2度目の爆破は3日後に起こった。例の商店街からそう遠くない公園。朝の6時。ジョギングをしていた中年男性が通りすぎた直後、爆発が起こった。男性に怪我はなかったが、腰を抜かしたということで結局救急車は来る羽目になったらしい。他に被害を被ったのは、爆弾が仕掛けられていたと考えられるジャングルジムおよびその周辺の遊園器具だけだった。その頃本郷は、脅迫状に怯える依頼人の傍らにいた。結果として依頼人が過去に殺した女性の息子を、依頼人ともども警察に引き渡し――その殺人事件はあと1年で時効だったということで当時の担当警部が直々に感謝の意を伝えにやってきて多少足止めを食らったが――直接DDCに向かう車中のラジオで事件を知ったのは発生から10時間後のことだった。
同一犯。真っ先に頭によぎったのはそれだ。前回の廃ビル爆破について、警察の発表はあまりにも少ない。爆弾の種類も、起爆方法も、そういった類いの情報は一切外に出ていなかった。模倣犯を防ぐためだろうか。もし用いた爆弾が、材料が簡単に手に入る部類のものであれば、騒ぎに乗じて作ってみようという輩が出るかもしれない。また、それに伴う事故が起きるかもしれない。新聞や雑誌は好き勝手書いていたが、ひとつとして信憑性のあるものはない。今回用いられたものが、前回と同じ爆弾であれば、警察は連続爆破事件として捜査するだろう。
「俺、宇宙に行くって言われた。考えたこともなかったな、宇宙なんて」
「米田が宇宙?何でだろうね?私、芸能人になるって。でもこれは外れね」
「恵美子、お芝居好きじゃない。演劇部だし。女優とかは?」
「なりたい気はあるけど、あまりにも現実離れしている」
「かーっ。夢がないなぁ。高校生の癖に。なれよ、応援してやるから」
「僕、大学に残って研究続けてるって言われた」
「大久保君、絶対そうだーっ。もうね、ノーベル賞とかもらう勢いで当たりそう!」
「で、本郷はドイツで軍医兼探偵。すごいなぁ」
それはお前らが勝手に言っただけだろうという本郷の言葉は届いていないらしく、盛り上がる級友達に思わずため息をついたところで、広瀬がポンポンと肩を叩く。
「まぁ、ここまで盛り上がってるんだから、どっちかにはなれよ。一緒に医大に行こうぜ」
「勝手に人の将来を決めるな。第一、軍医兼探偵って何なんだ」
「じゃぁ、医者兼探偵。2時間ドラマとかでありそうだな」
言い返すのは無駄だと判断し、事の発端を起こした張本人を見る。ニコニコして、本郷は医者でも探偵でもプロフェッショナルになれるよ、と何の根拠があってか羽山は言う。
「巽ちゃ〜ん。ご指名〜」
一向に減らない仕事に、大まかな優先順位を付けていたところへ、女性の声で呼び出しがかかる。
「何の真似だ?――七海」
顔も上げず、言葉に怒気を込めて答える本郷に、七海は、少しは相手してくれてもいいのに、と口を尖らす。
「団先生が早急にDDSに来てくれとさ。何の用だかは知らないけど」
私これから高級クラブに潜入捜査なの〜、と、しなをつくって去る七海を忌々しげに睨み、本郷も部屋を出る。背中越しに、気をつけてなと同僚の声が掛かる。七海は用件を聞いていないといったが、ここにいる人間にとっては察することは容易だ。このタイミングで団自らが本郷を呼ぶ。答えはひとつしかない。3度目の爆破は2時間半前、公園の事件から2日後だった。
広い会議室の広い机で、本郷と2人の刑事はこれまでの事件を再検討していた。
「3度目は今朝7時。マンションの一室です。もっともそのマンションはリフォームを始めるとかで人は住んでいなかったので、爆発による直接の死者は出ていません。マンションは3室ほど全焼しましたが」
半年前、本郷のことを怪しいと食って掛かってきた、高野が説明する。あの頃はまだ学生の雰囲気が残っていたが、今はその面影はない。でも怪我人は出てるだろ、と、その頃から高野と組んでいた吉川が補足する。本郷より15上の吉川は、若さゆえの暴走を起こす高野のよき歯止め役だった。
「爆発に驚いてハンドルを切りそこない、停車していたトラックに激突した乗用車の運転手が1週間の入院だそうです」
朝。そして人のいない場所を狙う。怪我人は出ているものの、少なくとも犯人は人を傷つけるために爆弾を仕掛けたようには思えない。
「で――爆弾の種類は?」
本郷の問いに、吉川がいくつかのビニール袋を取り出す。
「前回、前々回の爆弾の残骸です。今回のは、まだ鑑識から帰ってきていませんが…捜査員達が戻ってきてから話はあるでしょうが、おそらく同じ物と思われます」
ビニールには金属の破片とガラスの破片が見て取れる。
「手製の爆弾ですよ」
高野がため息をつく。現場にいたのは最初の事件だけだったが、かなりの威力があったように思う。それが手製によるものだとは。
「火炎瓶とダイナマイトを足して2で割った、といったところが妥当でしょうね。黒色火薬を使った形跡がありますが、あそこまで炎が上がったのは、灯油が原因だそうです」
吉川が続く。黒色火薬。手製の爆弾としてはもっとも一般的かもしれない。
「時限式ですか?」
本郷の問いに、吉川は首を振る。タイマーようなものは見つかっていない、と。
