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「医師と看護師が、誰もいない暗闇の病院で2人きり。見つかったら何言われるか分かったもんじゃねぇな」
 見つかった時点で探偵としては致命的。深夜1時。本郷と七海は、再び第4病棟のロビーにいた。今度は2種類の鍵を持って。
「ナースステーションの情報。あのネコの絵。2ヶ月ぐらい前からあった。で、眼の部分はセンサーライト。暗くなると光るやつ。院長夫人提供物らしいぜ。彼女も、自慢していたらしい。ミステリアスでよくない?って」
 前方に暗闇に赤い光が2つ。その先に非常階段のランプ。
「でも、ただのセンサーライトじゃねぇな。後ろのボックス、電池を入れるにしては、大きい」
 壁に張り付いて、絵の後ろを覗きこむ。
「さっさとしろ」
 同じように後ろから覗き込んでいたはずの本郷は、いつの間にか先へ進んでいた。闇に浮かんだ白衣が遠ざかっていく。それだけだった。あぁ、いつもの本郷だ。
「――やっぱ、お前は探偵だよな」
 七海の言葉に、本郷は歩みを止めることなく、肩越しに視線を投げつける。
「――何を言っている」


 軋んだ音を響かせて、ドアが開く。薬剤室の入り口。薬剤室というよりは、薬品庫だった。足跡を辿っていく。第4病棟が閉鎖されたのは1ヶ月前。その際に必要なものは、第1、第2病棟へ移されている。何度も出入りすることはないはずだ。
「――脱法ドラッグを追っていた記者が殺され、その病院の薬品庫には何者かが忍び込んだ形跡があり、近くにある薬品会社では火災発生で、薬で意識不明の男性を担当していた市川医師が殺されたって?出来すぎてる」
「まだ、薬品会社の火災が関係あるかは分からん。ただ、大野沙希の『入院』は、意図的だっただろうな。何かあると踏んで、この病院へ来た」
 いくつかの棚に、瓶を動かした形跡があった。なくなっているものもある。
「あれか?木の葉を隠すなら森の中、ってやつか?」
 手袋をし、動かした可能性のある瓶の中を確認する。粉末。これ自体は問題はなさそうだ。
「――ビンゴ!」
 目の前に突き出された瓶。粉末の中に、ビニール袋が混入している。取り出すと、その中に白い粉末。
「ベタでも何でもいいや。証拠を押さえられたなら」
 嬉々として他の瓶も調べていく七海。この第4病棟が閉鎖されたのは、かなり急だったと聞いた。全てを秘密裏に別の場所へ持っていくには時間が足らない。だからといって、まさか『異物』入りの瓶を、第1、第2病棟へ移すわけにいくはずもない。院長夫人が飾った絵。閉鎖後に警察の手に渡るという病院。
「――もしかしたら、院長はこのことに気がついてたのかも知れんな」
 写真を撮って、瓶を元通りに戻す。別人の足跡に気がつき、証拠を消されてしまう恐れもあったが、警察の目が厳しい数日は大丈夫だろう。それまでには、片がつくはずだ。


「大野沙希が追っていたのがこれだとすると、彼女を殺したのは、ここで薬の売買をやっていた奴だろうな。で、あそこに入れる人間のことを考えると、医者か看護師かが絡んでいる」
 世紀末だな。渡り廊下の扉に鍵をかけて、ロビーへ戻る道。風を感じた。七海も顔を向けた先。
「…俺ら以外に、逢引している奴がいるみたいだぜ」
 第4病棟に入る前には閉まっていた窓が一ヶ所、微かに開いている。ペンライトの明かりの下、僅かに泥のついた靴跡。外からの侵入者。警察の目はあまり厳しくないらしい。思わず舌打ちをする。
「口封じ関係か?心当たり、あるか?」
「――ある」
 いい終わらないうちに駆け出す。あれ以上の目撃者があっただろうか。七海が何かを言ったようだが、耳に入らない。付いてはきているようだった。


「――待て!」
 足音もなく、突然かけられた声に、その影は明らかに驚き、身体の向きを変えた。暗闇でもその手に握っている物ははっきりと分かる。しかし、向こうが構え直すより、本郷が懐に飛び込むほうが早かった。勢いを保ったまま相手の鳩尾に膝が食い込む。
「!!」
 声を上げることなく。黒尽くめの男は、倒れて動かなくなった。その音を聞きつけたのだろうか、扉が開き、銀色の筋が闇を裂く。2人だけか。条件反射で出した左手。キィッ。耳障りな音が残る。そのまま腕をつかみ、床に叩きつける。
「先生、病院で喧嘩をしちゃいけません」
 子供をしかりつける口調の七海に、男達の拘束を任せ、本郷は部屋へ入る。何事もなく眠る子供達に、安堵のため息をつき、扉を閉める。
「見るからにヤクザ者じゃねぇか。警備に当たってる新人さん、早速の始末書だな」
 せっかく包帯があるんだし、ミイラにでもする?と身動きが出来ない程度に――もっとも男達は気を失ったままだが――縛り上げた七海は、流れるような動作で2本のナイフを拾い上げる。
 時計に目をやる。1時から7時に向かって1本、引かれた直線。秒針は相変わらず動く。ガラスに傷をつける音なんて、久しぶりに聞いた気がする。
「で?なんで、正義のヒーロー達が狙われるんだ?」


