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 カツン。2組の足音が響く。一転して静かな空間。一般病棟3階にある特別室へ続く道。階段を上りきると、そこはエレベータホールで、そこから病室へ続く廊下には頑丈な扉が立ちふさがっていた。
「ここから先は、個室から出るときを除いて、どのドアを開けるにもIDカードが必要だ。1つのIDで1人。緊急時を除いて、それ以外の出入りは無理だからな」
 警視庁の特別拘置所とは逆。しかし、一病院にしては厳重なセキュリティシステム。指紋と虹彩の照合。その情報はIDカードに記録されている。
「面会は、どうするんだ」
「基本的には禁止。イメージとしては特別室とICU・HCUの合体版。ただ、申請すれば、身体チェックを行って、医師同伴で1回につき1名は入れる」
 ATMのような機械にIDカードを差し込んで、指紋と虹彩のデータを装置に読み取らせ、IDカードの情報と合えば、扉が開く。その間約10秒。
「現在IDカードを発行されているのは、俺ら含めて4人だ。看護師は誰一人入れない。だから、患者の身の回りの世話も俺らの仕事。って言っても、3人いるうちの2人は意識不明だけどな」
「ここは――犯罪絡みの患者が収容されているのか」
 本郷の言葉に、広瀬はご名答、と両手を上げる。しかも結構やばい関係のが。だからこそIDカードの発行は慎重になる。警察の審査が入るから、本来は1週間近くかかるものなのだと。
「今回、1両日で発行されたのは、ひとえに、お前がDDCで、警察に顔が聞いたからだろうな」
 その審査の一部をDDCが担っていたのは笑い話もいいところだ。詳しい身辺調査をやる必要もないぐらいに身元は割れている。医師免許を持っていることには驚かれたが、さすがDDCですねぇ、と言われたぐらいだった。
 5つある扉の、手前から2つ目。広瀬が先に部屋に入る。承認のランプと共に、ドアが音もなく開く。ようやく、『本来の』患者にたどり着いた。


 ただ眠っているだけのようだ。薬物中毒患者特有の、荒廃の影も見えない。長期使用による中毒ではないことは明らかだった。左頬にガーゼが張ってあるのは、発見当時、擦り傷があったからだという。
「意識不明の患者に限り、あそこにカメラがある。警察署に繋がっているから」
 広瀬が指差した、いわゆる監視カメラ。隠す必要もなく、死角が出来ない位置に配置されている。
「会話が筒抜けってのはやな感じだけどな」
 そう囁いて、広瀬はカルテを差し出す。
「で、俺の気になる点その2。実は、3日前からレントゲン写真が見当たらない」
「――大問題だろ、それは」
「でも、もしかしたら市川先生が間違えて持っていったかもしれないし。ただし、今、連絡がつかないんだよな」
 3日前に、別の病院に移ったはずなんだけど。引越しのごたごたがきてるのかもしれない。広瀬は患者に向き直る。
「現在のところ、生体反応はあるものの、刺激による反射はほぼ0。脳波も微かに反応する程度。ほとんど、植物人間に近い」
「ほぼ0、というのは?」
「指先に触れると、脳波に少しだけ動きが表れる。それだけ。あとは――これかな」
 心電図を始めとした装置の音と、男性の不規則な呼吸音だけが、響く。


「さて、と。次なんだが――唯一、意識のある患者なんだ。面会客も多い。一般人とは言えないかもしれないし、お前なら顔は知ってると思うけど、普通に頼む」
 廊下に出て、広瀬は念を押して次のドアを開ける。一瞬見えた人影に、若干鼓動が早くなった気がした。見たことのある――お互いに、だ――顔。ランプが点灯する。
「新しい担当か」
 年老いてなお、威厳を保ち、信頼を一身に集める男。広域暴力団指定団体としてはかなりの規模。その末端ではあるが、彼らの『店』に潜入捜査していた際、顔を合わせたことがある。巨大組織のトップがあんな店にまで顔を出す、それは今でも理解できない。
「どこかで、見たことのある顔だな」
 八神仁。長年に渡り組を率いてきた男。潜入捜査といっても、七海と違い、本郷は顔も名前も変えることは滅多にない。せいぜい場所によって、目立つ傷を隠す程度だ――今回のように。あの時はそれすらしていなかった。
「八神さん、こいつ最近まで内戦地にいたんですよ?見間違えでしょう」
 広瀬がいつもと変わらぬ口調で、カルテをめくる。
 彼が対立する組の襲撃で左肩と右足を撃たれたのは、本郷が足を負傷する少し前。犯人が捕まったとは聞いていない。高齢という事もあり、完治には時間を要すると、未だに彼が収容された病院には部下、警察入り乱れての厳重な警備がしかれていると聞いたが。あれはカモフラージュだったのか。まさかこんな平和な病院に移っているとは想像しないだろう。
「見間違い、かもしれんな。全体の雰囲気はもうおぼろげだが、わしの知っている本郷は、顔と手に傷があった」
 視線を外さぬまま、老人は言葉を紡ぐ。


