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THE WAY


「お前の服装って、昔から黒系統ばかりだったよな。高校の時のシャツと、白衣ぐらいか?」
 初日ぐらいはスーツを着て来いと電話で口煩く繰り返していた友人は、しげしげと全身を眺めながら、何を思い出したのか笑みを浮かべる。
「あまり悠長に構えていると、遅刻するぞ」
「了解。えぇと、鍵、鍵…。あれ、俺どこに置いたかな」
「覚えていないなら、冷蔵庫のドアポケットだろ」
 さっすがぁ、と部屋の奥へ引っ込む。学生時代から、酔っ払って帰った時にはいつもそこに置く癖があった。
 腕に目をやる。傷のない手に、同じく傷のない時計。
「おまたせ。それじゃぁ、出勤といきますか、本郷先生?」
 鍵を手に、広瀬はコートを投げてよこす。


 広瀬がDDSに現れたのは昨日の午前中だ。本郷が呼ばれた時には、団との間で話がついていたと言ってもいい。団は、特命という言葉をあえて使った。
「準緊急依頼だ。DDCで医師免許を持っている者は皆出払っている。それに旧知の仲というから、本郷君に頼みたいのだが」
 特命でなおかつ準緊急。自分の抱えている仕事が緊急および準緊急に当てはまらなければ、最優先される任務。今の本郷には断る理由はない。
「O病院は知っているな。そこに5日前、1人の男性が意識不明で運ばれてきた。正確には、病院の前に倒れていた。本郷君には、その男性の身元を捜査してもらいたい――もちろん、警察とも協力して、だ」
 普通なら、それだけで準緊急になる事件ではない。しかし、団の言う事だ。何かあると感じているのかもしれない。わかりました、とだけ答える。
「概要だけでは判断が出来ないが、探偵であるということは、勘付かれないように。それでは――これに目を通して、広瀬医師から詳細を聞いて任務にあたってくれたまえ」
 団から渡されたファイルをぱらぱらめくり、本郷は、ある文章に目を止める。
「この――『国境なき医師団』というのは、どういうことですか?」
「あぁ、広瀬君のアイディアでね。なかなか、面白いだろう」
 本郷が睨みつけるのと同タイミングで、広瀬は顔をあらぬ方向へ向ける。面白いという理由だけで、人の経歴を作る。一瞬、七海の入れ知恵かとも思ったが、団も広瀬も、元々こういう人間だった。


「内戦が続く某国に赴いていたんだけれど、攻撃を受けて足を負傷。療養を兼ねて久しぶりに日本に帰ってきたところを、O病院に派遣されている俺に手を貸してくれと頼まれた――完璧だろ?」
「どの辺りが、だ」
 人気のない廊下に、かすかに声が響く。授業中の今、この階にいる人間は団だけになる。後は団に用がある講師が来るぐらいだ。話が聞かれても、問題はない。
「かなりの長期に渡って日本の医療現場にいない上に足を引きずっている理由だよ」
 変装をするわけではないのだから、名前や顔を隠す必要はない。隠さなければならないのは、探偵という事だけだ。渡されたファイルにあった、O病院の医師・看護師名簿の中に、探偵になってから会った者は見当たらなかった。
「でも、あそこも今バタバタしているから、そこまで突っ込んで訊いてくる人間もいないと思うけどな。そもそもお前は現場より研究室にいた方が多かったんだし」
 角を曲がったところで、ちょうど階段を上ってきた七海と鉢合わせた。普段がどうであれ、DDS内に見知らぬ人間――その多くは依頼人だ――がいた時の礼ぐらいは身につけている。七海は軽く広瀬に会釈をして、通りすぎていった。
「…DDCの探偵ってやっぱり変わり者が多いのかな。良く言えば、個性的」
 七海の後姿を目で追いかけた広瀬は、次に本郷に顔を向け、頷きながら呟く。
「そうだ。お前のその個性的な傷跡は隠してこいよ?――時計はそれしかないのか?」
「あぁ」
「あっそう。時計は俺がプレゼントするよ。復帰記念に。で、悪いんだけど俺、これから手術入ってるから、詳細は明日の朝、荷物持って俺の家に来てもらって、行きがてら――」
「荷物?」
「あぁ、院長夫人に渡す書類に、俺の家に居候中って書いちゃったんだよね。いろいろ辻褄合わせようとした結果で。それに、これなら新岡達を呼んでも平気だろ?」
「広瀬」
 全てを事後承諾で話を進める友人に、本郷は軽くため息をつく。
「探偵と犯罪者の共通点を知っているか?」
「何だ?」
「秘密を知る人間が多くなればなるほど、その仕事の成功率は低くなる」
 それでも任務を遂行しなければ、DDCの探偵は務まらない。しかし、危険因子は予め取り除いておくのが鉄則だ。


「本郷君、O病院行くんだよねぇ」
 広瀬を見送り、本郷はそのまま科学班研究室へ向かった。楽しそうに顔料を調合するドクター・ドクロは、何やら怪しい液体を入れ、煙の立つ乳鉢を手に隣の椅子に座る。
「はい、手出して――。あそこの病院に市川という先生がいるはずなんだよねぇ。もし会ったら、私がよろしくと言っていた、と伝えておいてくれないか?仕事が終わった後でいいからさ」
「市川先生、ですか」
「そうそう。昔学会で意気投合してねぇ、骨について語り合った仲なんだよ」
 このような人物が世に2人もいるという事はありえるのだろうか。見る間に皮膚と一体化していく顔料を眺めながら、本郷はふと冷静にそんな事を思う。
「お会いできれば、伝えます」


