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I DON’T SHOW TEARS TO YOU


 握った手に力を入れる。唇をかみしめる。

 あれほど世に知れ渡った人だ。告別式に訪れる人間を拒むことは出来まい。だからこそ、通夜は親族だけで行ないたい。それはDDC側からも了解を得た。だが、母と伯父は、あの3人は呼ぼう、と言った。
 自分と向かい合うように座っている3人。喪服を着ているからか、学園で見る時とは雰囲気が異なる。真正面の人物に目をやる。他の2人より、いくらかやつれ、心痛の面持ちで祭壇を見ている。団とは別の意味で憧れていた人だ。凛とした立ち振る舞いが目に焼きついている。女性でありながら、DDCの探偵の中でもその手腕は一目おかれていたに違いない。
 彼らの前で、泣きたくはなかった。自分の感情を殺す権限は彼らにはない。でも――。手元に視線をやる。いつも以上に白い指。


「いっとくが、ここは一般人の立ち入りは禁止だ」
 七海はドアの前でそう告げた。団守彦の、遺品の整理。学園長室にある彼の私物をどうするかという話で、雪平が呼ばれたのは葬儀の日の朝だった。DDSは休校。人気のない校舎は不安を掻き立てる。
「…どういうことですか」
「そういうことだ」
 呼びつけておいて、立ち入り禁止はないだろう。だが、彼は続けた。
「学園長室は、トップシークレット扱いだからな。つまり、俺が呼んだのは、『団先生の姪の雪平桜子』じゃぁない。『DDS・Aクラスの雪平桜子』だ」
「あ…」
 彼女の複雑な心境が表に出る前に、七海は扉を開ける。ここに入ったのはそう多くない。DDS代表として事件現場へ派遣される時だけだ。他の生徒と共に。あぁ、軽井沢の時は、直談判しにきたっけ――。
「例え私物でも、DDCの機密と関係の深いもの、と俺が判断した場合、渡せないものある。それは、先生の弟さん――君の伯父さんに了解を得たから」
「――わかりました」
 仕事とプライベートは分けていた人だ。彼のプライベートのほとんどが仕事であっても。だから、多分、ここに私物の類は多くない。棚に保管されている本やファイルは全て、DDCやDDSで扱ってきた事件の記録。そこは手をつけずに、机へ寄る。空のインク瓶と万年筆が置かれていた。渡された鍵で引き出しを順に開けていく。アドレス帳は七海に渡し、その下のレポート用紙を持ち上げる。便箋や封筒、付箋といった、文具だけのようだ。
「…あら」
 奥のほうに、隠すように残された封筒。一瞬ためらったが、中身を取り出す。
「どうした――」
 雪平の表情に、七海が近寄る。
「これ」
 差し出したのは、一枚の写真。映っているのは、学生服を着た3人と、その両端に立つ2人の男性。
「あぁ――入学式の。団先生、こんなところにしまっていたのか」
「これ、旧校舎、ですよね」
 自分も何度か足を運んだ事のある建物。向かって右に立っているのは、団だ。
「あぁ。俺らが使って、今のQクラスができるまで誰も使わなかったところだ」
 当たり前のような答えに、息を呑む。
「――七海先生も、DDS出身だったんですか」
「そうだよ。これが俺。で、こっちが片桐先生。こっちが、会った事はあるだろ。本郷。そして、団先生と連城先生」
 言われてみれば面影がある3人。連城という人は知らない。
「――先生たちは、いつ、DDSに入学されたんですか?」
「8年前。俺らが、最初の生徒だったよ」
 先ほどまでとは打って変わって、懐かしさを含ませた声。8年前。団が車椅子になったのもその年だ。写真の彼は自身の足で立っている。
 今朝、母親と伯父が決めたことに、彼女は納得いかなかった。親族だけではなかったの?その問いに、2人は、随分お世話になったから、としか言わなかった。
 DDSが出来て、1年も経たずに団が凶弾に倒れた。それでも、今、DDSは、更なる発展を遂げている。
 団守彦の後継者は自分だ。物心ついたときから思っていたこと。だが、こんなことも知らないではないか。
「――これ、どうしましょう?」
 少しの沈黙。
「――そうだな。もし、迷惑じゃなかったら、棺に入れてくれないかな」
 口調は事務的なものに戻っていた。


 暗い夜空の低い位置に、月が赤く鈍く輝いていた。
「…雪平嬢、よく耐えてたな」
 今しがた、明かりをつけただけの校舎。近代的な内装が浮かび上がる。響くのは3人の足音だけ。  耐えていた、というのは、きっと自分達がいたからだろう。そう思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだった。団が倒れた時の彼女の表情は良く覚えている。
「あ。そだ、本郷」
 ちょいちょい、と肩を叩いて、指で後方を示す。それだけで、本郷は頷き、片桐に鍵を渡す。
「明日からの、ここの予定を確認してくるわ」
 ひらひらと手を振って、七海がまず踵を返す。本郷が続く。残された片桐と、小さな鍵。七海にしては、嘘が下手すぎる。でも、自分を慮っていると分かっているから。片桐は、そのまま歩みを進め、立ち止まる。
 金属が触れ合う音。
 暗闇にぼんやりと浮かぶデスク。本来一対となっている椅子はない。最初から、ここにはそんなものは存在しなかった。
 今朝、来た時より、幾分か物が減った部屋。バッグを開けて、一本の万年筆を取り出した。


