WHICH SIDE ARE YOU ON ?
運がいいのだろうか。銃を持つ手に力をこめる。そう、上手くいっている。3人で銀行を襲撃し、シャッターを閉めさせ、もちろん警報装置も鳴らさせず、まるで映画のように、自分達でも驚くほど順調に事が進んでいた。運も実力のうちと言うではないか――。
ロビーに集めた行員と客の中から、金庫に案内させる人間と、金を運ばせる人間を選ぶまでは。
「よし、お前だ」
初老の行員は、促されておずおずと立ち上がった。
「次に、金を運ぶ手伝いをしてもらうのに――」
全員が視線を地面へ向ける。多分、同じ立場だったら自分もそうするだろう。
「立候補ってありですか?」
場にそぐわない明るい声に、言葉の意味を理解するまで時間を要した。見渡せば、学生服を着た少年が、声と同じく異様なまでにイキイキとした表情で片手を真っ直ぐ挙げていた。それだけでも普通ではないのに、もう片方の手は、隣にいる人物の腕を持ち上げていた。別の学校だろうが、同じく学生服を着た少年。こっちは迷惑そのもの、といった目つきで、自分の手を支えている相手を睨みつけていた。仲間の倉持と田宮も、拍子抜けといった感じで2人を見ている。
予定では金を運ばせる人間も1人だった。金庫に一緒に行くのは自分の役目で、残りの2人は人数の多い人質の見張り。1人が2人になって起こりうる障害は。抵抗される確率が高くなる。だが、圧倒的に人質を取っているこちらのほうが有利だ。
「わかった。来い」
許可を出すと、立候補を示した少年がまず立ち上がった。軽い癖毛に人懐こい笑顔を従えて、四肢の動きを確認するように動かす。巻き込まれた方は思ったより背が高く、体力もありそうだった。だが何ら抵抗するそぶりも見せず、仕方がないといった趣で前に進む。
「銀行の金庫ってどんな感じなのかなぁ」
状況を把握していないわけでもないだろうに、癖毛の少年は、まるで遊園地に行くような足取りで前を歩いていた。銃が偽物でないことはロビーで撃ったから知っているはずだ。背の高い少年は無言で、落ち着いた歩き方。いつの間にか上着を脱いでいた。立ち上がったときには既に着ていなかったような気がするが、何か意味でもあるのだろうか。傍から見ると人質は、怯えて先頭を行く行員だけのようだ。何となく、気に入らない。
「着きました。この向こうに、金庫があります」
延々と歩き、階段を2回ほど下りて行員は立ち止まった。扉の隣に、電卓のようなものが取り付けられている。思ったとおり、暗証番号で開くタイプ。
「あの、私は番号を知らないのですが…4桁としか」
「構わない」
先日、この銃を頂いた家には爆弾らしいものまであった。とんでもない家に盗みに入ったと思ったが、銀行強盗を思いついたのもその時だった。これだったら金庫の扉も破れるかもしれない。銃を3人に向けたまま、背負っていたバックから後ろ手でそれを取り出すと、癖毛の少年が、目を丸くした。
「え?爆破するの?金庫の中のお金に火が移ったら、どうすんの?」
彼の言葉に、今度は自分が目を丸くした。といっても濃いサングラスで相手には見えないだろうが。これがどのような爆弾であるかは知らないが、なるほど発火性のものならそういう危険性もあるのか。
「ここの暗証番号を知ってる人間は?」
行員に尋ねると、自分ひとりに銃を向けられたためか、上手く喋れないようだった。軽く舌うちすると、それまで黙っていた背の高い少年が、別に他の人間を呼ぶ必要はない、と言った。
「汚れが数字キーに微かに着いている。数もちょうど4つだ。うち1つは他のものより汚れているから、多分、これが最初の1つの数字だろう。それならば6通りの入力で開く。さらに辛うじて認識できるほどだが、この一番汚れていないのが最後の数字、となると、2通りの入力で済むはずだ」
はぁ。何を言ったのか良く分からなかったが、兎も角、開くのなら問題はない。少年は行員に向かって、ここを開ける時は手袋をするなりした方がいい、と忠告までしていた。確かに高校生ぐらいの輩に見破られるくらいなのだ。それを奪おうとしている自分に心配されるのもどうかと思う。
