後は若い人達に任せて。本当に小説に出てくるような台詞を言うものだ、と思いながらも部屋を去っていく人達を見送る。相手が何かを言いかけたのを止め、周囲から完全に人の気配が消えたのを確認して、本郷は改めて切り出す。
「話は伺っております」
七海から電話が来たのは5日前。仕事上の貸し借りはよくあること、しかし今回の話は妙だった。
「お前の家族、ものわかりよすぎるから、先手を打っておいてくれ」
この一言で、本郷は実家に電話をして、高尾家からの見合い話を承諾してくれとの旨を伝え、いつも本人に伝える事無く断っていた家族からさんざん嫌味を言われた次第だ。
「どうせ仕事でしょう。相手に迷惑かからないようになさい」
そう連絡が来たのが翌日。七海を捕まえて話を聞いていた最中のことだった。
「この二月ほど前から、母が盛んに見合いの話を持ってきて…私はまだそんな事を考えていませんし、ずっと断っていたんです。それで、前回、相手が私の幼馴染だったので、2人で芝居を打とうということで、DDCの七海さんにお願いしました」
そこで起こったことまでは聞いている。何でも母親は、あるものを見て悲鳴を上げ、気を失ったと言うのだ。
「これが、その――写真なんですけれど」
幼少の頃の和恵が両親と共に写っている。
「部屋の鴨居にピンで留めてあったんです」
どこかへ出かけた際のものだろう。背景から特定できるものはない。母は卒倒した理由を決して言おうとせず、それどころか翌日には本郷の家に電話をかけた。ここまで熱心に娘の結婚を推し進めようとしているのを、疑問に持つものも多い。
「先日、DDCに依頼した際に」
言いかけたところで、襖が開く。立っていたのは使用人の轟。見合い騒動の相手がDDCであることは誰も知らない。和恵は慌てて、彼の行動をたしなめようとしたが、一方の本郷は写真に目を留めたままである。
「ふぅん。傷を消して着物着てると、良家の坊ちゃんに見えなくもないな」
見慣れた男の口から聞きなれない声。和恵は目を丸くし、やっと本郷は顔を向けた。
「入り込んだ以上、それらしくしていろ。例え、周りに人がいなくてもだ」
「はいはい――いえ、申し訳ありませんでした」
「あの、えぇと」
唖然と指差した和恵に、轟は本郷の忠告を無視して、片目をつぶる。
「先日はどうも。七海です」
悪趣味と言われかねないが、正体を明かしたときの相手の反応は面白い。それは、七海が常日頃口にしていることだった。
「なかなか、貴女と接触を持つのは難しいので、少し同僚に頼みました」
再び、和恵は驚きの声をあげた。高尾家に本郷が探偵だとは知らせていない。こういう時に用意してある職業はいくつかある。彼女に知らせたのもそのひとつだ。傷も消してある。今回の本郷の役目は、人目をはばからずに彼女と会う口実を作ること。
「今後は、七海が私として行動します。ご協力願いますか」
「えぇ…?」
和恵の疑問への回答は後日にまわすことにして、七海は時計を見て縁側へ出る。母屋にいる轟に延々と化けてはいられない。
「では、私は一足先に。説明はよろしく、本郷君」
本郷が出てきたのはそれから1時間後。2枚の写真を渡される。そのうち1枚は。
「うん、確かにこの写真だったな。鴨居に貼り付けてあったのは」
「彼女のアルバムにはないらしい。当然、記憶にもない」
ちらりと動いた本郷の視線に、七海は気がついた。彼なりの目星があるらしい。
「オレは、人の意見は素直に受け取るぜ?」
嘘をつけ。間髪いれずに否定されたが、聞くのはタダだし、と促す。
「――この写真の人物、彼女ではないな。一緒に写っている男女は、彼女の両親に間違いないが。念のため、彼女が記憶にある写真も借りてきた」
へぇ。小さく呟いて、七海は写真を凝視する。その確認はこちらでやること。意見の一つとして記憶しておけばいい。
「つまり、依頼人が知らない双子か姉妹が絡む、面倒なお家騒動ね。跡取り問題か」
白い帽子と白いスーツ。その隣には羽織袴。妙な組み合わせの男2人は、緩やかな坂道を下っていく。周囲には猫一匹もいない。
「面倒だね、家が大層なもんだと。お前のとこってどうなの?」
「縁のない話だ」
「あ?そうなの?」
記憶にある家を思い浮かべ、七海はさも意外そうに言う。そういえば、道場があるから広く見えるだけだと言っていた。実際は、どうなのか分からないが。
「守るべき事を守りさえすれば、うちは放任主義だったからな」
「へぇ、いいねぇ。ウチは煩かったからな」
本郷も記憶を呼び起こす。出会った頃の七海は家を――両親をあまり好いていない様だった。もっとも、それも反抗期の当然の態度ではあるが、彼の口から聞いたことがある。人の言動に干渉しすぎると。
「ならば、今回の依頼人とは気が合いそうだな」
「かもね。逆玉狙ってみようかな」
特に気が立っているわけでもなく、周囲がのんびりとしている麗らかな午後。普段、それこそ一部の人間から見れば犬猿の仲といわれる2人も、たまにはこういう話もしながら共に歩みを進めることがある。
「ところでさ、彼女と会う場合――着物なの?」
「街中で会う分には普段着でいい」
「ふーん。じゃぁ、これからお前ん家行って、いくつか貸してくれよな」
これで断ったら、どんな服装をしだすかわからない。本郷は、頷きもせず、ただ歩くだけだった。
07/09/17
意味なく続けてみました。さすがにこれ以上はムリかな…。