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「15、6年前、ですか。あることにはあるでしょうけど、担当者はどうですかねぇ」
 前方を歩く若い刑事――名は高野と言ったか――は首をかしげる。いくらDDCといえども、警官の許可なくして署内の目的の部屋に出入りはできない。道すがら聞いてみたが、欲しい答えは得られなかった。自分より年下なのだから当たり前といえばそうなのだが。
「それにしても、DDCの方達って、ほんと個性的ですね。本郷さんとかも」
「本郷を知ってるのか?」
「えぇ、最初にお会いしたDDCの方ですよ」
 そりゃまた、濃いところから入ったなぁ、と笑いをかみ殺す。
「お元気ですか?」
「何が?」
「だから、本郷さん」
「あいつは、死んでる時以外は元気だよ」
 さらりと返した七海の言葉に、高野は一瞬考え込み、噴出して、ドアの前でとまる。プレートに書かれている文字は、『資料室』。
 鍵を開ける。かび臭い匂いが、鼻につく。
 膨大な棚の間を縫って、16年前というとこの辺りですね、と高野はまた別の鍵を出して戸棚の扉を開ける。石塚総一の命日のちょうど2週間後に、長男夫婦は交通事故で他界している。
 適当に手に取ったファイルをパラパラめくっていって、2冊目でその事件が現れた。報告書、鑑識結果、検視結果。ご丁寧に、新聞の切抜きまでついている。交通事故ということで、そこまで大きくは出ていない。現場は霧が多発する山道のカーブで事故が絶えない、と記載されていた。
 事故現場の写真の1枚に目を止める。
「これ、コピーは…?」
「できますよ、IDカードを使えば」
 そう言って、高野は警察手帳から1枚のカードを取り出す。誰がコピーしたのか分かるしくみになっているのか。むしろ、本来なら外部持ち出し禁止物なのだから、それくらいは当たり前か。
 昨日の坂井の話。あの頃は不幸続きで――。さらにファイルをめくる。先の事故からさらに3日後に起こった別の交通事故。前方が潰れた車の写真。事故を起こしたのは――。
「峻堂智也…」


 数カ所寄ってからガソリンスタンドで給油と洗車をしてもらい、DDSの駐車場で七海は、連絡待ちがてらしばし休憩を取っていた。何もなければそれにこしたことはない。しかし、何かあったから今に至っている。それはほぼ確実なのに、証拠がない。やはり、15年という歳月は、すべてを消滅させるのに十分だ。石塚総一はなかなか勘の鋭い人間だったようだが、少し詰が甘かったのかもしれない。もっとも彼の意思はそこにはないのだろうか。自分は刑事ではない。個人の意思と正当な裁き。正面に見据えている校舎に堂々とその存在を示す、DDC、DDSの象徴たる天秤の校章。この数時間だけで山のようになった資料を眺める。まだ手はある。一芝居、打とうじゃないか。
「おーい」
 頭蓋骨を脇に抱え、小さなトランクをぶら下げ、書類袋をぱたぱた振りながら近づいてくる、DDCきっての科学者。
「ご苦労さま、ドクロちゃん。結果は?」
「まぁ、上々だね。証拠としてはいささか欠けるかもしれないけど、大丈夫だと思うよ」


 霧が出てきた。窓を開け放していると、容赦なく部屋の中まで入ってくる。しかし、この方が都合がよい――ピアノやバイオリンにはダメージを与えてしまうかもしれないが、ご了承願おう。
 床板が軋む音。足音は、おそるおそる――きょろきょろと辺りを見まわしながら近づいてくる絵がたやすく想像できる。
「七海さん――どちらでしょうか?」
 遠慮がちな声の主は、あと2,3歩でこの部屋を覗くことができる。
「七――」
 見開かれた目。顔面はみるみるうちに蒼白になる。遠目から見ても、体が震えているのが分かるぐらいだ。息を呑む音すら聞こえる。身体と同じく震える声で、何とか言葉を発する。
「な、なんであんたが!」
 一歩近づく。同じ距離だけ相手は下がる。
「違うんだ!俺は、お、脅されていたんだよ!俺の意思じゃないんだ!俺が悪いんじゃない!殺すつもりはなかったんだ!」
 わめきながら、一目散に走り去っていく。その直後に響いた、カチャリという機械的な音は、彼には聞こえていないはずだ。


