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I DON’T NEED THE SILENT NIGHT


「あれ、紫乃ちゃん、もう帰り?」
 七海が講師室に入ってきた時には、すでに片桐はコートを羽織っていた。
「えぇ。たまには定時で帰らせていただくわ」
「何だ、残念。今日はディナーに誘おうと思ったのに」
「予約なんてしていないでしょ?」
 12月24日。日本人の不思議な風習として、本来の行事より前日の夜が盛り上がる、というものがある。確かに、名だたるレストランは、予約で一杯のはずだ。
「七海」
 ほんの時間差で入ってきた本郷が、黒いファイルを七海に差し出す。表紙には『当直日誌』の文字。
「何だよ。俺の当直は明日。今日は、真木先生だろ」
「その真木先生から、急な出張が入ったので、お前と変わってくれと言付かった」
「だったら、お前がやればいいだろ」
「規定違反だ」
 連続の当直は禁止されている。そういえば、昨日の当直は本郷だったっけ。どこぞの国際会議に団と出席して、当直のためだけにDDSに戻ってきたようなものだった。服装も、いつもと違ってノー・タイながらもスーツで、すれ違い様に、ヤクザそのものじゃねぇか、と言った記憶がある。
「勘弁してくれよ。今日は、友人と久しぶりの飲みだってのに」
「あら。予定が入っているのに、私を誘ったの?」
「あ、いや、それはそれで別の話で――」
 紫乃ちゃんイジワル、と呟いた七海に、片桐は笑って、本郷に顔を向ける。
「本郷先生、昨晩はごちそうさまでした」
「へ?」
 本郷が答えるよりも前に、七海が素っ頓狂な声を上げる。
 昨日。紫乃はDDCの仕事で、だから団の同伴に本郷が指名されたのではなかったのか。
「何?仕事にかこつけて、デートしてたのか?天皇誕生日に?雰囲気ねぇな、本郷」
「誘ったのは私よ」
 片桐の答えに、七海は本気で言葉に詰まる。
「――あぁ、そう。分かったよ。1人さびしく、当直やればいいんだろ」
 繋がらない言葉を本郷に吐き捨てて、当直日誌を奪い取り部屋を出て行く。
「…七海君、どうしたのかしら」
 いつものように軽口の答えが返ってくると思っていた片桐は、呆気に取られて本郷に訊ねる。
「気に留めるほどのものでもありませんよ――。あの後は?」
「えぇ、おかげさまで無事に『証拠』を押さえる事ができました」
 ありがとうございました。軽く会釈した耳元でイヤリングが揺れる。
「それでは、お先に失礼します」
「お疲れ様です」


 あぁ、俺、馬鹿みたいじゃん。
 当直室のベッドに身体を投げ出して、七海は日誌をめくる。何だって紫乃の前で本郷に八つ当たりなんかしたんだ。少し考えればわかる事なのに。本郷は、基本的に女性に勘定を持たせる事はしないけれど、相手の言い分は聞くほうだ。そして紫乃は、時と場合によるが、全額男性に持ってもらうことを良しとしない。少なくとも、自分との食事では。しかし「ごちそうさま」というからには、本郷の奢りだったのだろう。となるとその状況というのは。単純にデートだったかもしれないが――それだったら俺は本当にグレるぞ――仕事、だ。昨日の会議は、各国の警察およびそれに類する団体の代表が集まるものだった。全員がスーツにネクタイである以上、一探偵がいつもの格好で出席するわけにはいかない。だが、夜、DDSに現れた本郷は、スーツは着ていたがネクタイは外していた。息苦しかったから、というチープな理由を除いて、探偵であるという事を加えれば、考えられるのは1つ。あいつの『交友』関係は広い。本当、雰囲気ねぇとこに行ったんだな。
 ネクタイは、武器にも凶器にもなる。相手が大人数であればあるほど。


