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「何をしている」
 聞かなくても分かりきっていること。入り組んだ先の行き止まり。すこし顔を向ければ誰もが視線に入る程度の距離。しかし多くの人が目線を逸らし通り過ぎていったのだろう。集団は声をかけられ初めて本郷に気がついたように、驚き慌てふためいて一目散に去っていった。残されたのは、集団と同じ制服を着た少年。必死に自分を守ろうと丸めていた体から力が抜け、顔を上げる。
「…商店街の、事件の時の人…?」
 ここで会うとは思わなかった。やはり、間近で見ても似ている。
「立てるか?」
 うん、と差し出した本郷の手につかまり、立ちあがろうとするものの、顔をしかめてバランスを崩す。守りようがない足は彼らの絶好の標的だっただろう。
「ふくらはぎか?」
 本郷の問いに、右足のズボンの裾を上げる少年。打ち身にしては腫れている。しかし骨折はしていないようだ。鞄からシップを取り出す。
「もしかしたら骨にひびが入っているかもしれない。すぐに病院に行った方がいい」
「おじさん、お医者さん…?」
 慣れた手つきに投げかけられる質問。
「学んだことはある」
「違うんだ…。あの時も、お医者さんだと思ったんだけど」
 笑う声は弱々しい。
「それと――」
 これも、言わなくても分かっていること。
「警察に」
 いいよ、大丈夫だから。返ってきた答えは予想通り。しかし。
「大丈夫――。もうすぐ、終わるから」
 ほんの少しの疑いが、ほんの少しの確信に変わる。


 少年と別れた本郷は、その足で警察に向かった。結果が出るにはしばらくかかるだろう。鑑識課の前の廊下で、先の会議で配られた事件現場周辺の地図を眺める。可能性は二つ。
「本郷さん!」
 高野が息を切らし走ってきた。まだ多くの捜査員は聞き込みに回っているはずだが。
「鑑識って、何か見つけたんですか?」
「…いや、今の時点ではなにも」
 いつもと違って不確定な本郷の答えに少し首をかしげる。結果が出るのかどうかも分からないのだ。何かの結果が出ても、それが望むものとは限らない。たとえ確信があったとしても、証拠のない状況での答えは誤捜査を招く恐れがある。現状では、推理は自分の中だけにとどめておいた方がいい。ただ――。
「最初の爆発から3日後に2回目、それから2日後に3回目。これが、単なる気まぐれなのかそれとも――」
 本郷のセリフに息を飲む高野。
「もし、次があるとすれば、3回目の1日後――つまり、明日って可能性もあるんですか?!あ、吉川さん!!」
 肩の筋肉をほぐすようにまわしながら、吉川がやってきた。
「会議、ですか?」
 数人の刑事が召集されていたのを思い出しての問いだったが、吉川は首を振って否定した。本郷と同じように、壁に背中を預けて目を閉じる。
「会議にはなりませんでしたよ。進展も何もないですから。遺留品を見て、唸って終わり。部長もピリピリしています。次がなければいいのですが…」
「いえ、次はあります」
 本郷の一言に、吉川は顔だけを向ける。
「少し出ます。確認したいことがあるので。鑑識の結果が出たら、連絡をいただけますか?」


「もういくつ寝ると卒業式、だな」
 広瀬が大きく伸びをし、思い出したようにつぶやく。この時期になると教室で勉強している人間も決まってきている。3週間後の卒業式まで会わないのも多いだろう。
「その前に受験だろ」
 本郷も広瀬も最初の試験が来週末に迫っていた。
「2人なら、どこかは受かるよ」
「それ、なんか嬉しくないんだけど」
 相変わらず読書をしている羽山に広瀬は文句を言う。
「私、やっぱ女優目指そうかなぁ」
 羽山の予言で、芸能人になるといわれた新岡恵美子の突然の台詞に、その場にいた人間が顔を見合わせる。
「おぉ、すげぇ!新岡、がんばれよー。俺、応援するからな」
「恵美子、本気なの?しかもこの時期に?」
「あ、ちゃんと受験はするよ?大学入れたら、オーディションとか受けてみようかなって。演劇部に入るよりは…」
「…羽山、お前、責任重大じゃないか?」
 思わず声に出した広瀬の言葉に、新岡は、運試しでやってみようかなって話だけよ、と慌てて付け加える。それを聞いて、羽山は満足そうに笑った。


