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「自分の病室でおとなしくしていろと、看護師さんから言われただろう」
「だってさー、広瀬先生も『じじょーちょーしゅー』でいなくなっちゃうし、本郷先生は、別の刑事に連れていかれるし。犯人かと思った」
 カルテによると、最初右足を骨折して、退院間際に階段から転げ落ちて左足を骨折した松林の声が頭上から降ってくる。腕の力だけでよじ登れる体力があるなら、もう退院しても問題はない。しかし、刑事と歩いているところを見られていたのは知らなかった。
「まっちゃん、俺にもかわってよ」
「そうよ、1人だけずっと、なんてずるい」
 本郷の肩はどうやら特等席らしい。
「だめ。ここは、リーダーの席なんだ」
「…それにしても、よく警察に見つからずに来れたな」
 階段は、若干声が響く。
「刑事が間抜けなんだもん」
 柏田の声に、ひょいと階段を覗き込んだ刑事に、4人は慌てて本郷の後ろへ隠れる。この階では、広瀬を始め、数人が事情聴取に応じているはずだ。
「そうだ、先生、第4病棟の秘密、知ってる?」
「秘密?」
 振り返った本郷に、4人は――おそらく松林もだろう――得意満面の笑みを浮かべ、言う。
「あそこ、1階にある絵が光るんだ。まっくらな中で、猫の目が赤く光るんだよ」
「昼間は全然わかんないの。普通の絵なの」
「あとね、幽霊が出る!あそこの絵の前!」
「オレが見つけたんだぜ。すごいだろ」
 顔を上げる。もっとも、松林の表情は分からない。
「…ということは、松林は消灯時間が過ぎてから出歩いていた、ということだな」
「…って、潮見が言っていた」
「何だよそれ!人に罪を着せるなんて、きたねぇーっ」
「世の中、力のある奴の勝ちなんだよ!」
 子供らしいのかそれとも将来に不安を抱かねばならないのか分からないが、少なくとも彼らの病院内の知識はかなりのものらしい。
「まさか、抜け道があるとか言わないだろうな?」
 本郷の問いに、4人が固まってひそひそ話しを始める。
「――言っておくが、今から探しに行くというのは駄目だからな」


 子供を病室へ戻し、当直室へ行くと、七海が現れた。
「事情聴取?彼女、鎮静剤飲ませたからしばらく起きねえょ」
 後ろでまとめた明るい茶髪。長瀬明美の口調は知らないが、不自然に感じないのは何故か。
「――とりあえず、気がついたんだな」
「目が覚めて開口一番、『本郷君は?』だぜ。想われてんな、お前」
 廊下に出る。人の気配はない。
「今、第4病棟への出入りは出来るか?」
「鍵はナースステーションに行けばあるはずだ。それと、そのナースステーションで聞いたんだけどな、ここ、閉鎖されたら警察の手に渡るとか言う噂の噂」
「警察に?」
「よく分からねぇけど。特別室もあるしなぁ。あと、カルテ見たんだけど、八神はもう退院してもいい頃だろ?なんでいるんだ?」
「本人も退院の意思はあるが、部下が、完治するまでと引き下がらないらしい」
 昨日、広瀬がどっちの意見を聞いていいのか今一番の悩みだとこぼしていたのを思い出す。
「上司想い部下想いだねぇ、さすが。うちの上司ももう少し部下を思いやってくれてもいいのに」
 俺、今日も明日も泊まりなんだけど。その文句は、団ではなく、婦長に言ったほうがいい。
「私はこれから特別室へ行く。何かあったら、高野刑事か吉川刑事に言ってくれ」
「へーい。あ。新山――本名は新岡か?彼女、あと1時間ぐらいで起きると思うから。迎えにきてやってくれよ」


