YOUR EXISTENCE IS LIKE THE MAGICIAN
チャイムが鳴る。これで今日の授業は終了。帰宅の準備を始める者、授業の内容について話し合う者。それらを眺めながら、七海はしばしこれからの予定を考え、1人の生徒の名前を呼ぶ。
「今日もハードだったわね」
「ほんと。1日みっちりだしね」
「しかも本郷の授業が3時間だぜ。死ぬかと思った」
「宿題もいっぱい出ちゃったしねぇ。あれ?リュウ、どこに行くの?」
「ちょっと質問をしに…」
「何?これからまた本郷の所へ行くのかよ。信じられねぇ」
講師室のドアを開けると、見なれた光景が広がっていた。しかしそれはDDSで、ということではない。はて、いつからここはDDCになったのだろう、と思いつつ、先日回ってきた事件簿のことか、と七海は納得する。ほとんどの職員が電話で話しながら、片手ではメモを取り、さらに別の手でパソコンを――おそらくメールだろう――を操作している。電話オペレータへの転職はいつでも可能だな、と突っ立っていると、片桐が顔を上げ、目で何かを訴えてきた。それは七海に向けられたものであるが、彼女の正面に座っている本郷も気づくのは当たり前の事だった。彼が振り返る前に、七海は講師室のドアを閉める。
「あれ?天草、本郷に用?」
すれ違いざま、腕に抱えた教科書から、七海はそう訊ねた。リュウは足を止め、振り返る。
「今は講師室に入らないほうがいいと思うぜ?まぁ、将来DDCに入った際の修羅場第1歩を見てみたいなら話は別だけど」
はぁ、と軽く頷いて引き返そうとしたリュウを留める。
「お前、ちょっと時間ある?」
DDCでは2人に1台の割合である外線電話も、DDSではその半分だ。ようやく話を終え、受話器を置いた途端、電話はその役目を果たそうと奮起する。今度の相手は七海を要求した。携帯電話の番号は、本人を除いて口外してはならない。戻り次第、電話をするよう伝えると切った。先程の片桐の反応から、らしいといえばそうだが、七海は逃げたのだろう。まだ、そう遠くには行っていないはずだ。わざわざメモに書きとめるよりも、連れ戻すのが、一番早い。
取り出したのは小さなサボテンの作り物だった。それを手で包み込んで、開く。手のひらには倍ぐらいの大きさの、本物のサボテン。リュウは少し驚いて、視線を上へずらす。
「手品をされるとは、知りませんでした」
「いや、これはついさっき教わっただけで、別にやっていた訳じゃねぇよ」
もう一度同じ動作を繰り返した七海の手には、ピンクの花が咲くサボテンが載っていた。
「白峰さんに、ですか?」
「そういうこと」
一朝一夕で出来るレベルを超えている、とリュウはまじまじと七海の顔と手を見比べる。
「でさぁ、これ、喜ぶと思う?」
「え?」
「やっぱり貰ったからには返さないといけないし」
何の話ですか、という問いに、七海は口を開きかけて、まぁいいや、とさらに手を丸める。現れたのは赤いバラ。
「ついさっき、とおっしゃる割に、随分と仕込みがされていますね」
「バラは白峰から貰った。サボテンは自前」
もっともな答えが返ってくる。ふと、リュウは以前から疑問だった事を聞いてみようと思った。
「質問があるのですが」
「何?」
「七海先生が変装をとく時に、瞬時にいつもの服装に戻られるのも、マジックなんでしょうか?」
天才と呼ばれる少年の、どこかずれた感じのする質問に、七海は一瞬きょとんとして、笑う。
「あれがマジックだったら、本郷なんて存在自体がマジックになるじゃねぇか」
今度はリュウがきょとんとする番だった。七海の目線を追う。自分の頭上を通り越して――。
「本郷先生――」
何もないところから現れる。こういうのをマジックではなんと言うのだったか。そんな馬鹿げた事を考えつつ、リュウは慌てて立ちあがろうとする。いくら廊下の隅っことは言え、教師と生徒がしゃがみ込んで何かをやっている、というのは怒られても文句は言えない。
「すまないが」
掛けられた言葉に、一瞬意味を捉えかねる。
「七海は借りていく」
「俺は物じゃねぇ。その前に、これ全部終わってな――」
否定を許さない口調に、リュウが頷くよりも前に七海が反論する。しかし、その言葉も終わらないうちに、後ろに回りこんだ本郷は、立ちあがろうとすらしない男の襟首を掴む。
「ちょっ――」
声を上げながらも引きずられていく七海と、そんな抗議に耳も貸さず、まるでちょっとした荷物を引きずっているかのように歩いていく本郷を、リュウは唖然としながらも、しゃがんだまま身体を回転させて見送った。しかも、そんな状況だというのに、七海はまだ手品の続きをやっていた。バラの色が赤から白へ変わる。どうしたものかと思いながら、リュウは無意識に拍手をしていた。バラで本郷を指すジェスチャーをする七海を見て、先程の会話を思い出す。
「――さすがに、本郷先生は喜ばないと思うんですけど…」
呟いた言葉は届くまい。存在自体が不思議なのは、お互い様ではないのだろうか。
「天草君、そんなところでしゃがみ込んで、何をしているの?」
Aクラスの雪平から声を掛けられたのは、2人が角を曲がってしばらく経ってからだった。
「いいかげん、引きずるの、やめてほしいんだけど?」
「そうでもしないと、また逃げるだろう」
逃げたといえばそうだが。いや、自分に電話がかかってくるなんて思わなかったし。
「誰から?」
「1課の峰岸さんだ」
「…が何で俺に?」
「団先生から、聞いていないのか」
「…え。あの事件、俺が担当するの?」
やだなぁ、峰岸さん、苦手なんだけど。そんな事をぼやく七海を、本郷はじろりと睨めつける。見れば、手に持っていたバラが何時の間にか白に変わっていた。
「何をやっていたんだ、あそこで」
「お前にやる花を選んでいた。本郷先生なら何の花があうかなーって」
明らかに嘘であるが、どちらにしろ撒きこまれた天草が気の毒に思えた。
「男から花を貰う趣味はない」
「じゃぁ、女からならいいのか」
その言葉に、本郷はしばし黙り、投げやりな口調で返す。
「お前から花を貰う趣味はない」
050111
本郷先生の誕生日に、何をするか考え中の七海さん。素直に祝おう、というよりも「A CIVILIAN〜」と「Pessimistic〜」で貸しを作ってしまったのでそれを返そうとする感じです(笑)。
相手にリュウを選んだのは、たまたまいたから、というのもあると思いますが、七海さんの考えとしては、他の人が喜ぶよりリュウが喜ぶものの方が、本郷先生も受け取ってくれそうかな、という意図がある・・・とかないとか(苦笑)。他の人とはどこか違うという共通点で。
リュウは、七海さんのペースに逆らえない気がします。原作読んでいても、あ、リュウはギャグでも結構いけるかも、と思いつつ書いたものなので、ファンの方々にはご了承いただきたいです