「本当だって!本当に――」
「何言ってるのよ、大方、霧で何かを見間違えたんじゃないの?」
「そうだよ。まさか15年も経って――」
 昨日と同様、霧で薄暗い客間。
「どうも、皆様。霧の中お集まりくださいまして」
 突如かけられた声に、一瞬硬直する三人。
「七海さん――。脅かさないでくださいよ」
 それでも瞬時に笑顔を作り出す良子に、いや失礼、職業病で、と七海は返す。後から坂井が続く。
「さて――。お集まりいただいたのは他でもない、例の依頼状の件ですが――」
「見つかったんですか?!」
「えぇ。これが、そうです」
 床下から見つけた手紙。渡したとたん、食い入るように読み始めた3人の顔が微かにこわばったのを、七海は見逃さなかった。
「これって――」
「読んだままですよ」
 3人から手紙を取り上げる。
「『明、由香里の死に疑問がないか調べていただきたい。疑うことがなければ遺産は良子、武に譲り、もし何かしら疑うことがあれば、遺産はこの家の保持に当てて欲しいと、坂井弁護士にお伝えいただきたい』――とまぁ、そういうことです」
 由香里については、何も問題はなかった。佐野医師の元にカルテも残っていたが、彼女は総一が亡くなる前から、かなり容態が悪化していた。祖父に続き、両親の死は、彼女の寿命をほんの少しだけ短くしてしまった。しかし、明とその妻は――。
「これを見てください」
 コピーをしてもらった2枚の写真。1枚は、明夫妻の事故車。もう1枚は、智也の事故車。
「こちらの――車の後部に、なにやら擦ったようなものが見えますね?」
 崖から転落した車。あちらこちらに擦った後があるのは当たり前だ。もちろん七海は事故車そのものを見ていないので、写真で判断せざるを得ないのだが、この部分だけは「擦れて色がはげた」上に、さらに「何かが擦れてその色が付着した」ように見えた。
「そして、こちらの智也さんが起こした事故の、車の写真ですが。もう一つ潰れた前面を修復した写真が、こちらになります」
 15年前にはなかった技術。どこに一番衝撃がかかったのか、傷は元の状態だとどこにどんな状態でついていたのか、ドクタードクロによって細かく分析されたチャートも一緒に。数えるのも億劫になる傷の中で、一箇所だけ「おかしな傷」があった。
「智也さんの車は、若干右よりの正面から壁に激突しました。一回の衝突だけで車は止まりました。というと、ここに擦れた後があるのはおかしいと思いませんか?」
 左前側面。潰れてできた傷ではなく、擦れてできたもの。そして明夫妻の事故車の、右後部に残されていた擦り跡。シュミレーションの結果――。
「一致、したんですよ」
 微動だにしない3人に向けての一言。ちょっと待ってください。智也が顔を上げる。
「七海さんのおっしゃる通りだとすると、まるで私が義兄夫婦の車を突き落としたみたいじゃないですか。あんな霧の中そんなことをしたら、私だって崖から落ちかねませんよ。それに、あの日は私は海外出張で日本にはいなかったんです。義兄夫婦が亡くなったと聞いて、戻ってきたんですから」
 確かに、出入国記録には、はっきりと記載されていた。パスポートを見せてもらっても疑う点はないだろう。
「えぇ、あなたには無理でしょう。でも、その日国内にいて、しかも霧の中でも問題なく運転できる人間はいますよ――武さん」
 突然名前を呼ばれ、武は飛び上がる。
「あなたが頭となっていた暴走族は、あの山道をよく走っていたそうですね。ならば多少霧が濃くても、妨害運転をすることはできたはずだ。自分の車だと警察に勘付かもしれないと、智也さんの車を使い、その後智也さんが事故を起こして傷を目立たなくすれば、何の疑いもかかりませんからね」
