「しかし…」
本郷は躊躇いました。明らかに、おかしいのです。上から見たものと、下から見たものが違うなど。戸口から見える風景は絵には見えません。
やめた方がいいのでは、と言おうとした矢先、ふっと戸口が消えました。それを支えていた紫乃もです。
「…!!」
あまりといえばあまりの出来事に、本郷は目を丸くし(七海がいたら、何かしら言われていたでしょう)、しばらく立ちすくんでいました。何が起こったのか。考えるまでもありません。実際この目で見ていたのですから。問題は、信じるか信じないかです。再び背伸びをして家の中を見てみましたが、紫乃の姿は見当たりません。
本郷は踵を返し、少し早歩きで、何とか頭の中を整理しようと努めました。大通りにあった電話ボックスに入り、DDSの電話番号を押しました。長いコール音の後、出たのは七海でした。どうやら団先生も連城先生も、その場にいないようです。本郷は見たことをそのまま伝えました。
「はぁ?お前、夢でも見たんじゃないのか?」
そう言った七海は、ともかくそこへ行く、と電話を一方的に切ってしまいました。
数分後、息を切らせてやってきた七海と共に、先ほどの場所へやってきました。もちろん、あの戸口はありません。
「夢じゃねぇの?ここで居眠りしたとか」
「お前じゃあるまいし」
「何だよ、それ」
ぐるりと家の周りを一周しても、何も見つけられません。七海は、家の門をそっと引いてみました。
「あ。ここ、開くぞ」
「開いても開かなくても、勝手にあけるんじゃない」
「そうじゃなくて――!!」
突然、七海の姿が消えました。とはいっても、紫乃の時とは違い、下に落ちたのです。落とし穴でも掘ってあったかのように。
「七海!」
駆け寄ると、真っ暗な闇から声が聞こえました。姿は見えません。
「まーだーおーちーてーるーんーだーけーどー」
相当深い穴なのでしょうか。それはそれで小さな怪我では済まされなさそうです。ロープを、とその場を離れようとしたとたん、その穴は広がって本郷の足元も飲み込みました。つまり、同じように落ちたのです。
ひどくゆっくりとした落下でした。辺りを見回す余裕もあります。穴の中のはずなのに、そこは本棚や戸棚がぐるりと取り囲んでいました。目の前を、一匹のコウモリが飛び去っていきます。
「おぅい、本郷!」
下のほう、辛うじて七海の姿が見えました。手足をばたつかせ、何とか上がろうとしているようです。
「何なんだよ、ここ」
「知るか」
底はまだ見えません。本郷はためしに近くの戸棚の扉のノブに手を伸ばしました。すると力を要れずに、それは開いたのです。中は真っ暗でしたが、人が入るには十分な大きさでした。不安定ながらも、本郷は勢いをつけてその中へ飛び込みました。
一方、七海はとうとう底にたどり着きました。井戸の底かと思っていましたが(そもそも本棚でぐるりと囲まれた井戸と言うのもおかしい話ですが)、そこは森でした。ゆっくりとした落下だったので枝に捕まり、幹を伝って降りることができましたが、上を見上げても真っ暗で、本郷がやってくる気配もありません。
<七海を追う>
<本郷を追う>
<紫乃は?>