「いよいよ、だな」
「そうだな」
参考書を閉じる音。それが合図だったように、教室に残っていた10名が大きく息をつく。
「がんばってね」
「お互いに」
明日から、試験が始まる。
「お前ら、卒業式までもう学校こないの?」
「たぶん」
「俺、国立一本だからなぁ。それまで、一人で勉強してんのかなぁ」
「オレ、来るよー」
「僕も…」
「大久保はともかく、羽山、お前結局どうすんだよ?」
「だから、オレはノストラダムスになるのっ」
「ガキか、てめぇはーっ」
じゃれあう――受験前の高校3年に対して使うには、いささか変な表現かもしれないが――羽山と米田を見て、笑う級友達。下校を促す校内放送が終わり、しばらくすると教師が見回りに来て、早く帰れと強制的に電気を消す。それも今日までだ。
「ねぇ、あれやんない?円陣組んでさ――」
「やろうやろう!本郷、広瀬、無視して帰ろうとすんな!」
「いや、俺は――」
「てか、何の為に――」
しぶる本郷と広瀬を強制的に輪に入れ、新岡が音頭を取る。
「では、明日からの――もっと遅い人もいるけど、健闘を誓って」
拳を重ねる。
「卒業式、またここで会おう!」
白。最初に認識したのはそれだった。それが天井だと気がつくのに、数秒。病院特有の匂いがする。どうやら、生きているらしい。首を軽く動かし、腕に力を入れ、体を起こす。背中に鋭い痛みが走る。今確認できる範囲で、大きな怪我は背中と足だけのようだ。足にいたっては感覚がないが、しっかりとギプスで固定されているところを見ると、少なくとも骨が折れているのだろう。それにしては、この仰々しい機械は何なのだろう。ぼんやり眺めていると、バタバタと複数の足音が響いてきた。
「本郷っ!目が覚めたのか――って、何お前、起きてるんだよ!」
「広瀬?!」
ノックもせずに駆け込んできた広瀬を見て、さすがに本郷は声をあげる。何故ここに、と言葉が続きそうになったが、医者の彼が病院に勤務しているのは当たり前だ。そもそも、本郷はここがどこの病院かもわかっていない。
「3日も意識不明で、目が覚めたとたん体を起こせるなんて、さすが本郷――といいたいところだが、とりあえず寝ろ。検査が先だ」
「3日?」
そんなに、という本郷の言葉に、広瀬は、開いた口がふさがらないとはこの事だと続ける。
「普通の人だったら間違いなくあの世行きだったぐらいだぜ?コートが防護服になってくれたおかげで、火傷はたいしたことなかったけど、足なんか鉄骨がぶっ刺さっていて、そりゃぁもう、俺が手術しなければまず切り落とされてたな」
さらりと、とんでもないことを言いのけて、広瀬は機械をいじり始め、看護婦に指示を出す。
「少しは再会の仕方も考えろよ。お前、俺の寿命を縮めるつもりか?」
確か最後に会ったのは3年前。旧友の中で、本郷が探偵になって唯一何度か会った人物だ。
「そういう文句は、この病院に運んだ人間に言ってくれ」
相変わらずだな――と笑った顔が、ふと真面目になる。
「まさかお前が入院だなんて神様でも思わなかっただろうな。原因は、あの少年か?」
「会ったのか?」
「だって、病院までついてきたし。刑事と一緒に。まぁ、本人も多少擦り傷があったから手当はしたんだけど、お前のことですごくうろたえていた」
「そうか」
「こいつがこんなんで死ぬようじゃ、人類は今ごろ皆滅んでるって言っておいたんだけどさ。なかなか納得してくれなくて」
そんな説得で納得する人間がいるか、と本郷は心の中で抗議する。同時に、広瀬とよく似た感じの同期を思い出す。類は友を呼ぶ、というやつだろうか。
「でも、本当に似てたな。タイムマシンで、あの頃の羽山がやってきたのかと思った――」
機械をいじる手を止め、カルテに何かを書きこみ、広瀬は独り言のように言った。
検査が終わったと思ったら、今度は場所を移動しての精密検査と言われ、本郷は難色を示したものの、さすがに広瀬の言い分が正しいとあきらめ、再び病室に戻ってきた時には日が沈んでいた。一通り診終わった広瀬は、今日何度目になるのだろう、あきれた口調で言った。お前やっぱりバケモノか、3日間寝ていただけで何でこんなに傷の治りが早いんだよ。
「いつ頃、退院できるんだ?」
「最低、2ヶ月だな。足が完治するまでに1ヶ月はかかる。その後のリハビリが――」
「なら、1ヶ月で退院する。リハビリはいらん」
「あのなぁっ」
患者なら医者の言うこと聞けよ、と広瀬が言いかけたところで、ドアがノックされる。顔を覗かせたのは吉川だった。
「本郷さん!よかった――意識が戻ったと聞いて飛んできたんですが、大丈夫ですか?」
「えぇ」
いつも一緒にいる高野の姿が見えない。それを察してか
