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THE STAR UNDER CLOUD


 署名をする。どれだけ世の中がIT化と騒がれようとも、報告書だけは自筆でなければならない。別途提出する詳細は電子ファイルでもいいが、この作業はおそらく今後も変わらないだろう。
「…腱鞘炎になりそうなんだけど」
 斜め向かいの席で、同じようにペンを走らせていた七海が脈絡なく切り出す。作業スペースのほとんどを占領している書類の大半が未記入。本郷の知る限り10人分の筆跡は完全に習得している男に、自筆で書けというのも馬鹿げた話だが、決まりは決まりだ。
「本郷、申請書、代わりに書いてくんねぇ?俺のサインだけなんだから、書けるだろ?」
「駄目だ」
「…お前って本当、冷てぇのな」
「そんな状況になるまで放置していた貴様が悪い」
「へいへい。分かったよ」
 作業に戻る。本郷も七海も、状況としては同じだ。次から次へと仕事が渡されるから、報告書を始めとした提出書類を書いている時間が取れない。丸1日かけて、貯めていたものを消化する。違うのは、七海はデスクワークが苦手だという事。定時が過ぎ、他の所員がいなくなり、それに反比例するように七海の独り言が多くなる。
「高校3年生は今ごろ、センター入試の答えあわせに一喜一憂しているんだろうなぁ」
 手帳を取りだし、事件概要を確認しながら、本郷は新しい報告書に取りかかる。明日は明日で午後から依頼人の所に行かなければいけない。その準備もある。だが、まだ22時。あと1つぐらいは終えられるはずだ。邪魔が入らなければ。
「どうにもサボテンが元気ねぇんだよな。やっぱり最近曇りばっかりだったからかな」
 ペンを放り出して、机の上にいくつか置いてある小さな鉢植えを眺める七海を、視界から追いやる。元の作業に戻るまで相当時間がかかるだろう。そして、そのまま明日の朝になり、片桐に小言を言われる。そこまでが、七海にとっての報告書作成であるかのように、毎回同じことが繰り返される。
 七海がカップを持って席を立つ。部屋の隅にあるコーヒーメーカーに行きがてら、降りているブラインドの隙間から外を伺う。
「――雪だ!積もってる!」
 普段なら無視する独り言も、さすがにそうは言っていられない。同じく立ちあがり、ブラインドを上げる。
「いつから降ってたんだろうなぁ。俺、全然気がつかなかったけど」
 雨とは違い、ほとんど音はしない。ずっと暖房の効いた部屋にいたから冷え込みも気にもならない。この部屋から他の所員が出ていったのは何時ごろだっただろう。19時にはなっていなかったはずだ。
「…この時期にしてはかなりの大雪だな」
 窓から見える駐車場。車のタイヤの半分は雪で埋まっている。3時間程でここまで積もるのは、確かに珍しい。
「こりゃ、車で帰るのは無理だな――。って、本郷、お前帰るのかよ?!」
 帰り支度を始めた本郷を見て、七海は呆れたように声を上げる。まさか今からチェーンを巻くとかスタッドレスに履き替えるとかじゃねぇだろうな。
「車は置いていく」
「…お前にしては随分と非効率的だな」
「ここで貴様といるよりは効率的だ」
「…お前、最近一段と冷たくなってねぇ?」
 渡された事件概要書類の内容は頭に入っている。詳細は現場についてからだ。ならば、ここにいて七海の独り言を聞きながら報告書を書くよりは、明日に備えて身体を休ませておいたほうが良い。今しがたつけたテレビでは、交通期間のほとんどは乱れていると報じている。唯一確実なのは、自分の足。どんなに遅くても、日付が変わる頃には自宅に着くはずだ。


 いつもは騒然としている通りも、今日は静かだった。人の出も少なく、また雪自体が音を吸収する。都会では珍しい粉雪。
 家の近くまで着たところで、突然、外灯が消える。光を反射し、いつもより明るい夜を作り出していた雪と雲が、突如黒い蟠りになる。雪の重みで電線が切れたのだろうか。幸い、近くを走っている車はない。


 停電は家に着いても続いていた。玄関の前で、鍵を取り出そうとしていた矢先、聞きなれた電子音が鳴る。仕事用の携帯。表示されている番号も確認せずに通話ボタンを押す。しかし、仕事用とはいえ内容は必ずしもそれではない事もある。特に、この相手は。
「本郷、今、どこ?!」
 妙に明るい七海の声。
「…家だ」
「家?中に入った?」
「玄関の前だ」
「速攻で家に入って、南向きの部屋に行ってくれねぇ?」
「何で、そんなことを指示されなければいけない」
「いいから。時間がねぇんだよ、あまり」
 珍しく、声に焦りと押しが感じられる。通話状態のまま、鍵を開け、南側の部屋に向かう。ドアを開ける。妙な違和感。停電中。閉じたカーテン。なのに、この外の明るさは。窓に手をかける。
「――!」
 思わず息を呑む。


 月が、出ていた。厚い雲の割れ目から突如姿を現した満月。時折かかる薄雲にもその輝きは劣らず、降りしきる雪の全てが、星のように光る。
「凄いよな、これ」
「…あぁ」
 我ながら、随分と放心した声を出したように思う。それを聞いてか、笑う声が耳に届く。
「これ、俺からの誕生日プレゼント」
「――何だと?」
 時計を見る。午前0時2分――1月18日。
「馬鹿か、貴様」
「あぁ?これを貰って嬉しくないなんて、お前、贅沢にも程があるぞ」
 反射的に電源を切る。また、無音の世界に戻る。視線は窓の外のまま、微かに口角が上がる。どんな偶然をも利用する。七海らしいといえば、それまでだ。


 聞こえるのは等間隔の機械音。軽く笑って、七海も電源を切る。月はまだ出ている。神々しい、まさにその言葉がぴったりだった。
 おそらく、自分でも忘れていただろう。1月18日。自分自身に対しては無頓着なところがあるから。だったら、驚かせてみるのも一興だ。


 雲が穴をふさぐ。小宇宙は途端に消える。携帯電話の液晶画面だけが、手元を照らす。脳裏に焼きついた光景は、すぐに幻想と化すだろう。

 願わくば、この書類の山も幻であれば良いのに。




050117
本郷先生のBD!ということで、本来なら18日にUPするものでしょうが、いかんせん、舞台がどちらかといえば17日なため、前日にUPです(なんて計画性のない)
何が一番問題かというと。2005年1月17日は満月ではなく半月なのです(笑)。しかも午前0時に月がどの方角にあるかなんて分かりません(倒)。確か2003年の1月18日が満月だったとのデータが。
きっと本郷先生は仕事に精を出していて、御自分の誕生日なんて忘れていると思うので、そういう時に七海さんがね、さらっと祝ってあげる(?)のもいいんじゃないかなーとか。
ということで、これでも愛だけはあるお話です。本郷先生、誕生日おめでとうございます!



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