WHY DO YOU SAY “SUBSTITUTION"?
「こんな所で寝ていたら、風邪を引きますよ」
不意に声をかけられ、七海は目を開けた。
梅が咲き始め、空は淡い青。風はまだ冷たく、確かに、こんな所で寝ていたら馬鹿か本郷でもない限り、風邪をひきそうだ。
「考え事をしてたんだよ」
そう言って立ち上がった七海は、伸びを一つ、ベンチの横に立っている雪平を一瞥した。
「で?何か用?」
「何か用、じゃありませんよ。学園長」
「代理」
間髪入れずに付け加えた単語に、雪平は小さくため息をついた。
「代理って、何の代理なんですか?」
学園長、という名の付く人はいないのに。
「代理は、代理なの」
それはまるで、子供の言い分。
「そんなに嫌なら、別の人を任命するなり、すればいいじゃないですか」
「別に、嫌なんて言ってねぇよ」
帽子の上の枯葉を落とす。校舎に向かいながら、何の用、と2度目の質問。
「学園長室に、本郷先生が」
向かう足が止まる。
「風邪ひいたみたいだから、帰るわ」
「P-Z-01-03」
告げられたのは、アルファベットと数字の羅列。
「…なんで、雪平が知ってるんだ?」
「逃げるそぶりを見せたら、言ってくれって」
「本郷が?」
「はい」
ふぅむ。しばし考え込み、指を折って数え、そして。
「そうだよなぁ、そろそろだよなぁ」
「…何がですか?」
「お前に、吉報」
そう言って再び歩き始める。
「吉報?」
「DDSではなく、『DDCの探偵』として、お前に依頼が来たってことだ」
今度は、雪平の足が止まる。
「DDC…」
DDSは入学も卒業も日にちが決まっているわけではない。個人の能力次第だ。あの英数字はDDCで用いられている事件の通し番号。
「それって」
「半分、卒業ってこと。おめでとさん」
「…何でそんなに軽いんですか」
「半分だから」
エレベータのボタンを押す。間違っても、本郷は他人に必要外のことを喋らない。DDSで通し番号の話を生徒にすることはない。それを雪平を通じて自分に伝えたということは、そういうことだろう。
正直、彼女にはまだ早いとは思う。今までは最低でも2人で行動させていた。もちろんいつかは1人で事件を追わなければいけないとはいえ。
「半分って、どういうことなんですか?」
「扱いはDDCの探偵。でも籍はまだDDS」
この辺は、なし崩し的に移行するのが常なので、半分、という訳でもない。サポートなりフィードバックをどちらが持つか、の違いだ。
「――要は、DDCの探偵として行動できる、ということですか?」
「そういうこと」
扉が開く。乗り込み際、横目で見た彼女の表情は嬉しそうだった。
「結局は、そういうことなんだよな」
「何がです?」
「俺は、DDCの探偵ってこと」
目指していたのは彼女と同じ。彼女の場合は『団守彦』の後継者、も付随していたが。
「…現場に戻りたいって事ですか?」
「んー?まぁ、それもあるな。教えるのは、それはそれでいいんだけど」
一日の半分を会議が占めている。大切なことは分かるが、全てが鈍っていきそうになる。重圧のような、当初感じていたものはない。協力者は多い。結局――。
「あのはしゃぎ様。遠足前の子供だな。大丈夫かな、アイツ」
「経験は積んでいる。担当の刑事も知っている。問題ないだろ」
「あ、それで彼女に」
夕日の差し込む学園長室。予想通りの、任命状。そして、DDS手帳の返却およびDDC手帳の付与。それは、特定の第三者がいる場で行わなければならず、急を要する話でもあると、本郷がわざわざ持ってきたのだろう。他にもいろんなものを一手に抱えてきた事を考えると、よほどの人数不足と見た。聞いてみれば、肯定の返事。
DDSはDDCとは違う。職員は何もDDCの探偵ばかりではない。協力関係にあるとはいえ、DDCの秘匿情報は、あくまで社内だけで共有するものだ。DDCの探偵である七海には、当然その権利はあるわけだが、自身に余裕がない。DDSで抱えている事件だけでも手一杯で、それらをこなしていた初代学園長は、聖徳太子の生まれ変わりに違いないと、今更ながら思う。
