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 団守彦がこの世を去って8年。その間に、DDCやDDSの環境も随分と変わった。
 人はブランドを求める。団守彦というブランドの力があったことは否めない。そしてDDCは会社だ。DDSの校長として周囲からそれなりの評価を得ていた七海に、DDCの代表に就くよう要請するのは、経営陣としては当然だったかもしれない。
 紆余曲折はあったものの、七海は条件付でそれを受け入れた。
「期間もつけておけばよかったな」
 書類仕事がたまると、七海は口癖のように言った。彼が出した条件は現場に出られること。
 団守彦の遺志は継ぐ。だが、それにしがみついてはいけない。団守彦になるのではない。だが、周囲はどうしても比べる。
「いいよな、お前は」
 以前はよく口にしていた言葉だが、今の本郷にそれをいう気にはならない。


「――以上です」
 本郷が説明を終える。紙面を追っていた顔が一斉に上がり、大きく息を吐く音が続く。刑事部長が立ち上がる。
「それでは、最終確認です。我々警察は、明日の10時半にN社へ向かいます。捜査令状は既に取ってあります。明日、不在が確定しているのは、一昨日から1週間の休暇に入った大蔵社長の秘書である徳岡と、今日明日と特別休暇――葬式でしたな――を取った営業部の田中課長。平社員はとりあえず無視をしましょう。大物はその2人だけですね」
「えぇ。明日は10時から社長講和があります。課長クラス以上は事情がなければ集まっています。徳岡はいませんが、もう一人の秘書である山本がいます。密輸に関するものは彼がメインで行っていますので、まずは大丈夫でしょう」
「分かりました。長い間、ご協力ありがとうございました」
 深々とお辞儀をし、警察官は退席した。積もる話は、明日の捜索が無事に終わってからだ。所員も順次部屋を出て行く。残ったのは、本郷と七海だけになった。
「それで、明日が終わるまでオレにも誰か教えてくれないの?」
「あぁ」
「ひでーの」
 笑いながらの非難。今の本郷は七海の監督下に入らない。どちらかといえば、協力者。本郷にDDCが協力している、というのが正しいのか、その逆かははっきりしない。発端を考えると前者だろうが、言える事は、警察からの依頼ということだけ。
「とりあえず、無事に終わって良かった」
「まだ、分からないだろう」
「お前が無事に戻ってきただけでも、良いことじゃねぇか」

 本郷巽を殺してくれないか。警察からそう依頼が来たのは1年前だった。

 世界から見れば平和な日本でも、テロというものは存在する。銃撃犯罪も増加傾向にある。それらの対象が本郷に向けられたとしても、彼の仕事内容と性格からすれば、おかしな話ではなかった。むろん、DDCや警察としても黙っているわけにはいかない。秘密裏に捜査をし、重要参考人としてN社の人間があがったが、それから先へが全く進めなかった。N社はもともと暴力団との関係や銃器密輸の疑いがあった。以前に別の事件で、本郷が探りを入れたこともある。襲撃はそれが原因。実際に動いていた暴力団員を逮捕しても、大元にはたどり着かない。死者や重傷者は出ていないものの、一般人への被害は免れない。目的は分かっているのだ。本郷巽を消すこと。


