FOR YOUR EYES ONLY
自販機に並んだ缶のひとつに目を留め、七海は小銭を入れる。ガシャンという音、身を屈め伸ばした腕越しに、近づいてくる人物が見えた。リュウだ。何かを言いたげにしていたので、自分から尋ねる。
「何か用?」
「それは、僕の台詞です」
「何で?」
自販機から取り出したのは炭酸飲料。リュウにも勧めるが断られる。つれないヤツ。
自販機とゴミ箱と丸いテーブルに3脚の椅子。それだけが置かれた、廊下の隅。広い本校舎、あまり人の来ない場所はある。ここもそのうちの一つで、七海は密かに避難所と呼んでいた。そうは言っても監視カメラがあったりするが。座ったら?と自分も早々に着席する。
「僕、そこまで自意識過剰ではないと思うんですが」
リュウの最初の一言に、七海は目を丸くした。何の話?だがそれも、すぐに納得する。
「七海先生、やけに僕を見ていませんか」
七海は笑みを浮かべ、缶の縁を指でぐるりと拭った。いつの間にか身についた癖だ。
「そりゃ、教師だからな。生徒の言動には、それなりに注意しているけど」
「目が合った時でも、ずっと、ですよね」
「目を逸らしたら負けなんだぜ」
「真面目に答えてください」
リュウが憮然とするのももっともだ。探偵には観察が必要とはいえ、意味もなくジロジロ見られるのは嫌な気分だろう。相手はプロの探偵、何か理由があるのではと。
「別に、たいした理由じゃないんだ。お前って、どんな表情するのかなって」
「表情?」
「お前を見てると、別の高校行っていた知り合いを思い出すんだよな。顔が似ているとかって訳じゃないけど。で、ちょっと相似点を探していた」
リュウの表情が和らいだ。何だ、と言いたげだ。探偵として観察されているのではなさそうなら、少しは楽な気分になる。それでも愉快ではない。
「そんなに気になりますか?僕、そこまで変な表情をしてはいませんけど」
うーん、と七海は天井を仰ぐ。
「そいつがさ、無表情というか、無愛想でさ。オレの前だと、いっつも厳しい表情しかしてないの。コイツ、学校でどんなんだろうって、こっそり見に行ったことがあってさ」
プルタブを上げる。プシュッという心地よい音がした。
「そしたら、普通なんだよ。無愛想には変わりないけど、それなりに笑うし楽しそうだし、な。何だ、フツーの人間なんだって」
「――意外でしたか」
話の流れから、リュウはなんとなく口を挟む。
「ん」
テーブルに置いたままの缶から、甘い匂いが漂ってくる。耳を澄ませば、パチパチという音も。
「意外っていうより、寂しかったな。アイツの中で、オレってどんな存在なんだろうってね。あの厳しい表情は作っているのか、オレの前で笑うことってあるのかって」
リュウは小さく息を呑む。それまで見てきた彼とは違う表情があった。ふと七海が顔を上げ、視線が合う。いつもと違い、外したのは七海からだった。
「あ、変な話をしたな、悪い」
「いえ、そんな事は」
しかし、それで自分が出てくるとなると、共通点は何だろうか。表情。自分が無意識に時折つくる、意図的な表情。それは、幼少の頃の生活から身についてしまったもの。それを七海は見抜いているのだろうか。
「まぁ、そんな訳でさ」
少し表情が固くなったリュウとは逆に、七海はいつもの調子を取り戻したかのように、笑顔になる。
「お前にも、誰にも見せない顔とか、オレにしか見せない顔とかないかなーと思って観察していたわけよ」
いつもの調子、ということは、すなわち自分をからかうことも入っているのだ。リュウは思わず身構える。
「今の表情は七海先生にしか見せないと思いますけど」
「超つまらなさそうな顔してるけど」
「えぇ」
「じゃ、お詫びに、オレのお前だけに見せる表情、してやろーか?」
「結構です。失礼します」
名前を呼ぶ余裕すら与えず、リュウは立ち上がり去っていった。残された七海はしばらくそれを見送り、コツン、とテーブルに額をつける。
「やっぱオレ、優等生とは相性悪いのかなぁ」
顔を横に向けるとカラフルな缶が目に入る。そのままの姿勢でどのくらい経っただろうか、缶の向こうから近づいてくる黒いものが見えた。
「何をしている」
「気が抜けてさー、まずくて飲めないじゃん。どうしようかなって」
「食べ物を粗末にするな」
じゃぁ後でドクロちゃんに炭酸入れてもらうよ。テーブルにぺったりと張り付いたまま、七海は目線を上げる。相変わらず無愛想だ。でも、少し違う。自分に見せるものと他人に見せるものには。
実はそれが密かに自慢でもあった。どんな表情であれ、自分だけに見せる顔がコイツにもあるという事が。
「オレの気も抜けてんだよね」
「あと5分で会議が始まる」
「じゃーさー、連れてってよ。お姫様抱っこで」
返答なし。おそらく仕事の書類だろう、ばさばさと置いて、去っていく。缶越しに見えなくなったところで、七海は笑う。
「やっぱ似てるよなぁ、あいつら」
07/11/18
リュウ君ハピバと見せかけながらも本郷先生のお話(笑)。七海さんはコーラよりファンタの方が似合いそう