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「赤く光る猫の目、か。子供の考えそうな事だけどな」
「別に一緒に来いとは言っていない」
「別に行きたくないとは言っていない」
 第4病棟はうっすらと埃が積もっていた。立ち入りは禁止されているのだから、明りをつけるわけにはいかない。とはいえ、暗闇での行動は慣れたものだ。
「ナースステーションのほうは大丈夫なのか」
「ダミーの鍵を置いてきたしな。外玄関の鍵はそのままだし」
 誰もいないのだから声を変える必要もないと判断したらしい、七海の声。戻すならその外見もどうにかしろ、と無理な注文をしたくなる。
「俺、疑問があるんだけど」
「何だ」
「この病院、閉鎖するとあって急患以外の入院は受け付けてないだろ?だとしたら、あの大野沙希って子は急患って事だよな。過労で運ばれた。彼女、どこから運ばれたんだ?」
 もっと街の中心であれば、他の病院はいくらでもある。今回応援に駆けつけてくれた医師達がいる所もそうだ。ここは、総合病院としての規模は大きいが、静かな環境をモットーにしている通り、街の外れにある。住宅街は近いが、大野沙希の自宅からも仕事場からも離れている。
「K病院も、Y病院も、一昨日の時点で病室、医師の不足があったわけではないらしい。また、そのような急患受け入れの要請もなかったと聞いた」
 自力で病院に来たのかね。七海の言葉は的を得ているかもしれない。
 ロビーへ回る。第1病棟内からは死角。ペンライトの光量を絞って、床を調べる。
 いくつかの足跡。子供のではない。大きさからして男性のものだろう。靴は2種類のようだ。そしてその全ては同じ場所へ向かっている。消さないように、廊下の両側に分かれて歩く。
「あれか――」
 そう大きくはない額縁。シルエットの猫。瞳だけが赤く光っている。
「単なる悪戯か。何かのセンサか。どうする?」
 辛うじて聞き取れる声。録音機械であれば既に時遅しだが、それだったら何も見せる必要はない。赤外線センサという発想も馬鹿げている。何かの装置だとしても、恐らくは、カメラだろう。身を屈めてやりすごす。
「監視だらけかよ、ここの病院」


 足跡は地下へ続いていた。薬剤室。ここを開けるのには別の鍵が必要だが、今はない。
「…すっごくベタな展開になっていないか?」
「事件にベタも何もない。奇想天外な事を期待するな」
 第1病棟に戻りながら、身元不明の男性と、薬品会社の火事、ジャーナリストの死を並べる。警察の調査は終わった頃だろうか。
「あ、そうだ。高野刑事な、一泊していくって。第3病棟の空室でのんびりよろしくやってるぜ」
 俺の一泊とは大違いだ、と七海は鍵を弄びながらナースステーションへ消える。


「のんびり寝ていたら、たたき起こしても構いませんよ」
 調書を持ってきた吉川は、高野の取り扱いについてこう言った。めずらしく煙草をくわえている。
「大野沙希ですが。彼女が今追っていたのは、若者の間で流行っている合法ドラッグですね。我々からすると脱法ドラッグですが。体当たり的なところがあったらしく、今回も取材のために購入したという話ですよ。彼女の部屋からは出てきませんでしたが」
「彼女の持ち物は?」
 それがですねぇ、とページをめくる。
「1人暮しですからね。何がなくなったとかは分かりませんけれど、ジャーナリストである以上持っているはずの手帳、それが見当たりませんでした。部屋からも、病室からも」
 よくある事だ。吉川も同じ思いなのか、ため息の代わりに煙を吐き出す。
「――火事の原因はわかりましたか?」
 話を切り換える。
「建物が崩れてしまった以上、正確な事は言えませんが、出火元である3階では、薬品の出荷チェックを行っていたと言っていました。ただ、起爆性、発火性のあるものではなかったらしいですよ」
「…すり替えられたのかもしれませんね」
「今、科捜研で分析を行っていますが。相当、時間がかかると思います。当時3階にいた何人かに話しを聞けたのですが、やはり突然爆発したとしか」
「部屋は、何室あったのですか?」
「仕事場と、給湯室、トイレですね。後は廊下とエレベータホール、階段。ですから、給湯室あたりから出火し、それに気づかずにドアを開けたところ、何かに引火して爆発を起こした、という考えが一番ですかね」
 119番通報は、救急車、消防車が現場に着く8分前。薬品会社のビルから煙が上がっている、だけで切れた。
「音声分析も今やっていますけれど、あまり期待はできませんね」
 どちらにしろ、すぐに何かが分かる、ということは見込めない。
「それで、絞殺体で発見された人物の身元は?」
「えぇ。数日前まで、O病院に勤めていた、市川という医師です」