「知っている、どころか知り合いかよ。やっぱりお前の人生、考え直したほうが良いって」
 部屋を出て、広瀬は安堵のため息をつく。部屋の壁は厚かった。少しの会話は漏れないはずだ。
「まさか最後の1人も知ってるなんて言わないでくれよ。外国からの客人だ」
「3日前の事件のか」
 事も無げに言った本郷に、広瀬は、ありえねぇ、と顔を覆って壁にもたれる。1週間前、『観光』に来て事故にあった密輸グループのメンバー。別に知り合いではないが、探偵として必要な情報は仕入れている。部屋のロックを開けながら、広瀬が呟くのが聞こえた。
「これで、意識不明・身元不明の男性の事を知らないなんて、運が悪いよ」
 確かに、そうかもしれない。


「ところで、聞きたい事があるんだが」
「何?」
 病院内の人間なら誰でも利用できる食堂。時間が遅い事もあり、人はまばらだ。
「IDカードの発行に、1週間かかる、と言ったな?」
「あぁ」
「ということは、1週間前に俺がここに来ることは決まっていたのか?」
 人事に関しては、院長夫人が仕切っている。今朝、院長室で聞いた話では、彼女に申請を出して認証され、IDカードが発行され次第配属ということらしかった。それで今日来た事に疑問を抱かないのは、彼女が認証したのは1週間以上前という事になる。
「あー、まぁ、なんだ。本郷、過去を見ちゃいけないよ」
「あの、広瀬先生――高橋先生が探していましたけれど」
 反論する前に、声がかかる。広瀬は、いいところに、と立ちあがる。
「あ、本郷。こちら長瀬明美看護師。今度、寿退職する――来週だっけ?」
「えぇ」
「俺が戻るまで、おしゃべりでもしていてよ」
 広瀬が視界から消え、周囲に人がいないのを確認し、本郷は口を開く。
「――で?」
「で、とは?」
 にこやかな笑みを絶やさず、聞き返してくる。
「何の用だ」
「いや、お前でも一人称に『俺』って使うんだなーって」
 外見も声も長瀬明美のまま、雰囲気と口調を一瞬にして戻した七海は、にやりと笑う。
「何の用だと聞いている」
「つれないの。せっかく手伝いに来てやったのに」
「頼んだ覚えはない」
「団先生からだよ。俺だってお前に頼まれるなんざ、冗談じゃない」
 つっけんどんに言った七海は、トーンをさらに落とす――それでも女性の声には違いないが。
「警察に脅迫状が届いたんだ。あの男の調査をやめろってな。さもなきゃ、誰かが死ぬ。どっかの3流ドラマ作家かね」
 団の依頼、というのは嘘だろう。他に人手がなく、緊急時であるのならともかく、たかが手伝いで、無免許の人間を送り込んでくるとは思えない。相変わらず、悪趣味だ。
「それで――何故、その格好なんだ」
「男女雇用機会均等法が出来て随分経つのに、この世界ってまだ男――看護士は珍しくてさ。目立ちたくないじゃん。それに、他の子達とお前を追っかけるのも楽しいかなと思ったんだけど、寿退職間近じゃねぇ」
「ふざけるな」
「はいはい。じゃぁ、真面目にしますか?いくらお前といえども、貴重な情報飛び交うナースステーションに四六時中いるのは、無理だろ?」
 そう言うのであれば、せいぜい利用させてもらうとしよう。


「長瀬さん」
 食堂を出た七海を、3人の看護師が待ち構えていた。年齢は長瀬と同じぐらいだったはずだ。
「何?」
「さっき、本郷先生と仲良くおしゃべりしてたけど――もしかして知り合い?」
 仲良く?会話が聞かれていない自信はあるものの、あれって、周りから見れば仲が良いことになるのだろうか。今度、監視カメラの前で喋ってみようか。
「えぇ、結構前だけど」
 本物の長瀬明美とその旦那は、根っからのミステリーファンで、入れ替わりの申し出をした時は手放しで喜んでいた。どんな話でも辻褄は合わせる、とまで言ったぐらいだ。心強いような不安なような協力者に甘えさせてもらうとしよう。
「じゃぁ、本郷先生の好みって分かる?食べ物とか映画とか――」
 知るか、んなもの。思わず出そうになった言葉を飲み込む。
「えぇーと…聞いた事はないなあ」
「ねぇ、だったら、聞いてくれない?お願い!」
 医者ってそんなに魅力的なものなのだろうか。こうなるんだったら、看護士として来た方がよかったかな。複雑な心中をよそに、七海は、時間があったらね、とだけ返す。






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