 あの頃は不幸続きで――世間からも、同情はされても疑いはされなかっただろう。総一と由香里は、間違いなく病死だったのだ。その前に明夫妻が事故で亡くなって、誰が智也の事故を疑う?
 暴走族の資料を、一緒に探してくれた高野には感謝しないといけない。30分程度の約束を、1時間以上もオーバした挙句、本来の業務を放り出して七海に付き合ってくれたのだ。
「そんな15年も前のこと――証拠はあるんですか?」
 七海を指す震えた指は、ありますという一言で、ぴたりと止まった。
「何よりも確かな――さっき、あなたが自白してくれたじゃないですか」
 視線が宙を舞う。七海は、小型レコーダを取り出す。ほんの10分ほど前、武がわめいていた声が録音されている。
「そ、それは――」
「そう。あなたが、『明さん』を見て言った言葉ですよ」
「武!」
 良子の鋭い声が飛ぶ。それを遮るように、七海は彼女に向かって続ける。
「そもそもおかしいと思ったのは15年も経ってから依頼が来たと言うことです。当時、ギャンブルと智也さんの事故で、あなたはお金を必要としていた。実際、遺言状の公開も急かしていたそうじゃないですか。それが、依頼の話になったとたんパタリと音沙汰がなくなった。そして15年。警察や我々探偵には馴染み深い年月ですよ」
 殺人罪の時効。おそらく、少しでも犯罪に関心を持っていれば10人中9人が知り得ること。性格には、公訴時効であって、不起訴となっても書類送検は免れない。
「一昨日で、ちょうど15年。例えこれが犯罪であっても、あなた方が起訴事にはならないでしょう――武さんを除いては」
「――え?」
 先ほどとは別の、出入国記録を取り出す。
「あなたは、明さん夫妻の事故から1年後、海外に行っていますね。7日間。その間は、『海外逃亡』期間中として、時効は中断される。ですから、あなたの時効までにはあと4日間、あることになる」  時期からしても、これは新婚旅行だったのだろう。それでも国外滞在による時効中断期間は適用される。
「そんなこと、一言もいわなかったじゃないか!」
 状況を忘れ――むしろ、先ほどの『自白』で隠し通すのは無理だと思ったか、良子に詰め寄る武。彼らの会話からして、計画したのは良子だ。武は脅されていた、と言っていた。恐らく脅迫内容はヤクザ関係だろうが、今その話を聞く気は毛頭ない。
「自首、してくれませんか?」
 七海の台詞に、武は身体ごと振りかえる。
 おそらく総一は、自分の遺産を巡って何かが起こると確信していたに違いない。普段の生活からも、長男夫婦に財産が譲られるのはほぼ確実だった。もし、その時に彼らが亡くなっていたら、遺産はその娘の由香里か、残る二人の子供。依頼状を見る限り、良子と武に、何が何でも遺産は譲らない、という気持ちはなかったのだろう。即座に依頼をしていれば、当時では不信なところを見抜けなかったかもしれない。中途半端に知識があったから、墓穴を掘ったといってもいい。彼らに遺産を相続する権利はもうないのだ。ならば、せめて罪を認めて――。
「ふざけるな!」
 武が吼える。あの、気の弱そうな姿は消えていた。彼だけではない。良子もだ。なるほど、彼らはたいした役者かもしれない。遺産のためだけに15年間、芝居を続けてきたのか。
 今にも襲い掛かる気迫の武に、七海は身構える。しかし、一瞬にして3人の顔が青ざめる。いや、先ほどから声もあげずに成り行きを見守っていた坂井ですら。硬直した3人に気を許さずに、後ろを向く。そこには廊下に続くドアがあるだけだ。
「由香里さん――」
 坂井の声に、良子が崩れ落ちる。室内の温度が下がったように思えるのは、気のせいだろうか。