「高野なら、少し遅れてくるそうです」
事件のほうは?という本郷の問いに、お話しても大丈夫ですか、と吉川は広瀬に確認を取る。
「バケモノだから問題ないです。事件の話なら、私は席を外した方がいいでしょう」
医者にあるまじき発言をして広瀬は退室する。
「…ご友人ですか?」
「えぇ、まぁ…。それで――」
「あぁ。少年の部屋から、空き缶で作った黒色火薬爆弾と、火炎瓶――半分ダイナマイトみたいに威力のあるものですが――1組、見つかりました。その時にプリンスホテル建設現場へ向かった同僚から爆発が起こったって連絡が入って。ほんと、命が助かってなによりでした」
「自分の判断ミスで招いた結果ですから」
「突風は不可抗力でしょう――。それと、少年の同級生を8人、補導しました。どうも、奴らは2ヶ月前にも同級生を自殺に追いやったらしいんですよ。今後、よく話を聞いて処置を決めますが」
いつの時代も言われてることですが、最近の子供ってのは――ため息とともに吐き出される言葉。
「本郷さんっ!大丈夫ですか!」
そんな重い雰囲気を一掃するかのような、高野の声。しかしドアは開かない。不審に思って吉川が開けると、大きな果物籠を抱えた高野が立っていた。
「あ、どうもすみません。開けようにも開けれなくて」
「高野…お前、なんだそれは」
「何だって、見ての通りお見舞いですよ。はい、どうぞ本郷さん。意識が戻ったって聞いて安心しました」
「あぁ、どうも…」
刑事が物品の贈答をしていいのかとか、一人身の男性に対する見舞い品としてはどうかとも思うが、彼にしてみれば相当奮発したに違いない。ありがたく受け取っておくことにする。吉川も、今回は大目に見るかと、籠を棚に載せるのを手伝う。
「あ、吉川さん、さっき警視総監から電話があったと捜査部長から電話をもらいました。連絡してくれって」
「わかった…じゃ、少し失礼します」
電話をかけに部屋を出て行く吉川を確認して、高野は本郷へ向き直る。
「で――暗号の答えを教えてほしいんですが」
「暗号?」
「だって、本郷さん、4度目はプリンスホテルって解かったんでしょう?何かしらの暗号があったんじゃないんですか?吉川さんとかに聞いても教えてくれないんです。自分で考えろって。でももう、ギブアップです。気になってこの2日、ロクに寝てないんですよ」
やはり、所々学生の雰囲気は残っているようだ。刑事にしてはいささか執念が足りないように思うが。彼の場合は、行動力を評価するべきかもしれない。
「それぞれの建物の名前をアルファベットに直して、頭文字をつなげると何になりますか?」
本郷の答えに、高野はしばらく考え、あぁそうか、と膝を叩く。
「あれ、でもそれだったら、もうひとつ考えられるじゃないですか。ほら、LUNEってホテルがこっちにあるし」
地図を広げ、指をさす。確かにそれも考えた。しかし、あの少年に実際に会って、犯人と確信できる証拠が出てから、その可能性はなくなった。
「それに、そうすると最後に残っていた爆弾が解からないんですが。何で本郷さんは最後が学校――榎波高校って分かったんです?」
「それは流れから来る推理に過ぎません。当てはまる言葉がないわけではありませんが」
「?」
「エクスクラメーション」
「…なんですか、それ」
そこへ、あたふたと吉川が戻ってきた。
「高野、お前人の話をちゃんと聞け!捜査員全員が召集されてるって言ってたぞ!」
「えっ?!」
「そんなわけなので、本郷さん、また後日ゆっくりと――」
軽く会釈をして慌てて去っていく。本郷はさすがに疲れを感じ、瞳を閉じる。
「そろそろかな」
数日後。いつも通り検査を終えた広瀬が時計を見て呟く。
「何がだ?」
本郷の問いに口を開けかけたところへ、廊下が騒がしくなる。直後、ドアが半ば乱暴に開く。
「本郷君!」
「おぉ、本物だ!久しぶりだな、本郷!」
「死ぬまで会えないんじゃないかと思ってたよ」
「…!!」
全く予想していなかった集団に、本郷は呆気に取られ、広瀬を見上げる。してやったりと笑った顔。
「俺は別に何もしてないぜ?昨日、新岡に、今本郷が入院してるって言っただけ」
そう、突然押しかけてきたのは、高校時代の旧友6名。
「同窓会の通知出してもいつも宛先不明で帰ってくるんだもの。いっそ探偵に探してもらうよう依頼しようかと思ったぐらいなんだから。だから、こことぞばかりに皆に連絡したの」
「そういうこと。俺、新岡から昨晩電話もらって、これ以上ない演技で会社病欠してきたんだ」
「私も。でも恵美子、今日から長野とか行ってなかった?」
「長野は逃げないけど、本郷君は逃げるから」
「そりゃ長野は逃げないだろうけど、ドラマの撮影だろ?」
