒れている者がいた。また、熱傷、化学熱傷を負っている人間も。救急車は2台しか来ていなかった。敷地は広い。炎による近隣建物への被害はなさそうだ。安全と判断できる場所で、応急処置に当たる。
 火の手は3階から。何分が過ぎただろう。まだ30分は経っていない。消防隊員に運ばれてくる負傷者のうち、意識不明および重度熱傷の者が多くなってきた。
「本郷」
 広瀬と一緒に処置をしていた七海が駆け寄ってくる。
「今の時点で3人が死んだ。ただ、1人おかしいのがいる」
「おかしい?」
 包帯を手渡しながら、耳打ちをする。
「すでに死斑が出ている。しかも紫――窒息死だ」


 完全に鎮火するまで6時間。死傷者は46人。うち、死者8名。重傷者15名。2日以上の入院を要するものは20名。ただし、まだ行方不明者がいるかもしれません、と消防隊員の説明はどことなく沈んでいた。5階建ての建物が全焼し、もはや跡形もない。出火したのは午前9時前。従業員の数が少なかったのがせめてもの救いだ。
「さすが国境無き医師団。完璧な応急処置だったってよ」
 広瀬がミネラルウォータを投げてよこしたのは、午後4時を回っていた。探偵になってから、それこそ数え切れないほどやってきているのだ。応急処置をし、病院に運ばれた重傷者の手術は、病院に残った高橋と、応援に駆けつけた医師を中心に行っていた。自分達が戻ってきた頃には、基礎的な処置を行えばいいぐらいだった。
「このまま、戻ってこいよ」
 その言葉に、本郷は顔を上げる。


 昔から、寡黙という言葉を具現化したような奴だった。だが、慣れてしまえば付き合いやすい奴でもあった。良い意味で、遊ばれるタイプ。探偵になってから、じっくり会う機会は無かったが、自分の病院に入院していた時は、学会誌に目を通し、最新の治療法や医療器具についても訊ねていた。お前なら特待でいつでも受け入れるぜ、という言葉にも、気が向いたらな、と返していた。
 しかし。団守彦に呼ばれ、DDSの学園長室に入ってきた時は。別人かと思うぐらいの戸惑いがあった。取り巻く空気が明らかに違う。一種の防壁のようだった。それは、プロの探偵特有のものなのだろうか。医師として多くの人間と接してきた自分だからこそ、感じられる程度のものなのだろうか。
 まだ引き摺っている足。病院に運ばれてきた時、多くの医師がやるように――やらざるを得ないように、足を切り落としてしまえば、危険な任務に就く事も無い。そんな考えが過ったと言ったら、お前は怒るだろうか。それとも冗談として笑うだろうか。


 正面玄関ではまだ警察とマスコミの押し問答が続き、30分ほど休憩の後、警官が事情を聞きにやってくると伝達があった。考えてみれば今日はまだ誰も回診を行っていない。看護師が昼食の配膳を行っただけだ。広瀬の言葉が耳に残る。このまま。そもそも、自分は何故ここに来た?
「あれ――?本郷君?!」
 答えにたどり着くことなく、思考が中断される。広瀬が呆けた声を上げる。
「…新岡?」






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