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「本郷君?!うっそ、何でここにいるの?いつ戻ってきたの?」
 さすが女優というべきか、周りに聞かれても不自然ではない形の質問をとる新岡に対して、本郷は、何故ここに、という文字ばかりが浮かび上がってくる。脳が正常に働いていない。
「…広瀬?」
「いや、俺、何もやってないから!本当に」
 行き当たった可能性に、前科がある広瀬は、ちぎれるのではないかと思うほど首を振る。
「え?何、広瀬君、本郷君が病院に戻ってきたの、私に黙ってるつもりだったの?」
「いや、それはそれで、えーと」
「新岡。別に俺は戻ってきたんじゃない。『仕事』だ」
「一時的でも復帰は復帰でしょ。教えてくれても良いのに」
 腰に手を当て、睨みつけてきた新岡は、すぐに顔を綻ばせる。広瀬は正面玄関を一瞥して尋ねる。
「でも、新岡。お前、どーやって入ってきたの?正面玄関は封鎖されてるし、裏口は関係者専用なのに」
「その関係者専用口を使わせてくれたのよ、看護師さんが」
 別に私は明日から1週間休みだから、急がなくても良かったんだけど、お忙しいでしょうからって。その言葉に、広瀬は目を丸くする。
「…え?その看護師、お前が『新山恵美』って分かったの?」
「そう。凄い洞察力よね。テレビで見るより遥かに若くて可愛い、って感じですね、って言われた。これ、喜んでいいのかしら?」
 凄い洞察力。ここで今、それを持ち合わせている人間は。
「…その看護師、長瀬、という名前だったか?」
「ネームプレートにはそう書いてあった。あ、怒らないでやってね。彼女の好意なんだから」
「その前に、何でここに来たんだ?風邪でもひいた?生憎、本郷は外科だぜ」
「違う違う。お見舞いよ。知り合いのジャーナリストが、一昨日から過労で入院してるの。大野沙希って女性。どこか知らない?」
「俺、一昨日はDDSと手術で終わったよ。ナースステーションで聞いてきたほうがいいな」
「分かった。ところで、今日は何時に終わるの?」
 顔を見合わせる。まだ通常業務にも就いていない。
「――それは、警察に聞いたほうがいいな」


 お互いにプライベートは殆ど知らないのも同じだ。だから、テレビに映らない日は無いと言っても過言ではない女優と知り合いというのも、ありえなくは無い話。とはいえ信じ難い。裏口からロビーに続く廊下で、会話をする3人を見て、七海はしばらくぽかんと眺めていた。それはすぐに1つの疑問へ繋がる。
 変装術に関しては、DDC随一と自負している。本郷に対してすぐにばれるのは、それと分かる事をやっているからだ。最も、彼相手に長時間騙すというのはさすがに無理だとは思う。
しかし、自信があるから女装をするわけではない。自分から一番遠い人間ほど、『七海光太郎』と切り離す事が出来る。実は一番やりにくいのは、自分と似たような人物なのだ。新山恵美を中に通したのも、『長瀬明美』の行動だった。看護師としての自分の行動は『長瀬明美』が行っている。その時の『七海光太郎』は、視覚、聴覚、味覚を働かせているぐらいで、無意識下で『彼女』から情報を受け取り、探偵として吟味し、必要になったら表へでていく。もしかしたら、これは多重人格の一種になるのかもしれない。
 だが、本郷は。似通った人物でも、全く違う人物でもない。本人そのものだ。前職か現職かの違いだ。意図して人格を変えているわけでもない。こちらは一種の催眠術とでも言うべきか。白衣。それだけで、その気配も足音も、彼にしては穏やかな顔つきも、付随してくるものなのだろうか。いつもなら決して見せる事など無いのに。
 何度訊こうと思っただろう。しかもその質問に対する答えは容易に想像がつく。いつもと同じ、静かな瞳で、抑揚の無い口調で、一言「何を言っている」。そしてすぐに背を向ける。手に取るように分かる。
 尋ねることは負けを認めるような気がする。それでも、確認したい。
 ――なぁ、俺の知ってる『本郷巽』ってのは、誰なんだ?


