FITTED CLOTHES
わざわざピッキングツールを使って人の家に入り込む。その行為を咎めることは、口には出すものの、ほぼ諦めた。表向きの理由が嫌がらせだろうが暇つぶしだろうが、裏に何かしら事情がある。とはいえ、今の七海はまるっきり居座り強盗だ。
「どれが似合うと思う?」
「貸すと言った覚えはないが」
「いいじゃねぇかよ、こんな1回しか着ないものをわざわざ買うつもりないし」
「レンタルがあるだろう」
「んな安っぽいこと、できるか」
今の状況と何が違うのか問うのも馬鹿らしく、本郷は無造作に広げられた着物を手に取る。帰宅した時には既にくつろいでいた人物の、ちょっと見させてもらうよ、という軽い声の結果がこれだ。
「仕事か」
「そう」
「"お前"が着るのではないだろう」
着物は多少融通が利くとはいえ、本郷の体格に合わせて作ったものが、先までの仕事でいつも以上に痩せた七海に着こなせるかというと難しい。
「そう。いや、別に"オレ"でも良いんだけど、苦手なんだよな、着物が」
オレの先祖は文明開化の時に真っ先に洋装にしたに違いないね。なおも部屋にあった――何故あることを知っていたのかというのは愚問だ――3着を順に身体にあてて、七海は首をかしげる。つまり、着るのは七海が変装した何某という人物だ。この男の特技の一つに、七海光太郎自身は苦手としても、変装した人物が得意であるのなら、なりきっている間はそれを苦とも思わない、という便利なのか不便なのか言いがたいものがある。
「これ、似合う?」
「何をしに行く」
「茶会。何かそこで一悶着あるとかで」
「お前が今持っているのは普段着だ」
「あーそー…え?」
候補から外れたと知るや否や、本郷に投げ渡したそれを、七海はしばらく間をおいて見返した。
「普段着?オマエ、普段、和服着たりすんの?」
しかし、着物をたたみながら本郷が返したのは、答えではなかった。
「実家に、まだ仕立て直していない、昔着ていたものがいくつかある。それなら、"お前"に丁度いいものもあるだろう」
「いいって、ここにあるやつで。"オレ"が着ることなんて、そうないんだし」
「お前はもう少し慣れた方がいい」
七海が着たことのあるものといえば、黒紋付か浴衣だけだ。方や、本郷の家は当時でも珍しく着物率が高かった。
「だってさー…いや、何でもない」
本郷の脳裏に、今朝、科学班研究室から聞こえてきた声が繰り返される――呉服屋行ったら、成人式ですかって訊かれたんだぜ?――余程憤慨していたのか、廊下まで筒抜けだった。これこそが、わざわざ本郷の家に押しかけて来た理由だろう。おそらく、その時は地で行くつもりだったに違いない。どうでもいいところで出端を挫かれると、後々まで引きずるのが七海の悪い癖だ。着物もスーツと同じく、慣れていなければ、そうと分かる。
「何度も来られては敵わん。一揃えやる」
「いいってば!お前の匂いが染み付いたもんなんか、いらねーよ!」
くん、と犬のように近づけて匂いを嗅いでみても、ほのかな檜の香りがする程度だった。それもそうか。
「どうしたの?」
「ん?いや、別に」
日当たりのいい縁側。隣に座った片桐が覗き込む。慣れない着物、日本庭園を眺める気持ちもいつもと違う。これが風流ってもんかな、と、ひとりごちた。残念なのは、後ろの母屋の喧騒だ。
「しかし、和恵さんもDDCに頼んでいたとは思いませんでした」
片桐の向こう隣に座った青年が笑いかける。見合いを破談させるために婚約者になってくれないか。七海が請けた依頼はそのようなものだった。ところが、いざ出向いてみれば、相手も同じく『婚約者』を連れており、しかもそれがDDCの同僚である片桐だったというわけだ。両者合意の計画だったらしい。お家騒動も絡んだこの依頼、どうやら別の方向へ発展しそうな気配を見せており、しばらく芝居を続けてくれないかと話していたところ、七海の依頼者である和恵が母親に呼ばれて部屋に入り、今に至る。言い争う声は、家中に響いていた。
「オレ、馬の骨とか言われてるんだけど」
「すみません。色々と複雑で、自分達だけでは言い負かす自信がなかったもので」
そう言って頭を軽く掻いた男性は、夢があり、アメリカへ渡る計画を立てているのだという。
「それにしても」
片桐も振り返る。母親は、『どこの馬の骨とも知れない』七海を断固として認めず、次の相手との見合いをするよう命じていた。縁側に座っている男性2人は立場なしである。苦笑したところへ、思いもかけない名前が聞こえてきた。
「轟!本郷さんのお宅へ電話します!電話を持ってきなさい!」
七海と片桐は思わず顔を見合す。轟というのは使用人の名だ。
「…まぁ、そう変わった名前じゃないしな」
アイツの実家はこういうのに縁ありそうだけど。ここと同じくだだっ広い家と庭を思い出し、七海は首を横に振る。
「多分、あの人の言っている本郷さんというのは、○○市にある道場の息子さんの事だと思いますよ。昔から、付き合いがあるんです」
ぎぃ。首の動きが止まる。まさに本郷の実家だ。
「僕もあそこの道場にはお世話になりました。息子さん、巽さんという方がいらっしゃるんですけど、これが強くて…」
そういえば、お母様はお茶の先生をやってらっしゃってたわ、と片桐の呟きが聞こえた。
「この家の事情を考えると心苦しいですけれど、本郷さんの方も難しいと思いますね」
難しいも何も。そこの息子はつい先日、捜査中に新しい傷を作ってきたばかりだ。見合い話など、それこそ話にもならない。
しかし、探偵が請け負う依頼としては、申し分ない要素を持っている。恋人役の依頼を請けたのも、それが理由だ。
片桐に視線をやると、同じ思いなのか、こちらから直接耳に入れたほうがいいかもしれないわね、と小さく頷いた。それきり、その話は仕舞いにする。
「大変だな、家元ってのも」
空を見上げる。台詞と裏腹に、ともすれば、顔が緩む。アイツがお茶か。家にいた頃は、自主的にか強制的にかは知らないが、やっていたに違いない。羽織袴一式、いくらか持っているわけだ。
「なるほどねぇ」
着物ってのは本郷の基底にあるもので、あの、本人を特定するものが何もない殺風景な部屋にある、唯一の形見ということか。結構、可愛げあるじゃん。
「どうしたの?」
「いや、いい天気だからさ」
母屋から悲鳴が響き渡るまで、七海はずっと空を見上げていた。
07/08/29
事件の始まり始まり〜(ぉぃ)
本郷先生は絶対に着物が似合いますよね!という事がいいたかっただけの話(ぉぃ)
普段から着慣れているといいな〜というと実家が結構凄いところじゃないといけないかな〜と、よく分からない偏見でもってこんなのになりました。この後は、見合いという事で捜査に乗り出した本郷先生と使用人の轟に化けた七海さんで何かとやってくれるでしょう。
…そして七海さんの着物姿が想像できない私。黒紋付、浴衣は何となく出来ますが、普通の着物となると…何故か落語家になってしまう…(逃)