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THE STATION FOR ONLY YOUR DEVELOPMENT


 霧の中、微かに認識することができる緑の屋根。白い柱と床を持った木造の建物。今まで見てきたものとはイメージが違う『駅』。本当に駅なのか疑いたくもなるが、今しがた自分が電車から降りた場所なのだから、間違いはないのだろう。それにしても小さい。都心からそう離れてもいないのに。幅は、せいぜい2両分。第一、今時木造のホームなんて聞いたこともない。駅員もいない。まさか個人の駅、なんて話はあるまい。新しいとも思えないが、古さを寄せ付けない、妙な雰囲気が漂っている。
 ぐるりと一瞥すると、備え付けのベンチに座っている少女がいた。白いワンピースを着た少女は、まるで霧と一体となっているようで一瞬ギョッとしたが、考えてみれば自分も同じような格好をしている。七海は苦笑し、少女に向かって歩き始める。


 話はつい昨日のことだった。一人の女性がDDSにやってきた。実は、と言ってバッグから取り出したのは遺言状。日付は15年前。文面には『団守彦探偵事務所』とはっきり書かれていた。別に変装が必要なわけではない。他にも仕事を抱えている七海が担当しなければいけない理由はどこにもない。何故と言われても返答に詰まる。しいて言えば、好奇心だろうか。
「彼とは生前、付き合いがあってな。わざわざ遺言状で名指しするくらいなのだから、よほどの理由があるのかもしれない」
 志願した七海に向けた団の言葉を思い出す。女性はその男性の娘だった。しかし、彼女の話だけでは要領を得ず、遺言状を預かっていた弁護士も交えて今日に、という話になった。場所は、彼が息を引き取った家。今は誰も住んでいない屋敷。


「失礼、お嬢さん」
 人によっては軽いと思われる口調。警戒心を解くか招くか。
「なんでしょう?」
 少女が顔を向ける。警戒心とは縁がなさそうだった。透き通るような白い肌。緑の黒髪は腰まで届いていた。年のころは16、7。美少女といって問題ないだろう。
「石塚っていう人の家は、この近くにあるかな?」
 昨日の話では、駅から見える、とのことだったが、こうも霧が濃くなってくると、西も東も分からない。当然、家など見えるはずもない。
「その改札を出て、左にまっすぐ。3分ぐらい歩けば、着くわ」
「そう、ありがとう。ここ、駅員いないけど、切符はどうすればいい?」
 駅員どころか、彼女が言った『改札』も、それらしい形としてはなかった。もっとも、そんなことを聞く必要はまったくないのだが、何となく、会話を続けたかった。
「記念に、持っていって平気よ」
 そう言って少女は微笑んだ。


「お待ちしておりました」
 ほとんど感覚で歩いていくと、少女の言った通り、立派な門構えの家が現れた。出迎えたのは先日の女性。
「どうも――。皆さん、おそろいですか?」
「えぇ。こちらへ。なにぶん、15年間空家状態でしたので、掃除も行き届いておりませんが――」
 確かに、歩くと異様な軋みはするし、ほこりも舞うが、手入れさえすればさぞかし立派になるのだろう。廊下の所々に飾られた調度品を眺めながら、七海はついていく。
 案内されたのは、客間。ソファに座っていた人間が一斉に顔を向ける。
「DDCの七海光太郎さんがいらっしゃいました。紹介します。時計回りに、弁護士の坂井義樹さん、主人の峻堂智也、息子の誠。反対側が、私の弟の石塚武」
 女性――峻堂良子に名を呼ばれれば会釈はするものの、坂井以外は愛想笑いひとつもしない。遺産を記した遺言状がからむ事件というのは毎度こうだ。まぁ、何かしら問題があって自分みたいな探偵が呼ばれるのだから、和やかな状況というのを期待してはいないが。
「では、まず、坂井さんから遺言状の内容をお聞かせ願いますか?」
 七海に促され、坂井は封筒を取り出す。
「この遺言状は、石塚総一さんが亡くなられる3ヶ月前に、私と、彼の担当医であった佐野氏の立会いの元、作成されたものです」
 手紙を広げる。
「内容は『遺産のすべてを長男、石塚明に譲る。ただし、この遺言状が公開される前に明が他界していた場合は、その娘、由香里に譲る。万一、由香里も他界していた場合は、団守彦探偵事務所の人間に、同封の手紙を見せること。なお、すべての事が終わるまで、この屋敷は家具も含め、残しておくこと』」
 石塚明。由香里。今日の集まりにいない人物。
「明さんは、総一さんが亡くなった直後に、交通事故で亡くなられました。この遺言状が公開されたのは、これも総一さんからの希望だったのですが、総一さんが亡くなられて1ヶ月後のことです」
 つまり、石塚総一という人物は、万一のことを考え、何かあった場合はDDCの前身である団守彦探偵事務所に依頼するよう言い残したというわけだ。よほど、他の2人の子供に譲りたくなかったのだろうか。兄弟仲を悪くするには劇的効果だ。
「で――その由香里さんは?」
「由香里は、兄夫婦が亡くなって、すぐに他界しました。もともと心臓の弱い子で――」
 七海の問いに答えたのは良子。ということは、本来なら15年前にこの手紙は団の元に来ていたはずなのだ。
「同封の手紙というのが、これです」
 坂井が差し出した封筒。しっかりとロウで封印されているそれには、黒々とした字で『依頼状』と書かれていた。
「中を確認します」
 一応断ってから、七海は封を破る。中から出てきたのは1枚の紙。