少年はズボンのポケットから白い手袋を取り出し手にはめた。普通の学生がもっているような、毛糸や革の手袋ではない。それは何だ、と聞く前に、ためらいもなく数字キーを押す。少し間があって、ピッと音がなり、ドアがカチャリと開く音がした。癖毛の少年が――いつのまにかこちらも同じような手袋をしていた――ドアを開ける。あれぇ、と声を上げて、身体を後ろへ引いた。予想に反して、中は小さな部屋だった。だが、その壁の1つは、明らかに部屋に不釣合いな金属製。丸い扉がついている。
「これが金庫の扉か。ふぅん」
感心したように、これじゃぁ爆弾でもきっと無理だね、と顔を向けた。癇に障ったが、確かにその通りだろう。鍵は、という問いに、行員はこの部屋にスペアキーが保管してあるのですが、と指を指した。部屋の一部として作りつけられている小さな金庫があった。鍵は暗証番号でもなく普通の鍵穴のようだった。
「これの鍵は」
だんだんと苛々が募ってくる。行員はますます怯える。今度は癖毛の少年が状況を打破した。
「あー、これなら大丈夫だ」
そう言って、学生服の胸ポケットから何かを取り出した。一見すると針金だが、まさか。
「ちょっと待ってて」
針金を鍵穴に差し込んで束の間、笑みが一層深くなり、金庫の扉が開いた。
「…お前ら、何者だ」
質問には答えず、背の高い少年が時計を見る。15分か、という呟きが聞いて取れた。
「銀行強盗は、素早くが鉄則なんだけどなぁ」
癖毛の少年が飄々と言い放つ。先ほどの問いを繰り返す。少年は鍵をお手玉のように投げながら、プロかな、と疑問系で答えた。
「プロ?」
「そのプロから聞きたいんだけど、あんたら、逃走ルートはちゃんと考えてんの?」
年下の奴に『あんた』よばわりされたことよりも、『プロ』という言葉が頭から離れず、生返事しか返せなかった。そもそもこんな時間のこんな場所に高校生がいる、というのはおかしい。最初は、最近の高校生も金持ちになったもんだと思ったぐらいだった。だが、彼らはどう見ても10代にしかみえない。刑事?同業者?
「金を手に入れたら、東に逃げたほうがいいぜ?東京に」
「…なぜ」
「この業界では有名だよ。警視庁と県警と仲悪いって」
この業界。口の中で反芻する。自分が彼らぐらいの時は、せいぜい喫煙、飲酒、無免、行っても万引き。それが、銃を向けられても、一抹の不安も見せず反対に意見してくるとは。
「ここに乗り付けたのは、盗難車か?」
今度は、背の高い少年が口を開く。頷く。途中で別の車は手配してあるか。首を振る。癖毛の少年が、うそぉとため息をつく。
「おいおい。銀行強盗なめんなよ?」
どっちが銀行強盗だ、と一発ぶっぱなしてやろうかと思ったが、ライフル銃の威力はさっきロビーで天井に向けて撃った時に思い知った。こんな狭い部屋では破片や跳ね返った弾がどこへいくかわからない。最終手段以外に傷害、殺人はするな、というのが今回の合言葉だ。
「…だったら、どう逃げるのが一番なんだ」
良くぞ聞いてくれました。手に持っていた鍵を相棒(と思われる)に投げ、癖毛の少年は、特別講義を開きます、と仁王立ちになった。
「メモの用意は?」
「ちょっと待て」
呆然と成り行きを見守っていた行員からメモ用紙とボールペンを手に入れて、少年達の言葉を記入していく。東京に入って、服の量販店に入り、服と鞄を変える。ただし、3人一緒には駄目。それぞれが別々の店で買うこと。着ていた服は捨てるのが無難だ。その時間なら、Nあたりでゴミの回収を行なっているはずだし――。散髪にも行ったほうがいい。その後、また服を変える。今度はスーツにアタッシュケース。これも3人別々。それも含めて量販店で買う服にも注意すること。当然だが、車は途中で乗り捨てる。奪った金を使うなら、せめて折り目はつけておく――。
よくもまぁここまでポンポン計画が立てられるものだ。もしかしたら、彼らもこの手を使って銀行を襲撃しようとしていたのかもしれない。そういえば、西の方で銀行強盗が多発していると言っていた。もしかしたら彼らの仕業か。
「最大の難関は、ここを出る時なんだけどね」
一通り話し終わって、少年は言葉を切った。
「警察か」
「既に包囲されている可能性が高い。襲撃の際、2階や地下にいた者が通報したかもしれないし、シャッターが閉められる前に逃げ出した者もいるかもしれない」
電話線は切っていないだろうし。最後の呟きに、絶句した。そう簡単に切れるものなのか。そもそも、そこまで計画を立てなければ、銀行強盗というものは成功しないのか。
「…何か手はあるのか」