「それと、これはお前にだ」
いつものコートから取り出した、一通の封筒。
「C-V-01-05」
「…オレに?」
「あぁ」
デスクに戻るのももどかしく、その場で封筒を破り、中身を取り出す。本郷の言った通し番号。依頼人、依頼日、内容。担当者名には『七海光太郎』。承認印もきちんと押してある。
「期日は、10日間」
「10日?失踪とはいえ、そんなに?」
「早く終わったら、俺か紫乃に伝えろ。事件はまだある」
「それって」
しばらく事件を担当できる、って事か?改めて文字を追う。2度3度と読み直して、視線を上げる。
「・・・あ」
そこで見て取れた、本郷の厳しい表情に、自分の頬が緩んでいたのに気がついた。小さくため息をついて、来客用のソファに腰を落とす。
「やっぱ鈍ってんなぁ。飢えてる、っていうのかもしれないけど」
「半年以上経つからな」
「はっ。お前の口から、慰めの言葉が聞けるなんて、ヤキでも回ったか」
「慰めではない。事実だ」
「事実、ねぇ…」
事件を担当できると聞いて喜ぶ。それは、DDCの探偵としては良くないことだ。特に、通し番号、2つ目のアルファベットが後ろのものほど、事件は重い。Zは殺人、Vは失踪。それらを請け負ってはしゃぐなどもってのほか。DDSの生徒には、目標への第一歩として、大目に見ているだけだ。
要は、『謎』は楽しんで解け、ということ。事件を楽しんではいけない。大概、探偵に依頼のある事件は、あっては好ましくないものなのだから。依頼状には、詳細点は書かれていない。つまり、さっきの七海は、事件そのものへの期待が顔に出た。
現場に戻りたい。否。戻らなければいけない。団は十分すぎるほどの経験を積んで、この役職についた。自分は違う。
「ワンクッション置いたほうがいいなら」
心の内を予想でもしていたのか、差し出されたのはもう一通の封筒。
「…何?」
「C-A-01-17」
「…A…」
「N県の複数の小学校の校庭に、巨大絵画が一晩のうちに描かれた、というものだ。依頼主は、その学校の教師と生徒たち」
「DDCで受理したのかよ、ソレ」
「お前に丁度良いと思ってな」
しれっと返した本郷に、七海は封筒を受け取りながらも、こういうのは生徒に回すものじゃないか、オレにそこまで戻ってやれって言いたいのか、とぼやく。
――それでも『単純に楽しめる謎』が与えられた。
「どちらを先にやるかは、任せる」
「でも、その間、こっちはどうすんだ?」
「何とかなるだろう」
「する、の間違いだろ」
デスクに戻り、プリントアウトしたばかりの書類を渡し、数箇所に電話をかける。失踪依頼の方は、今から行けば十分に話は聞ける。
「見てろよ。この七海光太郎が、ぱぱっと片付けて、後5件は解決してやるからな」
「期待しないで待っている」
「どーしてお前はそう…」
文句を言う時間も惜しい。謎は楽しみたい。事件は重く受け止めなければいけない。そのバランスが、DDCの探偵として、必要なことだ。会議ばかりでは、確かに鈍る。本当にコイツはいいタイミングで話を持ってきた。
「じゃぁ、後は頼むぜ、代理」
「代理ではない。単なる、臨時の手伝いだ」
代理すら拒否かよ。学園長の仕事を手伝いって、お前にとっちゃそんなに軽いのか。時間が惜しいと言いながら、言うことは言って、七海は部屋を出た。
1人残された本郷は、閉まった扉をしばし眺め、次いで執務机に一瞬だけ視線を走らせ、来客用ソファに腰掛け書類に目を通し始めた。
06/10/31
警察官の採用面接で「犯罪者を捕まえたい」と言うと、イジワルな面接官は「犯罪が起こってほしいのか」と聞いてくるそうです。
推理モノだと薄くなってしまいますが、多くは事件があって被害者がいて…と考えると「わくわくする」とか言っちゃダメなんじゃないか(苦笑)。
探Q終了時から半年ちょい、ぐらいのイメージ。七海さんは一応、学園長として頑張ってるんだけど、探偵としての仕事までは手が回らなくて、モヤモヤしているのでは、と。学園長になりたいっていうのなら別ですけどね…。その際の秘書は雪平嬢にやってもらいたい。