「私が出ないシーンから撮影してって交渉した」
さすが、大女優、と拍手をする米田に、まぁね、と胸を張ってみせる新岡。確かに彼女は今や日本を代表する程の大女優になっていたが――。
「それにしても、本郷がDDCの探偵になっていたとはなぁ。以前、広瀬から聞いてびっくりしたよ」
「ホント、DDCって言ったら日本――いや、世界を代表する探偵社だものね」
「俺、一昨日、団守彦に会ったぜ!あと、警視総監にも!」
「何それ、ずるいっ」
自慢気に言う広瀬に新岡がつっかかる。何がずるいのかわからないが、相変わらずだなと本郷は心の中でため息をつく。
「あぁ、でも、そっか。DDCに本郷君を探すよう依頼すれば、簡単だったんだ」
「ここにいます――ってか?」
間抜けだなぁと、あの頃と同じように笑い合う。まるで、つい昨日別れたばかりのように。
「でもすごいよな。世界を股にかけて活躍している探偵だなんて、さすが本郷ってとこかな」
「何言ってるのよ、米田君、来年からNASAに行くんでしょ?」
「そういえば、大久保君も、アメリカの学会で凄かったんだって?」
「…おい、広瀬。お前、何やってるんだ?」
気がつけばドサクサにまぎれて広瀬が冷蔵庫を開け、高野にもらった果物を物色していた。
「あ、そうだ。本郷君、これお見舞い」
「しかし、何だよその顔の傷は。手も凄いな。一歩間違えればやくざじゃないか」
「さらにがっしりと男前になっちゃって。大久保にもその筋肉分けてやれよ――」
途切れることのない会話。もっとも本郷はさっきから一言も発していないが。探偵になってから、全く縁のなかった――自分から避けてきた雰囲気。それを一瞬で作り出す『級友』。こいつらには敵わないなと、本郷はふと思った。
久しぶりの再会は、時間をあっという間に進める。新岡がそろそろ行かないとまずいかなぁと、時計を見たのをきっかけに、退散するか、と米田が先頭を切って片付け始める。いつのまにか飲食物が増え、病室は同窓会会場と化していた。高野からの見舞いは半分以上なくなった。
「じゃぁね、本郷君。私、2週間ばかり山にこもるから、帰ってくるまで退院しないでね」
「俺、1週間アメリカ出張だけど、いるよな?土産買ってくるから、おとなしく入院してろよ」
「次は、今日これなかった人も呼ぶからね」
入院している人間に向かって言う台詞ではないだろう、と本郷の心の声を知ってか知らないでか、好き勝手に別れの言葉をかけ、去っていく級友達。
「にぎやかだったな」
本来の静かな病室に戻り、残った広瀬はいすに腰掛ける。
「4年前の同窓会だったかなぁ。本郷に会ったって言ったら、皆すごかったんだから。会わせろって。俺だって会いと思って会えるわけじゃないって言ったけど。特に新岡が凄い勢いでさ。お前に惚れていたんじゃないか?」
うらやましいやつだと、勝手に自己完結している広瀬に、本郷は、それで電話したのかと睨む。
「それくらい、いいだろ?別にお前の住んでるところがばれるわけじゃないし。新岡が探偵に調べさせようかって言ったとき、必死に止めた俺の友情にも感謝してくれよ」
確かに。DDCに依頼される中でも、本郷が担当するのは危険を伴うものが多い。他人を巻き込まないためにも、付き合いのある人物はできる限りいないほうがいい。極論かもしれないが、それは自分で決めたことだし、これからもそうだろう。
「なぁ、本郷、覚えてるか?」
窓の外を眺め、広瀬が思い出したように言う。
「お前、羽山の予言、20分の1ぐらいの確立で当たるんじゃないかって言っていたけど。一桁違ったな」
2分の1だぜ、と広瀬は窓を開ける。そうか、と本郷は答える。あの時の半数もの人間が予言通りになった――自分を含めて。
「なら、ノストラダムスの称号をくれてやっても、いいんじゃないか」
微かに冷たさを含んだ風が流れてきた。
「でもなぁ、自分のことは予言できていないんだから、詐欺もいいとこだよな」
広瀬の視線の先。茜色に染まった空。そこに見えているのはあの笑顔だろうか。
「前に米田に聞いたんだけどさ。羽山が学校に来なかったのって、あの日だけだったんだ」
帰宅途中の分かれ道、元気よく走り去っていく羽山の後姿が浮かぶ。
いつも白いノートが広げられていた机に、白い花が置かれていたのは、卒業式の日の朝だった。
040905
本郷先生の怪我は、勝手に「爆弾」と根拠もなしに思っていたのが、具体的に話しとしてまとまってきたので、書いてみました。
何となくですね、本郷先生はちゃんと大学出て、話中に出しましたが、ちょっと固めのお仕事に就いていたんじゃないかと思うんですよ。最初から探偵だったわけじゃなくて。だから過去は高校3年生の時の話