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LYCORIS RADIATA


 いつもの雑踏。いつもと同じはずの光景。


 DDCに届く手紙は、依頼以外にも探偵個人宛てのものがある。極々稀だが、その中には悪戯も混じっている。そういう意味では、これはまさしくその典型。しかし――。
 片桐は首をかしげながら、静かな廊下を歩く。


「本郷先生宛てに、手紙が届いていましたよ」
 整った字でDDCの住所と、「本郷巽様」とだけ書かれた絵葉書。表に印刷された1輪の花。

 ――――仏閣巡りが趣味だとは知らなかったな
 ――――別にお寺を見たいわけじゃないの。あ、ほら、あれ

「彼岸花」
 当然の権利、とばかりに覗き込んできた七海が、被写体の名前を口にする。モノクロ写真でも、それがもっている鮮やかな色は、想像するに容易い。
「何?お前が昔泣かした女からの嫌がらせ?」
「七海君、それ、どういう意味?」
 確かに女性が書いたであろう文字ではあるが、何の根拠があってそんな事を言うのか、片桐には理解が出来ない。
「だって、彼岸花だぜ?花言葉は『悲しい思い出』じゃん」

 ――――花言葉なんて、根拠もなければ役にも立たないだろ
 ――――本郷君って、そういうところはドライだよね。詳しくても怖いけど

「――そうなのか?」
「ははぁ。さては心当たりがあるな」
 さすが俺、と腕を組んで胸を張る七海に、片桐が返す。
「想うはあなた1人、という花言葉もあるわよ?」
「それはそれで、ストーカーって可能性も」
「七海君」
 片桐に睨みつけられ、しかし、七海は悪びれもせず続ける。
「だってさ、死人花とか幽霊花とかさ。あまり良い名前で呼ばれていないじゃん。しかも恐ろしいくらい、彼岸の時期に調整して咲く花」
「あら、曼珠沙華とも言うわよ?おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天から降ってくる――仏教の経典から来たらしいけれど」
 この字はかつてよく目にしたものだ。今の職業は知っているはずだ。悪戯なら、筆跡を変えるぐらいのことはするだろう。七海の言う通り嫌がらせという可能性は――。

 ――――確かに、お彼岸に咲く花だし、お寺によく咲いているから、気味悪がる人もいるけどね

 今の時期は、それと分からない葉の群生だけ。花と葉を同時に見ることは叶わない。
「本郷はどっちだと思う?」
「――何がだ」
「彼岸花と曼珠沙華、どっちのほうが正しいか」
 正しいも何も。確かにヒガンバナ科ではあるが。
「学名は、Lycoris Radiataだろ」
「はぁ?」

 ――――何それ?学名なんて、知ってるの?じゃぁ、これは知ってる?

「リコリス、って美しい花につけられる言葉よね?ギリシャ神話の女神の名前じゃなかったかしら」
 軍配は私のほうに上がったみたいね、と片桐は笑みを浮かべる。一体、いつの間に何の勝負を行っていたのだろう。
「いや、絶対、これは嫌がらせだって。彼岸花には毒だってあるんだぜ?こいつがそんなキレイな花言葉や別名知ってるわけないし」
 本人を前にして堂々と断言する七海は、そうだ、と手を打つ。
「どうよ、本郷。同僚のよしみで、この七海光太郎が格安で調査――」
「七海君、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「痛い痛い!紫乃ちゃん!耳、ちぎれるって!」
 七海の耳を引っ張って、片桐はそのまま部屋から出て行く。1人残された本郷は、葉書に視線を戻す。
 『悲しい思い出』と『想うはあなた1人』。

 ――――『相思華』。『花は葉を想い、葉は花を想う』という意味から付けられた名前

 いつもと同じはずだった光景。無意識に認識していた、ほんの一瞬の交差。
 見なれていた姿が懐かしく変わるほどの時間。それは2人にとって同じ長さであっただろうか。




050130
本当は、BD-FESTAに出品しようと思っていた作品ですが、あまりにもあれなので(何)。
七海さんがやけに花に詳しいのがちょっと…ですが、そこはそれ。こういうことを詳しいのは紫乃ちゃんだけだと思うんですけど。というか本郷先生が知っていたら怖い(笑)
「相思華」は「サンチョ」と読むらしいです。韓国の言葉。彼岸花は、花が咲いた後に葉が伸びて、また花が咲く頃になると不思議と消えてしまうということで。確かに、葉っぱのついた彼岸花は見たことないですね。



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