 昨日の会議の趣旨は、各国の犯罪組織についての情報交換および対応。だからこそ、冥王星と関わりのあるDDCも呼ばれたのだ。会場を出たのは20時を回っていた。片桐から電話がかかってきたのはその直後。都内でも有名なバーと、ある組織の名前を告げられた。以前、別件で接触した事のある銃器密輸を専門とする組織だった。いくつかあるトカゲの尻尾の1つのような事件で、後は警察が引き継いでいるはずだ。彼らに自分の面は割れている。それが、必要だった。取引現場に、昔、自分達を追っていた人間が現れる。それだけなら取引を中止するなり、応戦するなりの決断はすぐに出来る。しかし、同伴者がいる。偶然食事に来ていただけかもしれない。だとすれば、危険を犯して無駄な労力を使う必要はない。少し様子を見てからにすればいい。その少しの時間が、警察には重要だった。ネクタイは、団に了解を得た際に預かってもらった。
 早い話――。先程の七海の態度を思い出し、本郷は軽くため息をついて、ペンを走らせる。
 昨日のような会議では、後に提出する書類は2種類要求される。手書きと、電子ファイル。2度手間だと思われがちだが、偽造防止と責任の所在を明白にするためにも手書きは必要だ。ほんの数文字を変えたいが為にページ数が変わる事もある。何重にも掛けられたセキュリティを破るより筆跡の模写のほうが技術も時間も要求される。しかし、それを得意とする人間はいる。自分のはおろか、DDS講師の筆跡ならば、ほぼ同じように書く事が出来るだろう。


「よし、完璧」
 当直日誌をかかげ、見開きのページを比べる。同じ人間の、同じ文章。違うのは担当名だけ。もちろん、書いているのはそれぞれの担当だ。左は本郷、右は自分。せっかくの予定を台無しにされたんだ、このくらいの遊び心は許容範囲だろう。時計を見る。23時半。
「今日最後の見回りでも行くか」
 今晩、あらかじめ泊まりの申請があったのは科学班研究室だけ。24時間営業のDDCと違って、DDSの泊まりは基本的に申請制だ。日誌を読み返すと、これで連続3日。ドクター・ドクロはともかく、研究員達は大丈夫なのだろうか。なにせ、あそこの修羅場は言葉通り寝食忘れてのすさまじいものだ。1時を過ぎても終わる見込みがないのなら、強制休憩を取らせた方がいい。
 廊下に出る。微かに漏れる光。講師室。あいつ、まだいるのかよ。連続の当直は禁止されているのに、連続の深夜勤務は平気だなんておかしいだろう。今度、総務に文句を言ってやろうか。いや、団に直接言うのがいいのか。
 そういえば。本郷が専任としてDDSにいるのは半年だ。もうすぐ、その期間が終わる。