すっかり仲間扱いをしているが、どうせ同じ目的ならば、持っていけない金はこいつらにくれてやってもいいだろう。
「――ないこともない。でもあまり時間をかけすぎるのもどうかと思うから、金を詰めながらでも」
金を詰めるバックは?と聞かれ、取り出す。そこで初めて、床に銃を置きっぱなしにしていたことに気がついた。正面には癖毛の少年しかいない。
後ろ首に衝撃。刹那、視界が暗転する。
津田が消えてから10分。静かなものだった。人が少ないというのもある。ロビーに設置してある椅子に座りきれないのは、数名の男性行員だけだった。早々に人質を怯えさせると、泣いたり叫んだり煩いから、と特に威圧的な態度は示していない。銃を向けているだけだ。それが功を奏しているのだろうか。ほとんどの人間はうつむいたまま。1人を除いて。
肩のラインにあわせて切りそろえられた髪の毛。清楚な服装と眼鏡が知的な印象を与える。だが、まだ中学か高校か、そのくらいの年恰好だ。そろえたひざの上には、隣に座っていた少年の学ランがきちんと折りたたまれている。
少女は顔を真っ直ぐ、津田と3人の人質が消えた扉へ向けていた。そして時折、手元へ視線を移す。身を案じているのだろうか。
「すみませーん」
その扉の向こうから声がした。運搬役に立候補した少年の声だ。
「両手がふさがってるんで、開けてくれませんかー?」
人質の監視を田宮に任せて、慎重に扉へ近づく。ドアノブを回して、押す。隙間から、両手にバックを抱えた少年の姿が見て取れた。1人だ。
「胸ポケットに」
少年が顎で自分の学生服を示す。紙切れが覗いていた。メモの切れ端か何かだろう。広げてみると、津田の文字でなにやら細かく書かれている。逃走計画のようだ。
「他の奴らは」
「金詰めてます」
つか重いんですけど。ぎっしりと中身の詰まったバックを渡そうとするが、こちらも銃を持っているので受け取れない。そのための『要員』なのだ。
ロビーへ入って、少年はカウンタにバックを置いて息を吐いた。田宮にメモを見せる。いつこんな計画を立てたんだ?という表情をしていたが、見慣れた津田の文字だ。まずは外の様子を伺う。通用口は、という問いに、行員が順路を説明する。何だ、さっき来た道戻るの?ぼやく少年を促し、廊下へ出る。
しばらく歩いたところで、曲がり角からやってきたもう1人の少年と鉢合わせた。手には予備として持ってきた茶色いバック。詰められたお札で形がいびつになっている。津田はいない。まだ金を詰めているという。どうやら、この逃走計画が出来上がって余裕が出来たらしい。
「何でひ弱なオレのほうが重いもん持ってるんだよ」
癖毛の少年のバックを見る。無意識に比較しようと、茶色いバックを――。
それは眼前にあった。反射的に目をつぶる。引き金にかけた指に力を入れようとしたが、それよりも早く鳩尾を襲った痛みに銃が離れた。
「うぁ。ひでーの、お前。手加減って言葉、知らないの?」
台詞とは裏腹に、楽しそうな声が耳に残った。
津田のメモを読み返す。まずロープの端を、固定された椅子の足に括りつける。そのロープで順次、人質の手首を縛っていく。一本のロープに、22人の手が結ばれている状態だ。人質を傷つける傷つけないで、随分罪の度合いが変わる――。そんな話を聞いた。だからこそ、扱いは慎重に、いたずらに発砲しない、それを念頭においての行動だ。必要なのは金だけなのだ。反抗しなければ傷つけはしない。そう言ったのが良かったのか、人質は順応だった。順に隣の人の手首を固定していく。それを繰り返す。最後の1人にロープが渡った。これは俺がやらねばならない。
「あの――お手洗いに行きたいんですけど」
全員の視線が集まる。少女は自由な両手を膝の上で重ねたままだった。どうする。悩んだのは一瞬だった。他の人間は動けない。もうそろそろずらかる時間だ。女子供には優しく――。俺って紳士的。頷くと、少女は、ありがとうございますと微笑んだ――銃を向けられているという自覚はないのだろうか。立ち上がり、何かに気がついたように前に座っていた行員に尋ねる。
「あの――先ほど行った時には、故障中とドアに張り紙がしてあったのですが」
訊かれた女子行員は怪訝な顔をした。隣の副支店長というプレートをつけた男が、口を挟む。
「申し訳ありません。廊下に出ていただくと、従業員用のものがありますので――」