 2階のナースステーションまで付いていき、そこで会った高橋と今日の予定をどうするか話し合い、その間に新岡は、大野の病室を聞き出し、帰りにまた寄るから、と去っていった。
「刑事さんに断ってから、順次回診を始めましょうか」
 高橋の案に頷いて、時計を見る。いつもの倍以上の医師と、相変わらず不足している看護師。それでも、それなりの人数はいるわけだから、合間を縫って業務は行えるはずだ。
「では――」
 叫び声が響く。何度か耳にした事はある。しかし、それは、画面を通して。
「本郷!4階だ!403号室!」
 後ろから広瀬の声が追いかける。
 階段を駆け上がり、角を曲がる。部屋番号を確認するまでも無く、部屋の入り口で立ち尽している工藤の姿が目に入る。
「新岡!」
 まるで糸の切れた操り人形のように座りこみ、しかし首だけは本人の意思とは関係無く固定されたまま、本郷の声にも新岡は振り向かない。その視線の先。カーテンで仕切られたベッド。おそらく彼女が、大野沙希だろう。だが、胸から生えている木製の柄は不自然だし、少しめくれた掛け布団の下の身体は動きもしない。何より、病院で赤黒いシーツは使わない。


 七海が403号室に着いたのは、少し遅れた。入り口で、気を失った『新山恵美』を抱きかかえた本郷とぶつかりそうになる。
「――今、どこか空いているベッドはないか?」
「とりあえずなら、当直室のを使うのが一番いい」
 やはり、いつもと違う。去っていく本郷の後姿を横目で追い、部屋に入る。広瀬が振り向く。
「あぁ、長瀬さん――。あまり見ないほうがいいよ」
 もはや30分の休憩だとか、通常業務だとか言う話をしている場合ではない。ざっと部屋の中を見渡す。在室表では、6人いるうち2人はリハビリとなっていた。残る4人のうち、1人は命を落とし、3人は何が起こったかとカーテンを開けて様子をうかがっている。このぶんだと、いつ何が起こったかなんて、気づいてはいないだろう。


 医者も警察も、当事者しか知らないが探偵もいる病院で起こった殺人事件。倍に膨れ上がった警察と、新たに加わった鑑識と、それらに負けず増えたマスコミによって、ある意味ここは出入り不能の要塞と化した。関係者専用口も、数人が見張りに立っている。警察の知り合いは多い。ここで正体をばらされると面倒な事になる。本郷の思いは、的中した。
「あれ――?ほんぐぁぁっ?!」
「おい、大丈夫か、高野。どうした?」
 しかし、それをフォローしてくれる人間もいるのは確かだ。顔を合わせるなり指差して声を上げた高野刑事と、とっさに後ろから蹴り倒して、しらじらしい演技をする吉川刑事を見て、隣に立っていた七海が口を開く。
「――なんつーか、お前と俺が来てから、怪我人増えてないか、ここ」
 高野は、鼻の頭をすりむき、左足首のねんざという診断をされた。