 O病院の院長が亡くなったのは半月前。1年ほど前から病状が悪化し、ベッドから指示を出すぐらいしか出来なかったという。病院は今でも稼動しているが、後1ヶ月で閉鎖する。これは院長からの遺言だそうだ。詳しい話しは公にされていない。医師、看護師、入院患者は順次別の病院へ移動し始めている。一般外来の患者にも充分な説明をし、大病院とはいえ、混乱は起こっていない。だが、診療に訪れる患者はまだ多く、医師も看護師も不足状態。
 そして5日前。病院の前に1人の男性が意識不明で倒れていた。


「パッと見は、ヘロインの急性中毒」
 ハンドルを操作しながら、広瀬が口を開く。
「注射針の跡が両腕にあったが、数としては多くない。何より、打ったのが殆ど同時期。せいぜい2日の間」
「何――?」
「身体が身体だから誤差はあるけど大きく外れてはいないはずだ。中毒患者なら、1日に何本も打つって話しだけど。毛髪検査でも、それ以前に薬をやっていた形跡は見られなかった。だから、多量摂取による急性中毒、という見方が強い――その辺はお前のほうが詳しいだろ」
「警察の見解か、それは」
 本郷の問いに、頷く。
「警察は事故・事件の両方から捜査を進めてるけどさ。俺は事件に思えるんだよな」
「薬殺か」
「正確には未遂な。他にも気になる事があって」
 前方に十字を掲げた建物が現れる。
「その男性が発見される2週間前にも、同じ薬物中毒者が運び込まれた」
 広瀬の言葉に、本郷は微かに視線を動かす。
「その時は覚せい剤の長期常用者。運び込まれたときには死んでたよ。拒食による栄養失調と肺炎で。だから、薬が絡んでるとは言え、事故は事故だったんだけどな。身元もすぐに分かったし」
 5日間。前科者および捜索願が出されている人間との照合はとうに終わったはずだ。


 広瀬の言った事は、半分は正解だった。確かに、経歴に疑問を投げかける人間はいなかった。以前、一緒に仕事をした医師がいたからかもしれない。ミーティングルームに入るなり、声を掛けられた。2年先輩にあたる男性だ。戦地に赴くなんてお前らしいな、と。もともと医師が不足している状態だ。拍手喝采で迎えられ、看護師からは――。
「説明してもらおうか」
 簡単な自己紹介と、現在指揮を取っている医師からの話しを終え、それぞれの持ち場へ向かう。そこまでは、問題はなかった。
「いや、悪い。昨日思わずポロリと言っちゃって。でも、間違いじゃないだろ?」
 独身って。
「ここの看護師さんは見ての通り全員女性だ。婦長さん以外皆独身。あ、今度、寿退職する人がいるか。で、逆に俺以外の医者は皆結婚してるし」
 彼女はいるのか、好みのタイプは、この中だったら誰が一番か――。思い出すだけでも辟易する質問から逃れられたのは、婦長の一喝と先輩医師の盾に他ならない。ある意味、凶悪犯罪者から逃げるより厄介だ。
「今まで、俺1人であの攻撃受けていたんだから、人助けだと思って」
「断る」
「今更、既婚者なんて言ったって、信じないだろ」
 一般病棟とリハビリ病棟への分かれ道。何人かの患者が連れ立って、リハビリ病棟へ向かっている。おそらく閉鎖と同じぐらいに退院だろう。
「で、俺の担当患者は――」
 広瀬が思い出したような声を上げるのと、一般病棟側の廊下の角から5人の子供が走り出てきたのはほぼ同時。
「悪い。言うの、忘れてた」
 そういって広瀬は半歩、本郷から離れる。
「ここに赴任した医者は、成敗されなきゃいけないらしいんだ」
 意味を訊ねることなく、廊下に声が響く。
「救急戦隊Oレンジャー、出撃!」


 子供というのは何を持ってその考えに至るのかが、よく分からない。しかし、何を持って入院しているのかすら分からないはずはない。
「すっげぇなぁ、先生!」
「俺らの攻撃受けて、倒れなかった人って初めてだぜ?」
 今は、その考えすら危うくなっている。
「――広瀬」
 身体をくの字にして、笑い転げる友人に足払いでも掛けたいところだが、さすがに状況が許さない。
「いやぁ、さすが、本郷、鍛え方が違う」
 息も絶え絶えに、広瀬は何とか声を絞り出す。
「広瀬先生なんて、2人で倒れたもんねー」
「里美に突撃されて負けるなんて、情けねぇよな」
「ほっとけ。本郷、紹介するよ。まず肩に乗っているのがレッドの松林。背中にぶら下がっているのが、ブルーの中島。左腕がグリーンの柏田で、右腕がピンクの結城で、腰にしがみついているのが、イエローの潮見」
「5人揃って、救急戦隊Oレンジャー!よろしく!」
 頭上から元気な声が降ってくる。
「で、今日から期間限定で俺と組んでいる、本郷先生だ。よかったな、合体ロボが手に入って」
 そう言って、広瀬はまた笑い出す。そして耳を疑う事を言ってのける。このメンバーも俺達の担当だから。






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