SEE YOU AGAIN
「広瀬は医者だよな。本郷は、警察とか検事とか――あ、探偵って合ってるかも」
有名進学私立校には到底及ばないが、公立ではかなりの現役進学率を誇る高校。三学期に入り自由登校となってからも勉強の場として教室にいる者は多い。向かいに座っていた羽山がつぶやいたのも、クラスの半数以上の人間が参考書を片手に昼食を取っているときだった。
「なに、本郷にはそんなに選択肢があって、俺には医者って道しかないの?」
「…医大を受ける人間に対して、医者になる以外の予想がつくか?」
「何だよ、おまえだって医大受けるだろっ。理系の癖に何で法学部とか受けるんだよ。それとも医大は、受かったら行ってもいいかなとか軽い気持ち程度か?」
「まだ決めていない」
涼しい顔をして言う本郷から目を逸らせ、彼と同じくクラス内でトップの成績を誇る広瀬は、これだから頭の良いやつはいいよなーとぼやき、突然人の将来に興味を示した羽山に訊ねる。
「で?おまえは?」
「オレ?」
広瀬の問いに、待ってましたと満面の笑みを浮かべる羽山。彼はといえば、学年でもまったく勉強しないということで有名だった。常に机には真っ白なノートが広げられ、教師が嘆き叱咤しても一向に授業に興味を示さない。留年しないのが不思議なくらいだった。ゆえに、受験をするのかどうかも怪しいというのに、毎日のように学校にきては本郷、広瀬と机を向かい合わせ、唯一、彼の勉強する姿といっても良い読書をしていた。羽山は目を輝かせ、息を大きく呑み、隣のクラスにまで聞こえるとも思える声で答える。
「オレはね、ノストラダムスになる!」
6時半。夢か、と心の中でつぶやきベッドから降りる。夢というよりは遠い記憶が出てきたと言った方が正しい。ここ数年は名前すら記憶になかった面々だった。
部屋の明かりをつけ、今日の予定を考える。昨日で片がついた事件の報告書を提出し、次の仕事に取り掛かる。問題は、重要で急を要する山積みの仕事のうち、どれから手をつけるかということだ。一昨日にも電話で概要だけ伝えられた事件があった。ごめんなさい、本郷さんにしか頼めなくて――申し訳なさそうな片桐の声が耳に残る。探偵が事件に追われるのは本務であって、別に彼女が謝ることではないし彼女自身もわかっていることではあるが、その一言を付け足さずにはいられないぐらい、本郷の元には仕事が舞い込んでいた。1秒たりとも無駄にはできない。探偵になってから全く会っていない旧友達のことは意識下に追いやり、支度を始める。そしていつものように、見た夢は多忙な日々に埋もれていくはずだった。
それは家を出て駐車場に向かおうとした時に起きた。地震に似ていた。道が揺れ、人の悲鳴が続く。しかし地震ならば、あんな爆音はしないし、硝煙の臭いもしない。なにかが爆発した。近い。歩みが走りに変わる。2つ目の角を曲がると、すでにそこには人だかりができていた。商店街にあるビルの2階から黒煙が勢いよく空へ昇っていく。3階建ての建物の窓ガラスはなくなっていた。本郷は人ごみを掻き分け前へ出る。ざっと数えて10名。落ちてきた窓ガラスの破片で怪我をし、うずくまる人。通勤ラッシュに差し掛かる時間としては少ないかもしれないが、2名ほどは路上に赤黒い染みを広げピクリとも動かない。駆け寄り脈を取り、傷の具合を見る。手放しでは喜べないが、すぐに止血をすればおそらく助かるだろう。自身の怪我にも備え、包帯は常時鞄の中に入っていたが、とてもではないが足りない。誰か包帯を持ってきてくれませんかという声に、若者が返事をし慌てて向かいの魚屋に入っていく。同時に本郷は人だかりを一瞥する。全員を覚えるのは瞬間記憶能力者でもない限り無理な話だが、怪しい人物がいないかぐらいはチェックできる。だが、思わぬところで視線がとまる。煙の立ち上るビルをぼんやりと見上げる少年。意図せずに唇は名を呼ぶ。
「羽山―――?」
静まり返った教室は、瞬く間に爆笑の渦に呑みこまれた。
「羽山ーっ、何言ってんだよおまえ!」
「うあ、本郷と広瀬、目が点になってるぞ!誰かカメラ持ってない?」
「おいおい、おまえ、2人の脳ミソふっ飛ばしてどうするんだよ!医大にストレートで行けそうなオレらの期待の星だぜ?」
「ノストラダムスって人の名前でしょ?それを言うなら予言者になるって――」
「そういう問題じゃないと思うけど」