 本来の仕事は、身元不明男性の調査。改めて確認しなければいけないほど、短時間に別の事件が起こりすぎた。足音が響く。自分の足音を意識したのは久しぶりだ。探偵の歩き方で病院内を徘徊する訳には行かない――しかし、意図してやっているわけでもなかった。やはり、整理ができていない。
 軽く頭を振って、扉が開くのを待つ。特別室は2人1組が原則。今は例外だろう。そういえば、今朝、高橋は特別室に行っていたという。1人でだろうか。何のために。
 男は相変わらず、不規則な呼吸ながらも静かに眠っていた。脳波が微かにあるのなら、意識を取り戻す可能性はある。もしかすると、意識はすでにあるのかもしれない。表に出ないだけで、ヘロイン中毒の禁断症状、身体の激痛に耐えているのかもしれない。そう考えると、せめて薬が抜けるまで、意識が戻らないほうが幸せなのではないか、という気までしてくる。
 布団をめくり、腕に目を落とす。はっきりと残る5つの注射痕。カルテを見る。作成者の名前。市川。本郷と入れ違いに病院を去った、ドクター・ドクロの知り合い。広瀬によると、この4日間、音信不通。
 隣の部屋へ移る。読書をしていた八神は、本を閉じ、1人か、と確認した。
「何故、お前がそんな姿でこの病院にいる。まさか、まだ儂の周りを嗅ぎまわっているわけではあるまい」
「…どうやら、記憶力に問題はなさそうですな」
「年をとると、呆ける者と化ける者がおる。儂はどうやら、後者らしい」
 声にも艶がある。78歳。確かに、そうだろう。
「…貴方の事を調べている訳ではありません。しかし、伺いたい事があるのも事実です」
「あの時もそうだった」
 八神は本郷を見据えたまま、思い出したように言った。
「儂はどんな相手でも、敬意があればそれに応える。商売敵といえどもな」
 敬意があるのかは分からない。だが、あの店でも八神は本郷の質問に答えた。たった一つ。それが、店の運命を左右するとは分かっていたはずだ。そして言った。身内より敵のほうが礼をわきまえているのは皮肉だ、と。
「貴方の部下は、完治するまで入院を勧めているそうですが――。それは頑なにですか」
「――頑なという訳ではない。もっとも、ここに来る度に勧めている、という点では頻繁にだ」
 面会客は多い。彼と直接話を出来る人間は少ないとはいえ、あのくらいの大組織だ。そう考えると、自分は随分特異な存在かもしれない。
「それと、貴方の統治する組織で、薬を扱うものは?」
「儂の目の届く範囲ではおらん。少なくとも、手を出した輩は破門している」
 そうだ。彼が他の暴力団と一線を画しているのは、そこなのだ。
「では、最後に1つ。今朝、高橋医師は来られましたか」
「いや――。昼食時に来たな。昼食を持って慌しく出ていった」
 礼を言って立ち上がる。
「こちらの要望も聞いてくれるか」
「退院ですか」
 頷く。さすがに何ヶ月もいると呆けそうになる。
「――分かりました。話はしておきましょう。貴方の部下にも、会ったら言っておきます。しかし、今日は、おそらく無理でしょう。出入り口は封鎖されている」
 ククッと短く笑う。探偵なんぞ辞めて、儂の専属医にならんか。さすがにそれには応える気はない。
 最後の部屋も覗く。警察にとっては、国外退去するにも逮捕するにも、証拠がない上、本人の意識が戻らない以上、手が出せないという厄介者ではあるが、今の自分にとっては一般人と変わりがない。備え付けの電話のランプが光る。内線だった。
「本郷先生。彼女、早々に起きたから、用事が済んだら戻ってきてください」


「俺ら、今日仕事したのかね」
 警察の事情聴取を終え、新岡と共にナースステーション前のベンチに座っていた広瀬が呟く。午後8時。一般外来は当然行われず、回診もいつもより遅く短かった。
「手術があっただろう」
「ねぇ、本郷君って、今、広瀬君の家にいるの?」
 脈絡なく、新岡が切り出す。肯定の返事をする。
「だったら、私も行く。1週間、休みなんだし」
「…せっかくの休みを男の部屋で過ごすって、不健康だな、お前」
「男の部屋じゃない。広瀬君の部屋よ。料理は本郷君がしてくれて、部屋の掃除は広瀬君がしてくれるんだから、健康的じゃないの」
 広瀬の言葉への反論は、学生時代と変わっていない。家事全般は男の仕事。洗濯は米田の仕事だったな。そんな事を漠然と思い出す。周りから見れば不思議な『家族』だったに違いない。
「…本郷は?いいのか?」
「駄目なんて、言わないわよね?」
 まさか事件に巻き込まれた人のアフターケアはDDCではやらない、なんてことはないでしょ。反論を許さない言葉。アフターケア。本来の効果の半分も持たなかった鎮静剤。女優の仕事も、楽ではないらしい。
「勝手にしろ――。ただ、俺は残業だ」
 眉が上がる。唇が動いた。声は出ていない。それでも伝わる。今まで何度となく言われてきた言葉だ。馬鹿なら馬鹿で、別に構わない。






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