「ひでぇ、吉川さん。そりゃー、俺に落ち度があったのは認めますけど、だからって…」
 第3病棟の1室。警察の事情聴取に使われている部屋とは別の階で、文句を続ける高野を無視して、吉川は本郷に向き直る。
「すみませんね。課長から、DDCから1人、例の男の身元調査に来ている、って話はあったのですが、我々は別の事件を追っていたもので詳しくは聞いていなくて。まさか本郷さんとは思いもしませんで」
「いえ――。ところで、事件のほうは」
「殺人のほうからいきましょうか。火災のほうは、なんだかややこしくなっているようですよ」
 死亡推定時刻は約3時間前。失血死。まだ病院内では手術室の全てが使用中であり、本郷や七海も火災現場で処置をしていた頃。病院内は手薄だったに違いない。
「ガイシャは大野沙希。フリーのジャーナリストですが、評判はいいらしいですよ。今、彼女の部屋を調べている最中ですから、情報が入り次第お知らせします――えぇと、本郷さん、この事件も担当される?」
「担当、というよりも、自分の受け持ちと関係がはっきりするまでは捜査範囲に入ります」
「では、捜査員にもそのことは言っておきます。もちろん、正体は伏せておくように徹底しますので。それと、凶器ですが、量販店で売っている包丁ですね。指紋は残っていません。同室の患者はずっとカーテンを閉じたまま眠っていたり音楽を聴いたり――ヘッドフォンで。変な物音等に気がついた人はいません。リハビリに行っていた2人は、2時ぐらいに部屋を出たといっています。犯行の前後ですが、異常には気がつかなかったと。もっとも、朝から医師が1人も来ないという異常の中でのことですからね」
 それ以上めぼしい話はないようだ。事情聴取は今始まったばかりなのだから、仕方ない。その異常状態を起こした化学薬品会社の話に移る。
「これがどうも…。本郷さんはどう思われますか?」
「十中八、九、事件でしょうね。出火した建物は研究所ではなく、普通の事務手続きを行う建物ですから。確認作業で、いくつか薬品は置いてあったでしょうが、反応や爆発が起こるほどのものがおいてあるとは思えない。敷地内にある倉庫のほうが、まだそうなる可能性はあるでしょう」
 横から、へぇー、と高野の声か息かが漏れる。本郷は自分の考えを続ける。
「私が目にした煙は、まだ火の手が上がってそう時間は経っていない頃のものでしょう。しかし、一瞬で爆発が起こった。となれば、起爆性のものがあった可能性があります。自力で脱出した社員2人も、突然だったという話ですので、ありがちなガスが充満していたわけではなさそうですね。臭いがありますから。ただし、あそこが工業薬品を扱う会社でということを考えると、水素なども上げられますが」
 そうなると、ますます事故という可能性は減ってくる。まさか水素ボンベが日常的に放ってあったわけでもあるまい。
「そうなんですよね。一応、あそこの会社の社員は、危険物取扱者の資格――甲種乙種はともかくとして――持っているのですから。どこかに爆発性のある薬品がまとめて置いてあるなんて非常識です」
「1人、火事より以前に亡くなった方がいるでしょう。窒息死という話ですが」
 えぇ、と吉川が書類をめくる。
「絞殺です。遺体の損傷は激しくないので、すぐに身元は分かると思います」
「…まさか、その遺体を隠蔽するため、あの火事があったとか不穏な事、言わないでくださいよ?」
「可能性は高い」
 高野の言葉に、吉川は事も無げに返し、本郷も頷く。
「もう1つ、気になる事があります。119番通報は、どこからかけられましたか?」
「え?――あぁ、あそこの敷地内の公衆電話からです」
「その、かけた人物は?」
「男性だそうですが――それ以外は。あれ?」
 答えてから、高野も気がついたようだ。最寄の消防署が現場に着くまで数分はかかるだろう。それでも、本郷が気がついた直後に到着したとなると、電話はかなり早い時期にかけられていた。ただし、社員ではない。そうだとしたら、避難をしているはずだし、なにより使われた電話が、敷地内にあるものだが、会社の中や携帯ではない。第3者の可能性が高い。川の向こうは薬品会社の敷地が殆どで、そこを抜けると河口だ。あまり一般人が通るところではない。
 探偵が動くと事件が起こる、というのはセオリーなのだろうか。
「えぇと、じゃぁ、そっちのほうも調べるとして、後は――」
 高野の発言を制す。
「第1発見者を、連れてきましょうか。意識が戻っていたら、ですけれど」
「はぁ」
「ついでに、子供達も連れていきます」
「は?」
 勢い良くスライドさせたドアの向こう。へばりついていた5人が倒れる。
「しまったっ。見つかった!てったいーっ!」
 真っ先に起き上がった松林の襟首を掴む。
「いつから、正義の戦隊は探偵みたいな事をやるようになったんだ?」
「ふっ。救急戦隊Oレンジャーとは仮の姿、正体は、探偵なんだ!」
「…普通逆じゃぁ…」
 高野のもっともな意見が飛ぶ。探偵にしては、話す音量が大きいようだ。もう少し周りが静かであれば、吉川も高野も気づいただろう。少なくとも事件の話は聞かれてはいない。
「じゃぁ、本郷さん。すみませんが、第1発見者、お願いします」






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