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PESSIMISTIC PRETENDER


「なぁ、人間って残酷だと思わねぇ?」


 深夜2時。
 1ヶ月の給料分を飲み食いすると宣言した同僚は、その約5分の1で戦線離脱し、挙句の果てにテーブルに突っ伏して安らかな寝息をたて始めた。本郷はもちろん、片桐でさえ初めて見る七海の姿に唖然とし、これは本物だろうかといらぬ疑心を持ったりもした。
「でも、お酒が入ってサボテンの話を延々とするのは、七海君くらいよね」
 そうそう真似できることじゃないわ――そう呟く片桐の顔にも、うっすらと赤みが差している。自分には役に立たないであろう講義は2時間以上続いた。そんなことで身の証明をするのもどうかと思うが、確かに彼にしか出来ない芸当ではある。
 店を出た時点で、すでに電車はなくなっていたが、少し歩くとすぐにタクシーを捕まえることができた。七海の住んでいるマンションの前で、相も変わらず眠りこけている住人を肩に担いで降り、タクシーは、そんな本郷に目を丸くした運転手とそんな彼に笑いをこらえている片桐を乗せ、走り去っていった。


 七海の微かな声が聞こえたのは、外階段を途中まで登ったところだった。残酷?
「起きたのか?」
 なら、自分の足で歩け――。だが、本郷の声を無視して七海は言葉を続ける。
「他の動物は、自分が生きる必要最小限でしか他の生き物を殺したりしないだろ?後は、せいぜい縄張り争いだ。私利私欲や恨みつらみ、ましてや快楽で殺しなんざやらかすのは、人間だけだぜ?しかも、知恵がある分、いくらでもその方法を考え付くことができる」
 かろうじて言葉になっている、ささやくような声。内容さえ気にならなければ、寝言として耳を貸さなかった。話の意図を推し量ろうとしたが、相手の飲んだ量を考える。酒に任せた戯言か。
 さらに1段踏み出したところで、顔の横を何かが通りすぎた。何か、ではない。認識は出来た。――しかし。彼らは、夜目は利かないはずだ。この時間に飛んでいる姿は初めて見る。つられるように振り向くと、目線より少し上の高さにある電線に、燕がこちらを見据えるように停まっていた。
「ダンテの神曲、読んだことあるか?地獄だなんだって、結局あれだって人間が考えたものだろ?キリストの磔だってそうだ。神話なんて、怪奇小説意外の何物でもないぜ?」
 その間にも、七海の言葉は、とぎれとぎれ続いている。一部の信者が聞いたら、それこそ磔にされかねない無神論者の台詞。もっとも、それに異を唱えるつもりはない。
「だからさ――俺らが、一番、残酷なんじゃねぇのかな」
 半分聞き流していた言葉に、思わず声が出る。
「何を言って――」
「だって、そうだろ?猟奇的な事件の犯人は、たいてい興奮状態だったり、病気だったり、追い詰められていたり、まともな精神で犯罪を行っているのは少ないんだ。でも、俺ら探偵は、例えどんな残酷な手口でも、推理で追うことができる。精神も頭もこの上なく、正常に、冷静に、だ。憎しみなんて、ありゃしない。だから、きっと、誰よりも残酷な方法を考え付くことも可能なんじゃないか?」
 本郷の視線は燕に留められたままだ。七海は顔を上げていない。まるで、燕がしゃべっているかのような錯覚に陥る。やはり、自分も酔っているのだろうか。
「だとしたら――俺らと、冥王星の奴等との違いって、何なんだろうな」
 先ほどまでとは違う、はっきりとした声。
 違いといわれて、多くの人が即答するのは正義か悪かという事だろう。冥王星は『悪』を自覚している。あろうことか、それを誇らしげにさえ思っている。自分達は正義を基として任務を遂行している。しかし、それは普遍的価値基準のないものだ。自分の信じたものを『正義』とするなら、彼等と自分達には違いはないのかもしれない。物語のように、勧善懲悪は存在しない。絶対的な存在もだ。悲観論だな――誰かの言葉がフラッシュバックする。
 視界の端で、電線が揺れる。街の灯りは、彼らにとって太陽の光と差異はないのだろうか。
「ならば、探偵を辞めて冥王星に入ったらどうだ」
 返ってきたのは微かな笑い声。
「相変わらず、優しくないなぁ、本郷は」
 冗談に決まってるだろ。その言葉を最後に、肩にかかる荷重が増える。どうやら、自分で歩く気はなさそうだった。


 もしかしたら、こうやって七海は、『探偵』と『自分』を区別しているのかもしれない。漠然とそんなことを思う。あまりにも『探偵』である時が長すぎるが故に、1歩間違えれば麻痺しつつある感情を確認するために。DDCでもこの男ほど喜怒哀楽を、時にはオーバー過ぎるほど表現する人間は少ない。そしてそれが本心かどうか判断できる者は、ほとんどいない。


 階段を照らす蛍光灯。奇妙に伸びた影。物言わぬはずの存在が問い掛ける。

『自然が作り出した闇に人間は勝つことができた。なのに何故、自分達が作り出した闇には勝つことができない?』




040911
本郷さんと七海さん。『A CIVILIAN〜』の約半日後のお話。
DDCの探偵さん――本郷さんや七海さんぐらいになると、結構殺人事件とか凶悪なものを担当することが多いんじゃないかなと。よほど精神的に強くないと、やっていけないんじゃないかなと。で、七海さんって、明るいじゃないですか、普段。あれってどこまで本心なのかなと思いまして。本郷さんは肉体的にも精神的にも凄く強いと思うんですけど
というか、あの3人で深夜まで飲み明かすっていうところがウィークポイントです



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