外へ出ると、半蛙人の姿はありませんでした。しかも前方に広がっていた森も消えています。もしかして別の扉を開けたのかしら、と佇んでいると、後方で皿の割れる音が響きました。驚いて振り返れば料理人があちらこちらに皿や鍋やらを投げつけています。
「うあ、ヒステリーか?」
巻き込まれてはかなわない、と七海は扉を閉め、改めて辺りを見回しました。広い野原が広がっています。そしてその先にあるのは、お城でした。他には何もありません。後ろでは相変わらずガチャンガチャンと音がうるさく、城以外に目的になりそうなものもなかったので、歩き始めました。
城は思ったよりも近くにありました。そして、思ったよりも小さく、せいぜい2階建てぐらいの大きさではないかと七海は見上げて、首を傾げました。というのも、実際にあるような城――遺跡と言ってもよいでしょうか――を縮小した感じに思えたのです。塔の窓も6階分ほどありました。玩具にしては大きく、実物にしては小さい。動物用のお城かしら、とも思いましたが、窓の中を覗いて、あ、と声を上げました。
「トランプ!」
中にいたのはトランプです。いた、というのは変な表現でしたが、というのも頭と手足が付いていて、動いていたからです。
「不思議の国のアリス…」
この状況は以前見た気がして、記憶を辿って出てきたのはそれでした。
「何オレ、今、夢の中にいるのか!」
おかしなことばかり続くので夢だろうとは思っていましたが、やっぱりそうなんだ、と妙に納得して、しかしどうしたものだろうと、再び考え込みました。
「七海君?」
それを中断したのは、聞きなれた声でした。
「あ、紫乃ちゃん!」
自分が来たのとは反対の道から紫乃がやってきました。
「良かった、会えて…。でも、どうしてここにいるの?」
「…えーと…。や、こしょうまみれの家から出てきたんだけど…」
理路整然と説明できるはずもありません。しかし紫乃も同じようでした。結局どうしたものかと佇んでいると、ある意味当然でしょうが、トランプたちが七海に気がつきました。とたんに、城の中は騒然とし、何となく面白かったのでそのまま傍観していると、声が聞こえてきました。
「あの者は何者だ!」
「誰も存じておりませぬ」
「盗人か!」
「かもしれませんが、動く気配がありません」
「ん、で終わったぞ、貴様!」
ん、で終わったらまずいのか?しばらく会話を聞いていると、どうやらしりとりと同じように、相手が言った言葉の最後の文字から話をしなければいけないようです。
「…暇人…」
そうは言ったものの、今の自分たちも何をしていいのかわからない以上、似たようなものでした。
「本郷も来てるのかな?」
「さぁ…。あら、でも、あれ」
紫乃が指差した方向は、確かに見覚えのある姿でした。噂をすれば何とやら。七海が大きく手を振ると、本郷も気がついたようで、少し足早にやってきました。
「お前、いままでどこにいたの?」
「…聞きたいか?」
「…聞いて理解できる内容なら」
「ならば、やめておく。とりあえず、コウタロウは見つけられなかったが」
そういえば、当初の目的はそんなような気もしましたが、はっきり言って今はそれどころではありません。お前の律儀さには頭が下がる、と七海は肩をすくめました。そこへ突然、城だか遺跡だかの窓が開きました。ジャックの柄をしたトランプが一歩声を張り上げます。
「お前たちは何者か!」
「…DDS…?」
トランプにではなく、2人に尋ねるように答えても、おそらく彼らの望む類ではないだろう、と言った七海自身がそう思いました。
「お前たちは、違法である!」
「…それってオレたちの存在自体を否定してるのか?」
「確かに、彼らから見れば、俺たちはおかしな存在だろうな」
「トランプと人間じゃ、見た目も違うものね」
そんな会話は完全に無視して、トランプは叫び続けます。
「よって、これから裁判を行なう!」
「はぁ?!」
途端に、地面が揺れ、城の後ろに大きな建物が現れました。
「おい、本郷、あれ、何だ?秘密基地?ロボットとか出てくるのか?!」
若干、興奮気味の七海に、トランプは持っていた槍をビシッと向けて、こう言いました。
「中へ入れ!すぐに判決が下る!」
「…秘密基地ではなさそうだな」
ぽつりと呟いた本郷の方へ振り返ると、彼は彼で後ろを向いていました。つられて見れば、いつの間に集まったのでしょう、大勢のトランプが槍をこちらに向けていました。
<裁判所へ>