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HAPPY VALENTINE’S DAY


 その日、教室に入るなり数馬はニヤリと笑った。
「…何だよ」
「その顔じゃぁ、貰えなかったんでしょ」
 何を、とは言っていないが、言わなくとも分かる。ポーカーフェイスを決めようとしたキンタは見事に失敗した。
「何を?」
 無遠慮に尋ねたのはリュウだった。なんでこいつは推理となると鋭いのに、こういうところでは察しが悪いのか。だが、キンタがごまかそうとする前に、数馬が答えた。
「チョコだよ、チョコ。今日はバレンタイン」
「あぁ、その話だったのか」
「リュウ君、さっき来る途中で女の子に何か渡されていたじゃん。渡されたというか押しつけられたとか。あれ、チョコじゃないの?」
「いや――実はまだ見ていないんだ」
 困ったようにリュウは鞄を開ける。そこには綺麗にラッピングされた箱が2つ。
「知らない子だったから」
「あぁ、そっか。それも困るよね。キンタみたいに貰えないのも悲しいけどね」
 関心がないふりをしてチラチラとその箱を見ていたキンタは、その言葉で椅子から落ちかけた。
「オメーはどうなんだよ!」
「僕はもらったよ。クラスの子とか」
「ケッ。これだからガキはよー」
「貰えないキンタよりいいじゃん」
「さっきから貰えない貰えないうっさいんだよ!きっとメグちゃんはくれるはず!」
「さびしー」
 突如、後ろからかけられた声に、キンタはガッツポーズのまま固まる。
「な、七海先生?!」
「いつからそこに?」
 数馬とリュウも驚きの表情を隠せない。授業が始まるにはまだ早く、単に通りかかった風だった。
「実はまだ見ていないんだ、から。モテルね、天草は」
 言い方か台詞かその両方か、リュウは少しムッとしたが、またも数馬が先を越した。
「DDCの探偵って、依頼者とかから貰ったりするんですか?」
「お、いい質問だな」
 椅子を引いてどかっと座り、足を組む。
「断わってはいるんだけど、やっぱり持ってきたり送ってきたりする人はいるんだよな。その場合、一応受け取るは受け取るけど」
「けど?」
「ものによっては返す。他にも破棄したり、警察に届けたりしたりで、オレたちの手にはあまり来ないね」
「…は?」
 目が点になった数馬とキンタを余所に、リュウは考え込む。
「破棄するというのは、差出人が不明などで、送られてきた物の品質に安全や保証が持てない、といったものですか?」
「その通り。はい、では警察は?遠山」
「え?えーと、DDCが警察に届けるってこと、あんですか?」
「あるに決まってるだろ。犯罪なら」
 そのヒントに数馬が勢いよく立ちあがった。
「あ!はいはい!危険物とかですよね!?」
「せーいかーい」
「何でバレンタインに危険物…?」
「偽装って事でしょ?キンタ、初歩的なことじゃん」
「そういうこと。あやしげな薬品から爆弾まで、よりどりみどり。まぁカミソリ入りチョコレートなんかは単に破棄だけどな。山ほど来る脅迫状もしかり」
 事無げな七海の言葉に、3人は、やはり名を上げれば恨みも買うんだ、と改めて思い、ごくりと唾を飲み込んだ。
「返す、というのはどういうものですか?」
「今までであったのは、現金、宝石や高価なもの。他にも財産を譲るといった遺言状。それはもう丁寧な辞退の手紙を添えてね。個人的にすごいと思ったのは婚姻届だけど」
「婚姻届?!」
 三人の声がハモる。
「そう、片方に差出人の名前が書いてあってさ。あれはビビったね」
「なんすか、それ…」
「それだけ、いろいろ仕事で関わってるってことだよ。いやぁ、本当、アイツは女運がない。男運もないか」
 アイツ。七海がそう形容する対象は少ない。確認したいがそれも恐ろしく、何よりキンタは七海が部屋に入って来てから気になることがあった。
「ところで先生、何かチョコレートの匂いすんですけど」
「お?そうか?さすがだなぁ、遠山。お、いけね。もうこんな時間」
 回答には遠く及ばないその返事だけで、七海は教室を出て行った。


「…紫乃」
「何?」
 お中元やお歳暮といった以外にも、クリスマスと並んで、この時期、DDCには届けものが多い。何度断わっても送ってくる人物もいる。直接やってくるのならまだしも、郵送で届いたものであるなら、基本は不審物として扱う。前例がいくつかあったからだ。世知辛い世の中だよねぇ、とぼやいた鬼首を筆頭とした科学班研究室は本来業務外の仕事で大わらわだった。そんな中。
「止める、という発想はなかったのか」
「あら。私がその場にいた根拠はないでしょう?」
 白々しく言ったが、無駄なこと。本郷の机をすべて覆うほどの大きなハート型の箱。外部から入ってきたものはまずここにはこない。となれば内部犯。そしてこんなことをしでかすのは、誕生日の成功――あくまで仕掛けた側にとって――で気を良くした七海だ。笑って、片桐は弁明するかのように言った。
「置いているところは見かけたけど、中身は知らないわ。開けたの?」
「開ける気にもならん」
「私は気になるけれど」
「開けたければ開けていい」
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
 赤いハートの蓋をあけると、そこにはぴったりとした大きさの――むしろ箱をそのまま型にしたのだろう――チョコレートの塊。そしてその上に、これまた大きく堂々と「義理」とホワイトチョコで書かれていた。
 ――本命と書かれていた方が困るわよね。
 ふとそんな事が頭をよぎった。それを払うかのように軽く首を振って、見もせずに部屋を出て行こうとした本郷に声をかける。
「ねぇ、本郷君、これは大変よ」
「何が」
「だって、ホワイトデーのお返しは3倍って言うじゃない」




09/02/14
キンタの通っている学校は男子校なのか共学なのか気になります。本郷先生には熱烈なファン(敵)からとんでもないものが来たりするんじゃないかなぁとも思います。こういうイベントを平和に過ごせそうなのは七海さんかな。



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