「――これ…」
 差し出された万年筆を目にして、片桐は、本郷の顔をまじまじと見た。
「七海から渡してくれと頼まれた」
 DDSは休校になり、明日の告別式のため、職員はDDCに集まっているはずだ。本来なら、自分もそちらに行っていなければいかない。だが、家を出ようとした時にかかってきた電話。
「でも、これは」
 遺品。自分が勝手に持ち出していいものではない。例え、それが――。
「確かに、これはお前がもっていたほうがいいと思う」
 いつも公平な視線を持つ彼の言葉ではない。
「彼女には見せない方がいい」
 ――彼女。
「しばらくしたら、Aクラスの雪平がやってくる」
 理由は言わなかった。軽く頷いて、受け取る。小さく『from S』と彫られたそれは、この4年間、常に団が使用していたものだった。後にも先にも、自分と特定でき得るものを贈ったことはない。これにしたって、彼女からすれば、ただの贈呈品だろう。例え、どんな想いが詰まっていても、物はそれを他人に伝える術を持ってはいない。
「ありがとう」
 短い単語なのに、最後まで続かなかった。涙が枯れるなんて、誰が言ったのだ。
「本郷君」
 黙って出て行こうとした本郷に、声をかける。
「私、彼女の前では泣かないわ」
 団守彦の秘書として。DDCの探偵として。DDSの最初の生徒として。葬儀に招かれたのは、それらの肩書きを持つ『片桐紫乃』だ。


「紫乃ちゃん、強くなったなぁ」
 月明かりがまぶしい教室。だが、その光は人物まで照らすほどの力はない。七海は窓から何を見ることもなく顔を外へ向けていた。
「あの時とは全然。大人になったっていうのかな」
 なぁ、と同意を求めるが、答えは返ってこない。あの時。片桐は、団が死んだと思い違い随分と取り乱した。本郷が3回ぐらい怒鳴って、やっと落ち着いたぐらいだ。凄い剣幕だったよな。それこそ殴るんじゃないかって心配になるほどに――実際殴られたのは今回の自分だったわけだが。そんな事は覚えているのに。
「あのさぁ、本郷。俺、あの時泣いてた?」
 前後の記憶がはっきりとしない。連城の葬儀。参加していたことは覚えている。
「――いや」
「そっか。お前がそう言うなら、間違いないんだろうな」
 毎度お守、苦労様。その言葉を最後に、喋ることも動くことも忘れたかのような時間が過ぎる。
「あのさぁ、本郷」
 沈黙を破ったのは、やはり自分。先ほどと同じ問いかけ。
「俺、いつまで学園長代理やってりゃいいんだろ」
 ぽそりと呟いた、その声に若干のゆがみ。無感情に、でなければ明るく。それを努めていたのに。そうでなければ、保っていられないと分かっていたのに。
「このまま、ずっとって言ったら、泣くぞ!俺は!」
 ほとんど叫び声に近い宣言。気がつけ。お前なら、分かるだろ。その瞳が震える肩を捕らえる前に。その耳が微かな嗚咽を捉える前に。

 ドアが閉まる。


 歩きながら、少しネクタイを緩める。正円の月は高く、鋭い銀色に替わっていた。門を出て、顧みた校舎。高々とその存在を示している陰に、ひっそりと佇む建物を知っている人間は多くない。
 強くなった。七海は片桐をそう評した。だが、それは彼自身にも言えることだ。あの時、彼女が彼女でなかったように、彼も彼ではなかった。まるで、機械仕掛けの人形のように。ただの空っぽの容器のように。記憶が曖昧なのは、彼の五感がシャットアウトされていたせいだ。確かに、あの時、七海は泣かなかった。
 門に背を預ける。まだ教えなければいけない事は山のようにある。仕事も同様だ。七海の負担は大きいだろう。8年前とは比べ物にならない程。それを少しでも軽減できるように。団の意志を少しでも貫けるように。それが、自分に出来る、最良の事。考えるべきは、これからのこと。今さら過去を偲んでも仕方ない。

 月が、歪む。

 笑い出したかった。あの2人に比べ、何だ、この様は。そうやって自身を怒鳴りつけたかった。
 彼らの前で泣いたことはない。弱音を吐いたこともないはずだ。2人を不安に晒さなければ、自分の感情など、二の次だった。心の乱れは、伝達しやすい。特に、8年も一緒にいる相手には。
 それでも。

 天を仰ぐ。瞳を閉じる。頬を伝わる、暖かなもの。

 それでも、今、貴方のために泣くことは、許されるだろうか。




05/10/30
「愛人」と呼ばれる人は果たして遺族になり得るか。と漠然と思ったのですが、極秘の関係(ぽい)紫乃ちゃんは違うなと。そう思うと悲しくなってきました。よよよ。同期の2人は知っていたのだろうか。でも雪平嬢には知られて欲しくないなぁ。 何だか本郷先生、すっかりお守り役。

ひとまず、探Q最終回の「団守彦の死」とファンブックの「DDS1期生入学は8年前」設定は、この話で最初で最後にしようかと





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