黒色火薬を用いた爆弾であれば、導火線を伴った、空き缶を用いた手榴弾のようなものがある。導火線の長さによっては一種の時限式にもなる。所々に油を染み込ませておけば、下手なタイマーより確実に火はつくだろう。もっとも時間は当てにならないが。
「それと、こんなものも」
吉川がさらに取り出したのは、木の破片。証拠物件が破片のみ、ということを考えても、その威力はかなりのものだろう。証拠を残さない、という狙いもあったのかもしれない。
「もし、導火線を伴った爆弾であれば人目に付く――となれば、木箱か何かでカモフラージュした可能性が高いでしょう。金属とガラスの破片が出てきたということなら、一緒に火炎瓶を設置して、黒色火薬爆弾の爆発で瓶を爆破させれば、あの炎と威力も納得がいく」
本郷の言葉に高野が目を丸くする。ひとつの可能性としてだが、と言ってもその表情は変わらない。堪えきれずに笑い出した吉川の言葉でようやく膠着から抜け出した。お前、半年前はそれで本郷さんを疑ったんだよなぁ。確かにあの時、初期段階で本郷が出した推理は、ほぼ当たっていた。
「ところで何でノストラダムスなんだ?」
帰り道、広瀬が思い出したように尋ねる。
「何で?」
少し考え込むように羽山は空を見上げる。
「予言が当たったら、おもしろいじゃん。世界が自分の思い通りになってるみたいで」
「…お前…それ、本気で言ってるのか」
「…実は世界征服企んでいるとか言わないよな?」
あきれ返った本郷と広瀬の言葉に、俺はいつだって本気だよ?と言った羽山の口調は、いつもと違うように聞こえた。
「他にもなりたいものはあるけど――」
「ん?」
「未来が見えるなら、その力を使わなきゃ、もったいないじゃん?」
じゃぁ、オレはここで。いつもの分かれ道。いつものように元気よく走っていく羽山の後姿をしばし見つめ、本郷と広瀬は同時にため息をついた。
最初の現場である商店街から公園、マンション、その距離は1kmにも満たない。我先にと、一時避難をする住民が後を立たないと、対策会議の冒頭で指揮官が落胆の色を見せる。確かに人がいない、ということを除けば対象に共通点はない。無差別テロと思ってもいいだろう。しかし過去の例から見て、共通点のないものこそ何かしらのルールに則って選ばれている。世間を大きく賑やかすような事件であるほど、その傾向は強い。特に自分の力を認めさせたがっているような愉快犯には―――まるで、警察への挑戦状代わりとでもいうように。
「爆破された建物ですが――堀江ビル、榎波公園、マンションはローラルという名前がついています。建築された年もバラバラですし、設計者も建設会社も何の関係もありません。何かのトラブルがあったという話も今現在、出てきていません」
可能性をひとつずつ消していく捜査官の声にも疲れが見える。世間への発表が少ない背景には、意図的に隠すものと、隠すものがない2つの状況がある。今回の事件は後者だろう。あまりにも手がかりがなさ過ぎる。続いてホワイトボードに写真が貼られていく。事件現場の写真。野次馬を写した写真もある。犯人は現場に戻る。これも昔から言われてきたことだ。しかし、この写真が撮られたのは、おそらく事件発生から時間が経っている。その証拠に。
「公園現場の写真に写っている人物で、最初の――ビルが爆破した直後にいた人間がいます。その写真には写っていませんが、私の記憶する限り4人。実際はもっと多いかもしれません」
野次馬の最前列にいて、突如言い合いを始めた男性2人。道行く人にかたっぱしから声をかけ、事件を知らせていた女性。そして、旧友に酷似した少年。考えても見れば、公園がある住宅地から駅へ行くにはあの商店街を通る。他に居合わせた人物がいても不思議ではない。今朝の現場はその道筋にはない。写真に写っている人物も、5人――最初の現場からいるのは2人――以外は初めてみる顔だ。ホワイトボードに4人の特徴が書き加えられ、少なくとも2ヵ所の現場にいた人間には話を聞くという人海戦術方針で、一旦会議は終了した。
「でも、羽山の将来って全然わかんないなぁ」
分かれ道から、幾分過ぎたところ。いつものように英単語の復習をやっているように見えた広瀬はポツリとつぶやく。
「俺が医者になるってのは、本郷が言ったように99%なわけだよ。受かったらだけど。で、本郷も、反則だろってぐらい受ける学部に統一性はないけど、何となくその先が見えるじゃん」
刑事、検察官、それに医者に、今日いきなり最有力候補に上がった探偵、後は――と指を折りながら上げていく。それを聞いて本郷は、今更ながらに、もう少し受ける学部を絞ったほうがよかっただろうかと考え始めた。別に自分の人生を今決める必要はないし、今決めた人生を歩まなければ行けないわけでもない。受かったら、行ってもいい――確かに今朝広瀬が言ったとおりだ。しかしそれは、多くの受験生に当てはまることで、広瀬がほぼ確実に医者になるのは、彼が県内最大の総合病院院長の一人息子だからに過ぎない。
「でも羽山は、大学行くのかどうかもわからないけど、そういうのが見えないんだよな」
灰色の雲から視線を逸らさずに続けられた言葉に、確かに、と本郷は応える。
「確実に言えるのは、俺ら、普通のサラリーマンにはなれそうにないよな」
果てない未来への無限の可能性からくる発言と言えなくもないが、本郷は、静かに笑って同じ応えを返す。