茂みの中からひょい、と顔を出すと、家が見えました。極々普通の、2階建ての家です。
「…何だぁ?」
七海が訝ったのは、その家の玄関の前に立っている男でした。大きな手紙を持っています。しかし、その容貌は普通ではありませんでした。
「…半魚人!」
凄いものを見た、皆に自慢しなきゃ。そう思いながら眺め続けていると、ドアの向こうからまた1人、現れました。
「…えーと?」
今度はいい言葉は浮かびませんでした。顔が蛙で身体が人間なんて!カメラがあれば、と辺りをキョロキョロしているうちに半魚人はどこかへ去ってしまいました。半蛙人(とりあえずそう呼ぶことにしました)は家の前に座って空を見ています。タキシードのような服に、頭には鬘をかぶっています。昔の王様のような髪型は蛙には似合っていません。何処に行けばいいのかも分からない七海は、とりあえず彼(?)に尋ねてみようと思いました。
「俺より小さいんだから、いざとなっても大丈夫だろう」
舌を伸ばされたらいやだな、と思いながら近づいても、半蛙人は空を見たままです。
「あの。お聞きしたいんですけど」
半蛙人はぎょろっと目だけを向けました。七海は一歩後ずさりましたが、何の、と続けました。
「この家には誰が住んでいるんですか?」
「公爵夫人だよ」
「会うことはできますか?」
「入ってみて会えるなら会えるし、会えないなら会えないね」
はて、格好からするとこの半蛙人は執事だか召使だか見えるのだが、このやる気のなさは何なのだろう。どうも彼に道を尋ねても、有望な答えは返ってきそうにありません。
「じゃ、お邪魔しまーす」
ベルらしきものも見えず、軽くノックして扉を開けました。半蛙人が座ったまま「どうぞ」と言ったので、家の主に咎められても自分のせいじゃないな、と七海は解釈しました。
「…わ」
おかしな家でした。玄関を入るとすぐ台所で、白い煙が充満して雲の中にいるようでした。公爵夫人の家とも思えません。しかもその煙は白いなかに黒いものも混じっていて、何かと思ったとたんにくしゃみが止まらなくなったのです。
「こしょうかよ!」
手でパタパタと扇ぎましたが、部屋の中のこしょうの量は多すぎて、無駄なことだとすぐに分かりました。涙ぐむ目でよく見ると、なべをかき回している女料理人がいます。その手前に、椅子に座って赤ん坊を抱いている女の人がいました。これが公爵夫人なのかしら、と七海は思いましたが、赤ん坊の泣き声がひどくて、考えるよりも耳を塞ぐのが精一杯でした。部屋の中にはその3人しかいませんでしたが、誰も七海に気が付きません。
「あの、すんません!」
大声を出すと、赤ん坊はますます激しく泣き、こしょうはますます空気中を漂い、公爵夫人のくしゃみも止まらなくなりました。それでも誰も七海に目を向けません。「透明人間にでもなったのだろうか」と思いましたが、自分では自分がちゃんと見えています。見えているといえば、ひとつ、おかしなものが目に入りました。おかしいというのは、この場に合っていないという意味です。
「冷蔵庫」
この部屋にある、唯一の電化製品のようでした。しかし公爵夫人にしても料理人にしてもさっきの半蛙人にしても、服装はまるで昔の外国人で、冷蔵庫はちぐはぐな感じがしました。
それはそれとして、赤ん坊の泣き声とこしょうに、さすがの七海も閉口し、外に出ようとしました。その時です。「欲しいなら勝手にどうぞ!」と料理人が振り返りもせず冷蔵庫を指差したのです。それは自分に向けた言葉なのだろうかと迷いましたが、料理人はそれ以上何も言わず、公爵夫人も相変わらず反応しません。
ここでは自分の都合よく解釈するのが一番なのだろうと、七海は思いました。
<冷蔵庫を開ける>
<外に出る>