PLEASE, HELP ME
「おーい。雪平―。雪平さーん。雪平桜子さーん」
七海の幾度めかの呼びかけに、くるり、と前方を歩いていた彼女が振り返る。
「何ですか」
言葉にはトゲがある。表情も然り。
「だから、編入試験のお手伝いをね」
Aクラスに欠員ができ、編入試験を近々行う事になった。その手伝いを彼女に頼んだのだが、「お断りします」と一言、今に至る。彼女の行動としては珍しい――自分に対する対応はともかく――学園の要請なら応じるのが彼女というもの。
「――七海先生、それが人にものを頼む態度ですか」
指差されたのは七海、というよりも。
「あぁ――」
何だ、そういうことか。つまり彼女は、今の七海の恰好が気に入らなかったわけだ。それにしても、たかがサボテンの着ぐるみぐらいで、心が狭い。キュウが勝手に渋澤学園に行った事に立腹中の本郷に勝るとも劣らない、機嫌の悪さだ。
サボテンが気に入らないのであれば脱ごうともがいているうち、雪平の姿は校舎の中に消えてしまった。
「確かに、怒るわね」
校舎の入り口でばったりと出会った片桐に、雪平の所在ついでに機嫌の悪さも訊ねてみると、ため息交じりの答えが返ってきた。
「何で?別に今更サボテンのひとつやふたつ歩いていても」
「この際、歩いている事については置いておくけど、彼女は先日、お気に入りの洋服を職員室に置いてあったサボテンのトゲにひっかけて破いてしまったのよ。それがあるんでしょうね」
「あぁ、そういうこと。そりゃ悪いことをしたな」
確かに、学園には七海のサボテンが――変装道具も含めて――あちらこちらにある。職員室なら彼女もよく来るし、そういう事もあるかもしれない。赴任してきた本郷の最初の一言が「あのサボテンを片付けろ」だった事も考えると、設置位置に問題があるのだろう。
「職員室と言えば、さっき本郷君が七海君の事を探していたわよ」
「本郷?Qクラスの授業は?まだ遠山と鳴沢が」
「それが、皆揃って渋澤学園」
「あー…それで、本郷は何て?」
「さぁ。怒っているみたいだったけど」
「あいつ、いつも怒ってるじゃん――あ」
「何か心当たりがあるのね。早めに謝っておいた方がいいわよ」
本郷よりもまずは雪平だ。一体どこへ向かうのか、尚も早歩きで校舎を出た彼女に追いついた。何しに入ったんだ、とツッコミを入れたら、永遠に会話の機会は訪れなくなる。
「さっきの話だけどさ、一応団先生からの要請だし」
無視。一応、が悪かったか。
「オレ的にも雪平が一番能力あるし、判断する側にもってこいだと思うし」
無視。可愛くない。
「片桐先生が霧咲島でのお前の活躍を誉めてたし」
少し歩みが遅くなる。オレはダメでも紫乃ちゃんはいいのか。
「本郷先生も、お前の方がQクラスにふさわしいと言ってたし」
さらに歩みが遅くなる。話の流れとしてはおかしいが、「Qクラス」は魔法の言葉だ。
「あ、そういや試験が無事に終わったら、お前に担当してもらいたい事件が」
停止。最強呪文は健在だった。
「それと、洋服の件はすまなかった。修繕が必要なら――」
「自分で直せましたから。それに――」
くるりと振り返る。
「同じAクラスに入ってくる人を選ぶのなら、自分の目で確かめたいって気持ちはあります」
顔にはいつもの勝気の笑顔。素直に頭を下げれば概ね機嫌は直る、というのが彼女の良いところだ。
これでもう少し七海に対して尊敬の念があれば、と思う。ないとは言わない。ただ、他の講師に対する態度と七海に対するそれとは、かなり違いがある。二人きりとなるとなおさら。思えば七海が学生服を着ている頃から、そして雪平がランドセルを背負っている頃からの知り合いだ。
「ついでにクラス入れ替え試験もやりませんか?」
「やりません。そう頻繁にやるもんじゃねぇの、あれは。それに、そんな悠長にやってられないから。さっそく――」
職員室で、と言いかけて、そういえば今あそこには本郷がいるのか、と気が付く。機嫌が悪い原因は、つい昨日、勝手に本郷の姿でDDCに顔を出した事に起因する内容に違いない。
「あー…雪平、腹減ってない?」
「お腹ですか?いえ」
「公園の前のアイスクリーム屋が特別デーで、半額なんだよな。オレ奢るから食べにいかない?」
「え?ちょ、あの、試験――」
雪平の背中を押して、校舎から離れる。謝っても機嫌が直らないのが本郷だ。しばらく時間を稼ぐべきだろう。
09/10/28
改めて原作を読み返してふと、Aクラスの編入試験って、キュウたちが渋澤学園にいるころから準備していたのか、と思ったり、そうしたら雪平嬢が手伝っていたらいいなぁ、とか。
あと、絶対キュウは無断で学園に行ったに違いない。