 早い話が、自分の思い通りにならない子供の態度に近い。食事にしろ当直にしろ。七海は、当直をあまり好まない。仕事だから仕方ない、といった感じだ。潜入捜査というのは、精神的に孤独であるが、物理的な孤独はほぼありえない。だからこそ七海が担当する事が多いのだ。どんな人物にもなりすまし、周りのどんな親しい人間にも正体を明かされないほどの変装術。巧みに話を聞き出し、状況を探り、証拠を見つける。そのほとんどに、誰かしらとの接触はある。
 結局。独りということが苦手なのだ、七海光太郎という人間は。特に今日みたいな日は。
 ペンを置く。日付が変わるまで、あと少し。一応、申請は出しておいたほうがいいのかもしれない。  顔を上げ、視界に入ってきたのは窓の外に広がる闇と、時折横切る白い――雪?暖房をつける必要すらないほど、暖かい夜に。
「…何をしたいんだ、お前は」
 窓を開け、軽い眩暈を覚える。思わず、闇に向かって声をかける。
「寂しい仕事人間に、ロマンチックなホワイトクリスマスをプレゼント」
 上から聞こえたのは女性の声。降りしきるのは雪などではなく、梱包材として使われる発泡スチロールの一種だ。地面の一部が白く変わっているところを見ると、かなりの量を撒いていたらしい。
「ゴミを撒き散らすんじゃない」
「だいじょーぶ。これ、再生スチロールで土壌に蒔けば肥料にもなるんだから」
「肥料にするなら、旧校舎のほうへ蒔け」
「じゃぁー、本郷せんせーい。ナナミにも何か奢ってくださーい。デリバリーのピザでもいいからー」
 眩暈どころか、頭痛がするのは気のせいだろうか。申請など出さずに、帰ったほうが賢い選択に違いない。何故自分がそんな交換条件を飲まなければいけないのだ。しかし、相変わらず『雪』は降り続いている。今は何より時間が惜しい。時計を見る。日付は変わっていた。12月25日。
「――分かった。勘定は持つから、さっさとやめて電話でも何でもかけろ」
「やったーっ!本郷、優しいなぁっ、お前って奴は!」
 途端にいつもの声に戻り、今度は自分自身が降って――いや、ワイヤーで宙吊りになって現れた七海は、すでに携帯を握っていた。
「今の言葉、嘘じゃないな?」
 わざわざ、確認の為に降りてきたのだろうか。頷き返すと、七海は携帯のボタンを1回だけ押して、話し始める。1回――記録番号か、リダイヤルか、それとも保留解除か。何故か胸騒ぎがする。
「うん。そう。で、注文は」
 真正面から本郷を見据えて。顔に笑みを浮かべて。
「広告に載ってたの、全部」
「――おいっ!」
 携帯を取り上げようとするも、七海は軽やかにすり抜け、まるで飛び去ったかのように消える。身を乗り出して見上げると、2階の窓縁に腰掛けて、電話を続ける姿。
「何言っちゃってるの、佐久間君。俺が、イタズラで注文した事があった?ついでにさぁ、配達途中にちょっといいシャンペン買ってきてくれない?これは3本でいいや。俺と君の仲じゃない」
 普通なら、いたずらだと思われる注文も、知り合いか得意先ならば受け付けるだろう。舌打ちをし、窓を閉める。気分としては、初歩的なミスを犯したのに近い。
 七海に甘い顔をすると、痛い目を見るのはこっちだ。


 本郷の間の抜けた顔を見れただけでも満足だった。でも、どうせならもっと楽しいほうがいい。注文を全部作り終えるまでに1時間かかると言っていた。だから、こうしようじゃねぇか。30分以内に、俺の携帯を取り上げられたら、半分は俺も出す。でも、無理だったら、全部お前の奢り。このDDS校舎内で、俺を捕まえるのがいかに難儀か、分かるだろ?大丈夫。科学班におすそ分けすれば、あっという間になくなるから。
 講師室のドアを開ける音がする。2階に上がってくるまで、30秒もかからないだろう。七海は、クリスマスツリーに模したサボテンを、今しがた自分がいた部屋のドアの前に置く。意味はない。だた、本郷が怒れば怒るほど、パーティーは長引く。この面子で過ごせるクリスマスなんて、後にも先にもそうはない。ならば、世間一般の『聖夜』はいらない。

 鬼さんこちら。手のなるほうへ。




041223
12月24日のお話です。クリスマスイブのお話ではありません(笑)
七海さんは当直って大好きか大嫌いか、はっきりしてそうな気がするなぁと。私的には嫌いっぽい。というのは、「それぞれの岐路」で「俺はこれでも一匹狼のつもりだったんだけどよ」の台詞に、思いっきり「そうだっけ?」とツッコミを入れたからです(すみません/大汗)。
ちなみにこの勝負、本郷さんが負けると思います。こればっかりは。で、ピザ屋の佐久間君に金払ってる本郷さんの後ろで、ピザの山を抱えながら喜んでる七海さんがいるという図。可愛いくないですか?(ぉぃ



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