「しっかし、お前の能力はさておき、ドクロちゃんの新素材もすごいよな。1年、交換なし、だろ?身体に影響はなかったか?」
「昨晩、検査してもらった限りではなかった」
 彼らの目的を先に達してしまえば。つまり、本郷巽を殺してしまえば。警察のその提案は、一時的とはいえ敗北宣言に近かった。本郷がいなくなれば、本来の仕事がしやすい。警察の捜査も進むという按配だ。むろん実際に殺すことは出来ない。DDCの変装技術をもってすれば、他人に成り代わることぐらいは、朝飯前だった。本郷も周囲への被害を懸念し、それを受け入れた。だが、それだけで終わらないのが、この男だろう。
 他人になった彼は、そのまま難なくN社に入ってしまった。彼が誰になったのかは、遠山警視正と、ドクター・ドクロしか知らない。期限は最長1年。その間の連絡は取らない。万一の事があった場合のみ、警視正から知らせる手はずになっていた。
 そして、N社に入社して3ヵ月後。DDCでは本郷の退職届が受理された。規則にのっとり、3ヶ月、所在および生存の確認が出来ない場合として。つまり、今の本郷は、DDCではない。警察、DDC、そして本郷。この3者の会議の場として、DDCが選ばれただけの事。しかし、それを認識しているのはどれだけいるだろう。
 トントン、と書類を揃えて封筒に入れる。これだけの資料がある。余程運が悪くなければ終わるはずだ。七海は大きく伸びをする。
「ところでアリスちゃんは、どうして日本に来たの?」
「聞こうと思ったところへお前が来たんだろう」
「そりゃスミマセンでした。というか、聞くだけ野暮か。でもまぁ、1人ではるばる日本に来るなんてねぇ。まだ10歳?11歳になったんだっけ?」
 目撃者の話では、会うや否や「パパ」と抱きついてキスまでしたらしい。驚いて七海に電話をかけてくるわけだ。
「何を笑っている」
「いや、やっぱ親子って似るもんだなぁって。ジェーンが来た時も同じ再会シーンだったらしいじゃん。オレは両方とも見ていないんだけどさ、惜しいことした」
 反論が来るかと思ったが、本郷は立ち上がった。
「今日はもう帰っても問題ないだろう」
「あぁ。それで――」
 言いかけて、七海は本郷の顔を見たまま黙る。
「何だ」
「あぁ、いや。アリスちゃんが来たことだし、ゆっくりしてろよ」
「明日、結果を聞く場は持てるか」
 DDCの所員でない以上、七海に会おうとすれば面会の申し込みが必要になる。
「お前が予約入れて来るっていうのも変な感じだよな。今日も守衛が苦笑してたぜ。ま、規則だから仕方ないか」
 七海は予定を確認して、明日はN社に立ち会って、その後も関連の予定だけだから、11時半以降なら平気だ、と告げる。そこへ七海の携帯が鳴る。
「じゃ、明日な」
 本郷が部屋から出るのを見て、電話に出る。七海に面会の申し込みがあるという。
「夕方?時間はあるけど、誰?」


 ADO――アルフレッド・ディテクティブ・オフィス――は常夏の場所にあるわけではないが、少なくとも所長のアルフレッドは常夏の人間だろう。雰囲気は所員にも伝わり、事務所の色となる。携帯電話の向こうは賑やかだった。本郷が用件を切り出す前に、まくし立てられる。
「やっと連絡してきたか。連絡は迅速にかつ手短に正確に――何言ってんだ、お前はこっちにも籍を置いてるんだから――え?登録番号0825だ。言わなかったか?――オレに決まってるだろ。別に反対するヤツもいないし、いいじゃないか」
 確かに、今の自分はフリーということになるのだから、どこに在籍していようが文句は言われないが、本人の知らぬ間にというのはいただけない。とはいえ、この強引さはいつもの事であるし、今はその話をしている場合でもない。アリスの母親、ジェーンはADOの所員。アリスの話からしても、事情を知っているのはこの男だろう。
「無事に着いたか、そりゃぁ良かった。何、飛行機に乗るだけなら5歳の子供にだってできるさ、心配することじゃない――人聞きの悪い、アドバイスって言ってくれよ。そもそもお前がすぐに連絡を寄こさないのが悪い。1年と言ったらきっかり守れ」
 きっかり1年という約束をした覚えはない。柄にもなくそう反論しかけて思いとどまり、耳を澄ます。電話から聞こえてくる雑多な会話。
「ジェーンは3日以内には戻ってくると思う。今回の逃亡者は密売人だが、自身は薬に手を出していない。拳銃を所持している形跡もない。まともな会話はできるだろうし、カナダまで行く知恵はあったしな――あぁそうだな、お前がアリスを連れて帰ってくれば一番てっとり早い。誕生日もクリスマスもキャンセルしたんだ、そのくらいは当然だろ。そういや、オレの娘もな――」
 いつもなら彼の家族の話は今度と言って終わらせるが、本郷は聞き流しながら時間を確認する。会議は2時間弱で終わった。余裕はある。片桐に連絡をして、少し待ってもらうように頼み、玄関へ向かう。幾人かとすれ違う。見覚えのある人間も、見知らぬ顔もある。長年歩いていた廊下は懐かしさを思い出させるものではなく、日常のままだった。
「あ、本郷さん。今、時間ありますか?」
 それは周囲の人間も似たようなもので、どこかへ出向して戻ってきたかのような接し方だった。元々、多忙だったこともあり、社内にいるのは少なかった。所在を知りたかったら、七海か片桐に聞けばいい。余程の事でなければ、彼らを窓口として連絡を取り合う。これは要職に付く前の七海の場合でも同じだ。そう『一期生』に関しては、そんな暗黙のルールが出来上がっていた。いつだったか、ツチノコより見つけるのが難しいと泣かれたことがある。一年、顔を出さなくても納得される。そのくらい長い時間、自分はDDCにいたということになるのだろうか。
 守衛に30分ほどで戻ると断りをいれ、外に出た。守衛は会釈し、どうぞ、と言っただけだった。




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