 本郷はともかく、『長瀬明美』までもが軽々と男を担いでロビーに現れ、正面玄関の見張りをしていた刑事達はあんぐりと口を開け、慌てて無線でパトカーの要請をした。命令があれば彼らはなるほど、優秀なようだった。極力静かに、という意見は聞き入られたようで、傍から見れば泥棒のような検証が始まった。説明は七海に任せ、本郷は人目につかない3階のエレベータホールへ移動する。当直の医師、看護師に見つかるのは避けたかったからだ。
 忍び込んだ2人の目的が子供達だとすると、動機はひとつしかない。階段での会話。彼らが見た幽霊の正体。絵が飾られたのが2ヶ月前、第4病棟が閉鎖されたのが半月前。薬剤室へ続く廊下を思い出す。非常灯と絵のランプ以外の明かりはなかった。顔は分からないだろう。それに加え、半月以上前のことを鮮明に覚えてはいないはずだ。何度も反芻した言葉をまた取り出す。警察の手に渡る。可能性はある。ならば、先走ってはいけない。
 携帯電話の使用が禁止されている病院内では、公衆電話は容易く見つかる。このエレベータホールにも1つ備え付けられている。何度もかけた直通番号。この時間だというのに、相手はまだ仕事場にいた。
「お聞きしたいことがあるのですが、今から伺っても宜しいでしょうか」
 質問に吉川は笑って答える。今日は泊まりだと。


「あれですね。お察しの通り、我々が頼んで取り付けてもらったものです。亡くなった院長の情報によるものですけれど。どうも薬剤室に出入りしているものがいるらしいと」
 吉川と、銃器薬物対策課、組織犯罪対策室、暴力団対策課からそれぞれ1人ずつ、丑三つ時だというのに、昼夜関係ないのはDDCと同じだ。本郷の問いに、捜査1課の吉川が答える。
「薬剤室だから、出入りもあるでしょう。もっとも、あそこは薬剤庫のようでしたが」
「正確には予備庫です。だから、あそこに入る人間は決まっているらしいんですよ。で、我々も前々から1人の人物に目をつけていた。その証拠を見つけるため、あのカメラを設置したんです」
 その前に大野沙希が嗅ぎ付けて、そして殺された。
「第4病棟には足跡が残っていました。その照合も含めて、証拠はまだ十分ではありませんか?」
 見張りの刑事たちからの一報で、ある程度は決まっていたのだろう。吉川は頷く。
「今日の騒ぎで消されてしまうよりはマシですね。逮捕状までは取れませんが、任意同行ということで、五十嵐医師にはこちらへ来ていただくとしましょう」
 火災時に病院に残っていた者。あの時、あの階で事情聴取を受けていた者。そして今日、当直の者。それから考えれば、捜査範囲は一気に狭くなる。普段から周囲に目を光らせている探偵2人が、僅かであっても開け放された窓を見過ごすはずがない。警察の捜査の中に、たまたま加速因子として本郷と七海がいた。それだけだ。
「何かあったら、我々の名前を出しても構いません。写真も撮ってあります。DDCに戻らないと、現像は出来ませんが」
 我々はこれから病院へ向かいます、と言う刑事達に、本郷は失礼します、と立ち上がる。これで、大野沙希と今日の未遂事件は、100%ではないが脇道へ逸れた。しかし、本来の任務は進んでいないも同じだった。


 疲れている。人間はその言葉を口にすることで疲れる。誰が言った話だったかは思い出せない。だが言葉にしなくても、今の自分は疲れているのだろうと、本郷は思う。DDC・DDSと警察、事件現場、そして自宅。その行き来は当たり前であり、1つの仕事が終わるまで――例え長期の場合でも――睡眠も休息も、必要最低限しか取らない。それが原因で疲れを感じたり、ましてや体調を崩したことはない。当たり前の生活だった。ならば、この疲れは。
 広瀬のマンションが見えてくる。昼夜の逆転生活は今に始まったことではない。自覚するのも馬鹿らしいほどだ。しかし――日常と非日常の逆転。それを、認識するとは思わなかった。


 暗闇に支配された空間。それでも自分がどこにいるのかは分かる。新岡は身体を回転させて起き上がる。彼女の知る男性は、皆寝具にこだわっているようだった。寝心地は良い。自分で移動した記憶はない。広瀬は先に潰れてしまったのだから、本郷が運んでくれたのだろう。
 居間へ入る。勝手知ったる他人の家。久しぶりに使うな、と運び出してきた折り畳み式ベッドに広瀬が、ソファベッドに本郷が、寝入っていた。かつては見慣れた光景。これで寝袋に入った米田がその辺に転がっていたら、完璧なのに。
 傍に寄っても本郷が起きる気配はない。寝顔を眺めながら、広瀬との会話を思い出す。医者と探偵の違い。かなり酒が入ってからの質問だ。なんと答えたかは覚えていない。改めて考えてみる。どちらも人を助ける職業。そして、どちらも関わらなくて済むのに越したことはない職業。手に目をやる。あの頃から何ヶ所かあった傷。ほんの2ヶ月前、病院で見たときは数え甲斐があるぐらいに増えていた。今は1つもない。だが、彼の手であることには変わりはなく、医者と探偵の違いにはならない。確実にいえるのは。彼が今後も探偵であり続けるのであれば。
この手で抱きしめてくれることは、もう、二度とないのだろう。
「――せめて、DDCに結婚式の案内を送りつけるぐらいの嫌がらせは許されるわよね」
 そんな予定もないけれど。髪の毛が揺れる。


 誰かの声が聞こえた気がした。
 何かが頬に触れた気がした。
 何故か懐かしい。
 手を伸ばせば届いた温もりと、離別したのはいつだっただろう。
 理由も、場所も、時間も、忘れたことさえ記憶にない。






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