目に涙を浮かべ、呼吸がうまくできずに苦しげな、それでも楽しそうな表情で本郷達の周りに集まる級友達。本郷と広瀬はいまだ思考回路が停止し、当の本人は本気なんだけど、と首をかしげる。
「だってオレに普通に大学行って普通の社会人になれって、土台無理な話じゃん。」
「何人生投げてるんだ、高校生の癖に!」
「投げてるんじゃなくて、オレは普通の人生はいやだなーって――」
「それならもっと他にいくらでも――」
うるさいと、両隣のクラスから同時に怒鳴られ、ひとまず喧騒は収まった。
本郷が負傷者の応急処置を施して数分後、通勤ラッシュに巻き込まれた救急車と警察、さらに多少遅れて消防車が到着した。爆発が起こったのは廃ビルで、負傷者は落下したガラスの破片で怪我をした12人のみ。大半が、かすり傷程度ですんだ。重症だった2人も救急車の中で意識を取り戻したらしい。警察に事件の概要を伝え――といってもこの時点で伝えられることはほとんどなかったが――数人の刑事が、半年前の方ですか、と近寄ってきた。確かに日本で半年間に二度も爆発現場にいる人間は珍しい。しかも半年前の爆発は事件であり、それを解決したのは他ならぬ本郷だった。それに加え、顔の傷など外見的特徴があれば気がつく人間も多いはずだ。肯定の返事をし、今の時点で自分からは何も言えないからと現場を立ち去る。気がつけばあの少年も消えていた。DDCに向かいながら、旧友の名を呼んだ自分に対して苦笑する。高校時代の同級生が、当時のままの姿でいるはずはないのだ。
自分の席に着くなり、DDCに着いてから顔を合わせた探偵達が聞いてきたことを、斜め前の席に座っていた同期も口にした。
「今朝の爆発、本郷の家の近くだよなぁ。現場、見てきた?」
七海光太郎。お互い忙しく、事件が終わらないとDDCには一度も現れないぐらいなのに、この男と遭遇することは多い。
「これでまた、半年前みたいに連続爆破とかなったら、本郷が出向くのかな?」
不謹慎とも言える口調で、誰に向かってというわけでもなく話を続ける七海。本郷はそれを無視し、手元の資料に目をやる。今、自分がやらなければいけないのは他にある。しかし、ファイリングされた書類を見ながらも、頭では今朝の爆発について考えていた。商店街の廃ビル。あそこには文房具屋を兼ねた本屋が入っていた。今は、十字路をはさんで新しくできたビルに移転している。取り壊しの予定もなかったはずだ。となると、事故の可能性は限りなく低い。だが、あのビルを爆破して得るものは?断定できないが、おそらくは無い。愉快犯―――自分の力を誇示したいが為の事件ならば、半年前と同じ、連続爆破事件になる事も考えねばならない。
「まぁ、気の早い話だよな」
七海の言葉に我に返る。一瞬、自分の考えに対する答えかと思ったが、どうやらずっと喋っていたようだ。
「とっとと仕事に戻ったらどうだ」
「はいはい。じゃぁ、ちょっくらドクロちゃんの所へ行ってきまーす」
帽子を片手に部屋を出て行く七海を見送ることもなく、本郷は視線を手元へ戻す。
「羽山のノストラダムスは置いておいて、本郷が探偵って合ってるかもなぁ。鋭いし、直感だけじゃなくて、それにいたる道筋がちゃんと通ってるもんな」
「でも探偵って言ったら人探しとか浮気調査とかじゃねぇ?本郷にはあわねぇよ。もっとこう――でっかい事件とかじゃないと。刑事のほうが向いてるよ」
「そうよね、ちょっと堅い感じの――」
「軍隊だ!軍隊!本郷、おまえ、ドイツとかの軍隊入れよ!武道も役に立つし!」
「あ、軍医ってよくない?かっこいい気がするし、似合いそう」
羽山の爆弾発言で集中力が切れ、他人の将来を好き勝手言う級友達に本郷は頭を抱えた。もともと本郷も広瀬も人付き合いが得意ではなく、また好きでもなかったが、羽山が傍にいるようになってから人の集まる中心となっていた。人を惹きつける何かが彼にはある。本来なら必死に受験勉強をしているはずのこの時期でも、クラスが和気藹々としているのは彼のなせる技だろう。そのうち、自分達の将来も予言してもらおうと、羽山の席に向かって行列ができ、息抜きも必要だなと広瀬が参考書を閉じ、本郷もそれに倣った。
「どうよ、本郷。羽山の言ってること、当たりそうか?」
隣で楽しげに『予言』をする羽山を眺めつつ、広瀬が尋ねる。
「20分の1ぐらいは当たるんじゃないか」
お前みたいに、ほぼ99%予測できる人間もいるしな、と付け加える。それってクラスで俺ともう一人だけ当たるって確率かよと、広瀬は笑う。
「それにしても、何だってノストラダムスなんだろ」