伺うような少女に、許可の意味で顎をしゃくる。彼女は学生服を手に持ったまま、扉へ向かう。他の人質に、静かにしていろ、とだけ忠告して後に続く。廊下に出て右へ曲がる。途端に後ろから羽交い絞めにされた。
「なっ」
その声に前を歩いていた少女が振りむき、外見とは似合わぬ俊敏さで、銃を奪い取った。いくら腕を押さえられ力が入っていなかったとはいえ、あまりにもあっけなく。
「ほい、最後の1人」
何回か聞いた声が後ろからかかる。それを合図に、どやどやと足音が続く。
「大人しくしろ!」
背広を着た男が前に回る。大人しくって、動けていないだろ、俺。手錠が掛けられた。枷が外れる。後ろを向けば、大量の刑事と、津田と一緒にいた2人の少年がいた。自分を押さえつけていたのは、背が高い奴らしい。
「ご協力、感謝します」
刑事が、少年達に向かって礼を述べる。何が起こったのか、誰かに説明して欲しいところだった。
「お帰りなさい――楽しいことでもあったんですか、団先生」
連城はそういってお茶を注ぐ。
「いや、それがだな――。今まで県警にいたのだよ。どうやら2時間ほど前に銀行強盗が発生したらしくてね」
上着を脱いで、連城に渡された湯飲みを手に、団は思い出したように笑った。
「警察が現場に到着した時には既に2人の犯人が拘束されていて、被害は銀行の天井だけ、という、まぁ何事もなく済んだといえば済んだのだが。犯人達が言うには、最近関西で多発している銀行強盗がいた、という。それが、高校生らしき2人の少年と1人の少女、というからね。刑事も一笑に付していたな」
その組み合わせは。連城も思わず声を上げて笑う。
「あぁ、そういえば。今日は試験最終日で半日だしDDSも休みだし、1人はもう試験休みとかで、中華街に行こうとか話していましたよ」
犯人達は、サラ金から借金をして首が回らなくなり、銀行を襲ったと供述した。前日に、留守宅に忍び込んだ際に金と一緒に、ライフルと爆弾を持ち出して――本人達は知らなかったようだが、そこはヤクザの事務所だった。警察としては一石二鳥である。
「逃走計画を書いたメモがあったんだがね、これもその少年達が考えたんだ、と言い張る。それが本当なら、注意の一つでもしなければいけないと、担当刑事は言っていたが」
DDSとは名乗っていないのだろう。東京の一部では認められつつあるDDSだが、少し外に出れば疎ましく思われることの方が多い。特に、『仲が悪い』と公認の県警相手では、警視庁にまで文句が行きかねない。必要がないならば、と『通りすがりの協力者』を演じたのかもしれないが――。
「証拠はないんですか?」
「ない。そのメモも犯人自身が書いたものだった。曰く、いつのまにやら刑事がするような手袋を身につけていたのは、指紋を残したくないからだろうし、この近辺じゃ見たことのない学生服だったと」
「そりゃ、あの辺りの学校ではありませんからね。でも男子学生の制服なんてだいたい似たようなものじゃないですか。違いは校章……あ、1人はいつもつけていませんか。でも、もう1人はつけているし、学ランのボタンを見れば、何かしらモチーフが入っているでしょう?」
「それが、最初は着ていたのだが、金を運ばせるために連れて行った時にはもう脱いでいたらしい。一緒にいたはずの行員は緊張のあまり、ほとんど会話は覚えていないそうだ」
「じゃぁ、どこの誰かは分かりませんね」
笑いたいのを堪えて、白々しく結論を述べる。
「ところが」
お茶をすする。可笑しくてしかたがない、といった感じだ。
「防犯カメラにははっきりと映っているし、調書にも氏名、住所をきちんと答えているし、身元は分かりすぎているだがね」
関西の事件についてはアリバイがあるものの、さてどうしたものか。団はお茶を飲み干して、右腕に問いかけた。
「自白するのを待ちますか?明日会ったら、嬉々として白状してくると思いますけどね」
05/09/20
「A GENUINE ARTICLE OR AN IMITATION」1期生バージョンとでも申しましょうか。
銀行の金庫にしては随分お粗末な施錠ですが、そこはそれ。彼らは関西の銀行強盗について、遭遇したら、とか自分が犯人だったら、という話をしていたと思います。
今でこそ「危険だから」と「軽々しくDDSと名乗るな」ですが、1期生の頃は「状況に応じて」「むしろ名乗らない方がスムーズにいく」という事も多々あったかと…。苦労人だ、皆