『基準 ゲー・ベー
 8 ツェー ┐
 8 エー ┘
 この家にあります。よろしくお願いします』

「……」
 思わず言葉をなくす。話の流れからすると、長男夫婦とその娘が死んでいた場合、遺産をどうするか記した何かを、自分――団守彦探偵事務所の人間に探してくれということなのだろう。それは、この家にあると。しかし、何故暗号なのだろう。そんなにまでして、秘密にしなければいけないことでもあるのだろうか。
「とりあえず、この家に何かを隠してあるから、見つけてくれってことなんでしょう」
 全員に手紙を回し、全員が首を傾げたのを確認して言った七海に、武が遠慮がちに発言する。
「あの――今から探すのでしょうか。そろそろ日も暮れますし、この家は電気も水道も止まったままなんですが――」
 言われなくても分かっていますよ、と七海は心の中でひとりごちる。目の前に出されているのはペットボトルのお茶。霧で薄暗い室内を照らしているのは懐中電灯と蝋燭の灯り。むしろ降霊術でも始めたい勢いだ。
「今日は一通り家の中を見て回るだけにします」
 この暗号を解くのが先ですしね、と続ける。
「探すのは私達もいたほうがよろしいですか?」
「いえ、何かあったらこちらから連絡しますので」
 言葉とは裏腹に、こんな家には一時もいたくないといった表情の良子に、むしろいないほうがありがたいと思ったことはおくびにも出さず、七海は答える。


 2階建ての屋敷。1階には、キッチン、リビング、バス、トイレ、洗面所、客間、そして他に部屋が2つ。2階には部屋が6つにトイレ、物置。どこも共通しているのはホコリまみれということ――もしかして俺は、大掃除から始めなきゃいけないのだろうかと、七海は暗澹たる気持ちで見て回る。そうでもしないことには、この白いスーツの色が変わりかねない――もとい、出てくるものも出てこなくなるというものだ。とりあえず、数カ所見当をつけて、客間に戻り、明日から始めますのでと、解散することになった。霧も、だいぶ晴れてきていた。
「七海さん、よろしかったら我が家にいらっしゃいませんか?ここから車で数分ほどですし。何もありませんけど」
 そう声をかけてきたのは坂井。じゃぁ、お言葉に甘えて。彼の車に乗り込む。他の面々もそれぞれ車に乗って帰っていった。
「あれ?」
「どうなさいました?」
「いや――」
 坂井の問いにあいまいに答える。何で俺、電車で来たんだろう?


「おじちゃん、だぁれ?」
 坂井の家。彼の妻、澄江に迎えられ、居間に通された七海を待っていたのは、小さな子供だった。 「おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって言ってほしいな。俺は、七海光太郎」
 ソファの上に立った子供の顔と同じ高さまでしゃがむ。
「ななみ?ななみとおんなじだ」
「そう、お嬢ちゃんも七海っていうんだ」
「うん。ななみね、4さいなの」
 ねだるように手を伸ばした少女に、七海は自分がかぶっていた帽子を渡す。自分にはちょうどよいそれは、4歳の彼女には大きすぎて、顔が半分かくれる状態になった。
「まっくらー」
「こら、ななみ」
 帽子をかぶってはしゃぐ少女にかけられた言葉。思わず、自分も振り向く。あ、失礼、と坂井が笑う。
「人のもので遊んじゃ、駄目だろ?」
「あ、いや、いいですよ。でも今日だけだからな?」
 七海の台詞に、少女は歓声をあげて居間から出ていった。
「お孫さんですか?」
「えぇ。ひらがなで「ななみ」です。娘夫婦が仕事で留守にするというので、今日明日とうちで預かっているんです」
 ソファに腰掛け、澄江が運んできたお茶を一口飲んで、七海は『依頼状』に目を通す。カタカナと数字と記号。
「坂井さん。石塚総一さんという方は、どういう方だったんでしょう?」
「若いときは有能なビジネスマンでしたが、40歳になる前に突然会社を辞めて、からくり人形の職人になりましてね。その筋では結構名が知られていますよ」
 それはまたユニークな遍歴だ。からくり。この暗号は、それに絡むものだろうか。
「念のため聞いておきますけど、この手紙の内容はご存知ではありませんでしたか?」
「まさか。今日初めて見ましたよ」
「書いている所を見たことも?」
「ありません。遺言状の話が出たときは、普通に生活するのに支障はないぐらいでしたし。」
「それじゃぁ――」
 良子さんと武さん、明さんについて。その質問に、坂井は苦笑する。
「私が言うのも失礼な話ですが、良子さんと武さんは随分、真面目になりましたよ」
「…は?」
「今からは想像できないかもしれませんが、あの2人は若い頃、いろいろ無茶をしていましてね。良子さんは、賭け事にはまっていましたし、武さんは暴走族のリーダをやっていた関係で、やくざとの付き合いもあったらしいですよ」
 あの堅そうな良子と、気の弱そうな武の顔を思い浮かべる。確かに想像できない。
「総一さんが亡くなって、後を追うように明さんが亡くなって、ようやく2人もまともな道を歩み始めたというか――。良子さんはその3年前にお子さんが生まれてから賭け事には手を出さなくなっていたようですけどね」
「まぁ、人の過去ってのはいろいろでしょうけど。明さんは?」
「明さんは、総一さんと同じくビジネスマンで、至って普通の人生を送っていましたよ。娘の由香里さんも、生まれつき心臓が弱かったですけど、音楽の好きな子で、よく総一さんと一緒にクラシックのコンサートに行っていましたね」
 なるほどねぇ、と七海はつぶやく。グレているよりは真面目に生きている子供に遺産を残したい気持ちも、わからないでもない。
「他にもいろいろ、お聞きしたいことが――」
 七海の台詞に、坂井は、コーヒーをもって来させましょうか、と澄江を呼ぶ。



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