 2つの可能性。今現在で考え得るもっとも確かなもの。4度目の爆破は――これは起こると本郷は確信していたが――2ヵ所に限定される。そして、ある前提が成り立てば、それは1ヶ所となる。堀江ビル、榎波公園、ローラル。やはり狙われた建物には「人がいない」他に、理由があった。
 携帯が鳴った。時計の針は午後9時を指している。
「本郷さん、出ましたよ!木炭と…えぇと、カリウム?硝酸カリウムと――」
「吉川です。黒色火薬の原料が出てきました。あまりにも微量なので、割合まではわからないとの事ですが、まず間違いないでしょう」
 興奮のあまり名乗ることすら忘れた高野から受話器を奪い取り、吉川が続ける。続けて、気になっていた人物達の聞き込み捜査の結果を聞く。予想通りの答え。前提は成り立った。
「で?あれはどこからもってきたんです?」
 吉川の質問に、事の次第を話すと、令状を取ってこいという言葉と同時に、受話器の向こうの騒がしさが増した。
「令状が出次第、家宅捜査に入ります。本郷さんはいま、どちらですか?」
 時折吹く風で、工事用の青いビニールシートがはためく。不気味なくらい、眩しく輝く大きな月。そんな明るさの中で、さらに人工光に照らされたパネル。完成予定日は半年後。
 かすかに足音が聞こえる。次の事件までの日数は気まぐれだったのかもしれない。しかし、それはたいした問題ではない。気配を殺し、闇にまぎれる。
「工事現場です。この夏完成予定の、プリンスホテル建設現場――」


 鞄から取り出したものは、コルクとロウで封をされた、透明な液体の入っている小さな瓶だった。それを積み上げられた工事用の鉄骨の上に置く。さらに鞄の中に手を入れる。
「足は、もう平気なのか?」
 かけられた言葉に、思わず鞄を落としそうになり慌てて抱え込む。しかし、その中には衝撃で爆発を起こすものは入っていない。
「――おじさん――」
 ビルの谷間。わずかに差し込んだ月明かりに浮かぶ旧友の顔。
「何で、ここに?」
 本郷のほうへ向き直る。距離は、ほんの数メートル。
「君の」
 まだ、爆弾と少年の距離のほうが短い。
「メッセージを受け取った」
 驚きから一転、安堵の表情に変わる。そしてつぶやく。ありがとう。もしも、高野が居合わせて聞いたら眉をひそめるだろう。
「おじさん、警察の人じゃないよね。探偵――とか?」
 先ほど置いた瓶の存在を忘れたように、こちらに歩み寄る少年。
「でも、よくわかったね」
「確信を持ったのは今日君に会ってからだ。最初の事件では、要注意人物にしか、思わなかった」
 再び、先ほど見せた表情に戻る。口の代わりに目が訊ねてくる。最初の事件から?
「その手――爪が、異様に黒かった」
 ビルに集まった野次馬のうち、本郷の記憶に特に残っていた数名――この少年も入れてだが――は、顔に比べてやけに手が黒ずんでみえた。そのうち何名かは、近くの印刷会社に勤めていた。おそらく長年にわたって染み付いたインクのせいだろう。電話での吉川の言葉を思い出す。
「他にも気になった人物については、確認が取れた。唯一、君だけが、普段の生活からはその手の黒さを証明できなかった」
「そっか…。素直に化学部に在籍してるって言えばよかったのかな」
 少年が立ち止まる。本郷との距離は、大股で2,3歩。
「その鞄の中身は、今日、学校で作ったものか?」
 本郷の言葉に頷く少年。夕方、差し伸べた手に僅かに付着した黒い粉末。足にあった無数のあざ。決断を込めた言葉。そして、爆破された建物。
「最終目的は、君の通っている学校だったんだな」
 少年の瞳から涙がこぼれる。そして、もう一度つぶやく。ありがとう、ごめんなさい。
 その様子を見て、本郷は、ふと旧友のことを考えた。彼も、こういう風に泣いたことがあったのだろうか。記憶にあるのは笑った顔ばかりだ。

 この一瞬が、本郷にとってはもっとも大きな判断ミスだった。

 瓶がゆれる。ビルの谷間。吹き込んできた、逃げ場のない風は、時には人を倒せるほどの勢いを持つ。不安定な鉄材の上に乗せられた小瓶は、いともたやすくバランスを崩した。本郷の表情に、少年が後ろを振り向く。間に合わない。だが、ほんの2,3歩なら――。
「おじさん?!」
 歩道に向かって投げ飛ばした少年が発した声と、後ろで瓶の割れる音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。



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