「いろいろ大変みたいだねぇ」
 DDS科学班研究室。何時に訊ねても、ドクター・ドクロが出迎える。名ばかりの就業規定はなくしたほうが良いのではないか。淹れてくれた紅茶を一口飲んで、本郷は微かに顔をしかめる。
「――何が入っているのですか?」
「ドクロ印の栄養剤。まさか、現場に出てる人に毒を盛るわけ、ないでしょ」
 現場に出ていない人間には毒を盛るのか、と言いたいところだったが、肯定されても困るので、喉の奥に直接流し込むように、カップを空けた。
「はい、これ。こんな感じで計5種類。本来の骨格が分からないからねぇ、何とも言えないんだけど」
「ありがとうございます」
 整形前のイメージ図。今の姿からは、あまり想像できない。
「写真を見る限りじゃ、整形の跡はわからなかったけど。間近で見ても分からない?」
「そこまで観察はしていませんが――最初に診察をしたのは、市川先生のようですよ」
「彼は優秀な整形外科医だからねぇ。気がついてもよさそうなんだけど」
「その市川先生が手術をした、という可能性は?」
 本郷の言葉に、ドクター・ドクロは、はふ、と息をついて、自分のカップに紅茶を注ぐ。
「考えられるね。世の中の整形外科医がいかほどかは分からないが、ここまで劇的に変化させられるのは、そうはいないよ。跡がわからないのなら、施行回数も多くはないはずだし。何で?」
「――遺体で発見されました。例の火災が起こった薬品会社です。絞殺とのことです」
 口封じかい?視線が、一瞬宙を彷徨った。彼なりの動揺。
「可能性はあります」
 ドクター・ドクロは紅茶を一口飲んで、同じように顔をしかめる。
「良薬口に苦し、とはいうけれど、これは酷い」


 警察、DDSと寄り道をして、2人よりは3時間以上、遅れての帰宅。玄関ですら漂う酒の匂い。どうやら、これが彼女の言うアフターケアらしい。
「おっかえりなさーい」
 真っ赤な顔で、缶ビールを差し出す。広瀬は既に仰向けに倒れ、寝息をたてていた。空き瓶、空き缶の数が異常だ。
「広瀬君から伝言。明日は、なめこだって。買ってきて冷蔵庫に入れてあるよー。えぇとね、あと、鮭焼いてくれって。古きよき時代の日本の朝食を希望されておりましたー」
 一応まだ意識は保っている。
「新岡、飲む前に聞きたいんだが」
「何?」
「大野沙希というのは、どういう女性だった?」
 そうねぇ、と少し考えるように上目遣いになり、それでも手はビールのプルトップを引く。
「女優になれたかもしれないわね。取材の時、相手によって出方も性格も変えるのよ。すごい演技力だし、そのための努力なら惜しまないって感じ」
「なら、目的のために、わざと体調を崩す、ということもありえるか?」
「あるかもね。休みたい場合の仮病は得意みたいだけど」
 口まで持っていった缶を、そのまま机の上に戻す。
「ねぇ、本郷君」
「――何だ」
「彼女、苦しまずに死ねたかしら」
 死の際に何を思うかなど、判りはしないが。
「――あぁ。おそらくな」
「――そう、よかった」
 人生を強制的に終わらされた友人への、せめてもの救いになるのだろうか。新岡はそのまま、顔を伏せる。缶を握っていた手から力が抜ける。






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