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「確かに、彼女には会った。偶然だったが」
 メグの問いに、本郷は特に不審な様子も見せず、頷いた。
「あの…だったら何故、身元が分からないんですか?」
「偽名、だったからだ」
 講師室へ向かおうとしていた本郷を見つけたのは、普段自分達は使わない正面玄関。今は人の出入りはない。
「偽名…?」
 DDSへ一般人が立ち入る場合、守衛で最低でも氏名・住所・電話番号の記入と身分証明書の提示が必要になる。そして、セキュリティ・チェックを受け、初めて中に入れるのだ。
「正確には、大塚優衣という女性は存在する。1年ほど前、とある事件で1、2回会ったことはある。住所、電話番号もその時と同じものだった」
「それって――」
「別人が、大塚という女性に変装していたことになる」
 1年前に数回会っただけなら、記憶もおぼろげになるものなのだろうか。自分にはあまり、ピンとこなかった。
「本物の大塚優衣は、先ほど所在が確認された。死亡した人間は顔の損傷が激しく、身元判別にはまだしばらくかかる」
「そうなんですか…」
 それで、身元不明。ひとつ、自分を納得させてから、次の質問へ移る。
「その…私が昨日、見かけたとき、何かを言い争っている用に聞こえたんですけど…」
「言い争う?」
 微かに眉を上げる。言い争う、というのは適切ではない気がする。特に口調が激しかったわけでもない。彼を知る人間なら、普段と変わらない、と言うだろう。ただ、そこに漂っていた空気はあまりにも冷たく、季節を少し逆戻りしたような感じさえした。
 メグがどう答えようか悩んでいる間に、本郷の口が開いた。
「確かに、争うと言うわけではないが、そういう風に捉えられる会話はあった」
「…あの、何について…?」
「彼女が、犯罪をほのめかすような内容を口にした、とだけ言っておく。詳しく語る必要はない」
 先手を打たれた。自分ひとりでこれ以上、話を聞きだすのは無理かもしれない。本郷が時計を見る。つられて、目線が動く。
「私はこれから会議がある。――そもそも彼女が、誰に会いにここへ来た、というのは調べたのか?」
「え?――いいえ…」
 突然の問いかけに、メグは多少上ずった声で返す。
「そうか」
 それだけ言って、本郷は踵を返した。その後姿を見ながら考える。彼女がここへ来た目的。誰に会おうとしていたか。外へ出る。そして、呟く。
「時計が、違ったわ…」
 名刺代わりとでも言うべき、傷だらけの時計。彼がそれ以外のものを着けているのは、初めて見た。






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