I WILL TALK WITH YOU AGAIN SOMETIME
「署までご同行願えますか」
幾度も耳にした言葉だが、自分に対して使われるのは珍しい。これが事件現場なら重要参考人にでもなるのだろうが、そういう状況でもない。むろん、任意同行のはずであり、急ぎであれば断ることも出来る。本郷が理由を尋ねる前に、警察官が再び口を開く。
「あの、山口警部から、なんですけど」
「よく来たな」
来させたのだろう、わざわざパトカーまで寄こして。そんな文句を言ったところで寝耳に水、長年4課で鍛えた彼に口答えする無意味さは良くわかっている。
「お前を迎えに行かせたのな、交番勤務終えたばかりなんだよ。いきなり、ここに来るなんてなぁ、不運だよなぁ、アイツもオレも」
「用件は何でしょう。私に何か容疑でもかかっていますか」
そう尋ねたのは、場所による。いつもは隅の小さな応接ソファだが、今回はどういうわけか取調室。しかし、相手は山口1人。
「いやいや、かかっているというか、よう分からんから呼んだんだ。ここは昔のドラマよろしく、カツ丼でも取るか」
ドアの外に顔をのぞかせて、カツ丼ふたつ、と怒鳴り、山口は座りなおす。
「田沼一家の事は知ってるよな」
「一昨日の話ですね」
「そう、オヤジ、田沼慶介が死んだ。問題は、その遺言なんだな。遺言状はねぇが、最期の最期に側近含め、その場にいた人間に言ったもんだ。医者も聞いているから間違いはない」
「私を殺せとでも言いましたか」
彼らの世界で、本郷は良くも悪くも知られた存在だった。そしてその多くは敵であり、その半数は今にでも殺したいと思っているだろう。
「逆だよ」
「逆?」
「遺産の一部をお前に譲るだとさ。ま、一部って言っても、ヤツの金からしたらすずめの涙みたいなもんだが、オレの年収ぐらいはある」
さすがに唖然とした本郷の表情に、山口はにやりと笑みを浮かべた。子供が見たら泣くと有名な笑顔だ。しかし、直ぐに眉間にしわを寄せる。
「そこで、だ。お前とヤツらの関係を聞きたいんだ。別に、俺は、お前が誰とどう付き合おうと構いはしねぇが、一応、お前にも立場ってもんがあるだろ。そもそも、幹部が俺にどうすりゃいいか相談しにきたんだよ。俺は弁護士じゃねぇんだがな」
「人違いという可能性は」
「間違いなくお前だ。DDCの本郷巽が2人いるとは思えんしな」
で、と促される。別に隠すこともない。
「彼の息子とは知り合いですよ。その関係で、父親も知ってはいますが。話したのは一度きりだったと思います」
「息子って、あの、庸一か?何、お前は、ヤツが田沼の息子って知っているのか」
「えぇ」
「奴らの一番の秘密だろ。何でまた、知り合いになったんだ?」
当事者と警察以外で、田沼庸一が指定暴力団組長の息子だと知るものは、数えるほどしかいない。おそらく、DDCでは本郷だけだろう。
「山口さんと会う少し前ですが、庸一が殴りかかってきた事がありましてね」
しれっと言った言葉に、山口は飲んでいた茶を噴出した。
「喧嘩ぁ?!お前が殴りあいか?」
「受けざるを得ない状況でしたが、殴り合いはしていません」
相手の勢いを借りて投げ飛ばして終了。喧嘩といえるかどうかも疑問だ。
「傷害だなんだって、10年近くも前の事をとやかく言わねぇよ。そんで」
「その頃の庸一は、典型的な『ヤクザの息子』でした。組の若い者を連れて、報復するつもりだったんでしょう、実際、そのような捨て台詞を吐いて去っていきました。翌日、彼と共にやってきたのは、若い者ではなく父親の組長でしたが。会ったのは、その時だけですよ」
お前の周りはチンピラだらけか。山口の脳裏には、七海が浮かんだに違いない。確かに、彼も当時は今以上にひねくれてはいたが、田村に比べればなんて事はなかった。
「で、どうなったんだ。殺されたか」
それでは自分は何なのだと、思わず心の中でつっこむ。
「謝りにきたんですよ。馬鹿息子が迷惑をかけて、と」
「何を笑ってんだ、気持ち悪い」
「その時、庸一の怪我が増えていたものですから」
「増えてた?」
「それまでも彼は組の若い連中を助っ人に返り討ちをしていたらしく、その時にばれてしまったんですよ」
それを聞いて、山口も笑う。田沼は息子が組を継ぐことを望んではいなかった。至極真っ当な人間になって欲しい、そのための努力を惜しまなかった人間だ。時にそれは拳に物を言わせて。しかし、田沼自身は暴力団から足を洗おうとはしなかったし、組を解散させる事もなかった。
そして、本郷は、彼らが謝罪に訪れた時の約束を守っている。団にすら、庸一が田沼の息子だとは話していない。話す理由――例えば事件に関係しているなど――がなかったからというのもあるが。
「それで、まぁ紆余曲折はあっただろうが、息子は立派にハーバードで経営学なんぞを学んでいるわけか。一方、更生に一役買ったお前が、まるでヤクザみたいな風貌になっていると」
いやいや人生分からんなぁ。年寄りじみた口調で、山口は頷いた。ドアをノックする音。本当にカツ丼が運ばれてきた。
「ま、オヤジの冥福を祈って、オレのおごりだ。で、遺言の件はどうする?」
「断りを入れておいてください。相談しにきたくらいなら、向こうも無理強いはしないでしょう」
「お前と田沼一家の関係はどうなるんだ」
「どうにもならないでしょうね。今までと同じ、無関係な組織ですよ」
なるほどな、と山口が本郷をまじまじと見る。無関係。しかし、そうではない。
「オヤジは、お前と関わりを持とうとしたんじゃねぇか。遺産を譲って――つまり、お前を組に引き入れようとした」
「何のためにですか?」
聞く必要はないことを、あえて聞いた。予想通り、山口は、分かってんだろとしか答えない。本郷に敵は多い。その主な理由は、多くを知っているからだ。今回で言えば、息子のこと。脅威になる爆弾を放置しておくよりは、手元に置いていた方がいい。そうでなければ、爆破させる。そして、前者は望み薄だ。だから、本郷は狙われる。
「まぁ、うっかり組に入ることがあるなら、いつかはまたここでお前とカツ丼食いながら話すこともあるだろうよ」
「入らなくても、呼び出すつもりでしょう」
「当然だ。そういや、1週間前の事件で、お前の人脈が必要になったんだった」
まずは食え。山口は強制的に話を終わらせ、箸を運び始めた。
07/10/07
組長の息子と喧嘩したら、後日、組長が謝りに来た、というのは通っていた中学の体育教師の実体験です。しかも、それ以降、律儀に年賀状が届いていたらしい。その教師も見た目怖かったですけど(笑)