 結局。救急車を呼び、警察を呼び、あきらめた武と智也は素直に自供を始めた。病院でうなされている良子にも、じきに刑事が尋ねるだろう。
 遺産は坂井の管理の元、屋敷の修復に当てられることになった。坂井の娘夫婦があの屋敷を気に入っていて、年に1,2回ほどだが掃除をしていたらしい。確かに15年間放っておいた割には掃除がしやすいと思った。ななみが、あの掃除方法を知っていたのも納得する。人が住まない家は痛むのも早い。彼女達が住むことに、反対するものはいないだろう。
 お帰りになられるなら、途中まで車でお送りしますが。坂井の申し出に、いたせりつくせりで感謝します、と七海は礼を言い、その前に少し寄りたい所があるので、と時間をもらう。


 あの時と同じように、少女はベンチに座っていた。床板が、かすかに音を鳴らす。
「こんにちは」
 あの時と違ったのは、向こうから声をかけてきたこと。伝えることはただ一つ。
「あの家、住み手ができた。もちろん、ピアノも残る。やけに気に入った女の子がいて」
「ななみちゃんね」
 いつもと同じ微笑を返す少女。当たり、と七海も笑い返す。彼女のたった一つの願いは、祖父からもらったもの。
 音もなく、電車が滑り込んできた。一両しかない車体は、駅を取り巻く霧よりも白い。
「依頼、受けてくれてありがとう」
「かわいい子の依頼は、無下に断らないことにしているから」
「素直に喜んでおくわ」
 自分でも、何様だという台詞に対する少女の答えは、大人の女性のそれに近いかもしれない。
「でも、何で俺を選んだの?」
 車ではなく、電車を使わせたのも、彼女の意図するところだったのだろうか。そうでなければ、自分がこの駅を知り、足を踏み入れる術はない。
「カッコよかったからじゃ、駄目かしら?」
「素直に喜んでおくよ」
 ドアが開く。少女は立ち上がり、電車に乗り込もうとして、振りかえる。
「乗らないの?」
 七海は肩をすくめる。
「俺が帰りたいところには行かないからね」
「そう」
 少し寂しそうな表情を見せた少女は、あ、と小さく声をあげ、笑顔を戻す。
「変装、お上手だったわ」
「見てたの?」
 頷く。その視線は、一瞬だけ、七海を通して遠くを見ていた。
「そりゃ、どうも。声も、聞いたことがあればオプションでつけれたんだけどな」
 事後承諾で申し訳ないけど、よろしくとお父さんに伝えておいてくれる?
 発射ベルが鳴る。少女は、身体を真っ直ぐ七海に向ける。
「さようなら、七海探偵さん」
 軽く帽子をあげる。
「さようなら、由香里お嬢さん」
 ドアが閉まる。電車はホームに入ってきた時と同じように音を立てずに出発する。やがて、白い車体は霧と一体化し、見えなくなっていった。


 ポケットに入れた手が、何かの感触を掴む。記念にと言われ、持ってきた切符。真っ白な紙地。他には何も書かれていない。それだけだった。それもそうだ。あの駅は、彼女のためだけに用意されていたのだから。


 一陣の風で消えた霧。見上げた空は青い。
「話したところで、信じてくれる人間はいないよなぁ」
 七海は、草地を踏みしめ、踵を返す。




040905
初『このサイトで初めて公開する話』です(笑)。
探Qキャラはは七海さんだけ、本郷さんなんて名前がちらっとしか出てきていないのに、オリキャラ高野刑事は再登場(笑)。 資料室とかコピーカードとかそんなものは実際どうなのか知りませんよ(笑)。「ほのぼのしたのが欲しい…」と思って、子供出したらよく分からなくなりました(爆)。でも七海さんは女の子に好かれそう。あの格好含めて(笑)。本人も割りと面倒見よさそうじゃないですか?



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