WHO IS IT THAT OBTAIN EVIDENCE ?
面倒な男に目を付けられた。信号待ちをしている際、目の前に止まったバスの窓。そこに映った人物は、自分から3人ほど間を置いて立っていた。
信号が変わると同時に、ゆっくりと歩き出す。予定通りの時間。駅に着き、改札を通ると、ちょうど電車がすべりこんでくる。少し早歩きで3両目に移動し、乗る。左右を見渡せば、隣の車両にあの男がいた。時間的余裕を見ないで行動すれば、ここで撒けたかもしれないが、後の祭り。さて、どうしたものか。
途切れることなく人が行き交い、老若男女、国籍、その他もろもろの区別が無い雑踏で、その姿が目立つかといえば、否である。これが、閑静な住宅街や時間を外した喫茶店なら、人の記憶に残る確率は高いのだが。
だからこそ、見失ってはいけない。気がつかれてもいけない。彼は必ず、手にするはずだ。こちらにとってはなくてはならない、彼にとってはあってはならない、証拠の赤い紐を。そんな基本事項を確認しなければいけないほど、男は悠然と歩いている。
電車のドアが開く。目の前に階段がある。少し早歩きで上り、外にでる。そのまま、改札横の外壁にもたれ、様子を見る。男は少し遅れて小走りでやってきて、何気なく辺りを見渡し、自分の前を堂々と通り過ぎていった。
自分の行き先が分かっているのか、他の手を考えているのか。前者の可能性は高い。だが、後者も十分に考えられる。要は、ここに留まっていても仕方が無いということだ。証拠を押さえられなければいいだけの話。万一、それが無理なら、始末してしまえばいい。
男がやって来たのは神社だった。足を向けたのは雑木林。だが、付近には家族連れ。まだ遠い位置とはいえ、それを確認したのか、男は少し迷ったかのように、足を止めた。そして踵を返し、辺りを散策し始める。やはり目立つわけにはいかないということか。機会をうかがっているのだろう、奉納された大量の絵馬を時に手に取り眺めている風を装いながら、視線は常に雑木林へ向けられている。
つまり、あの場にいかなければいけない事情が彼にはある、ということ。彼の視界に入らないよう、雑木林の入口へ近づく。別にこちらは、あの男にさえ見られなければいいだけだ。
男の姿は見えない。もっとも、視界に入らないだけの話で、いないという結論には達せない。ベンチに老人が1人。赤い風船を、子供に渡している。家族連れもちらほらと見かける。目的の場所に、運よく人はいなかった。鞄を地面に置き、身をかがめ靴紐を結び直す。そういう、振りをする。木の根元に、土で汚れて一見しては分からない、証拠の物。引き抜き、コートのポケットに入れる。後は、これを処分すればいいだけ。
顔を上げると、赤い風船がゆっくりと漂っていた。さっきの子供のだろうか。風がないのが幸い、立ち上がり、それを掴む。振り返りベンチの方を見る。子供はいない。老人も。
腕を、捕まれた。
雑木林の中は薄暗いが、そう広いわけでもない。男が探しているのは、人の首を一周させることはできる長さの赤い組紐。アクリル製で、どこでも手が入るもの。しかし、色は目立つ。その辺りに放り投げられているということはなさそうだ。
目が慣れるのは早い。程なくして、不自然な箱が目に入った。不自然、というのは、ごみとして捨てられたようには見えない、ということだ。地面に埋められ、枯葉が覆いかぶされている。だが、風で飛ばされたのか、一角が見ていた。
枯葉を払い、慎重に蓋を開けていく。あの男はまだ絵馬を眺めているのだろうか。そういえば、赤い紐は絵馬にも使われていた。その考えが頭に浮かんだ瞬間、紐が目の前に『落ちて』きた。声を出す前に、首に紐が触れる。
『ゲーム・オーバー』
腕を掴んだ手は、老人のもの。だが、そこから辿った顔は、よく見知った後輩のもの。
「…それも、ありなのか」
「別に、変装がダメなんて聞いてませんから」
少々憮然として言った須藤に、七海は笑って、セーターの襟元を掴み、次の瞬間にはいつもの白いスーツに戻っていた。
「この場所は、分かっていたのか」
「何となく。この駅からだと、時間的にも場所的にもここぐらいしかないじゃないですか。で、ぼーっと座っていたら案外近くでラッキーでした」
「何だ、物の在り処までは分かっていなかったのか」
拍子抜けした問いに、七海は肩をすくめて答える。
「探すにしても、先輩が来るまでそんなに時間がないだろうと思ったし。あとは、コレですよ、コレ」
自分の目を指す。
「靴紐なんてほどけてないのに、結び直そうとする。腰を曲げて座ってると、人の足元を凝視したって周りからは不審がられませんからね」
変装さえなければ、まだ手は打てた、と思うのは嘘ではない。こんな瞬時に他人になれる人間に当たったことが、運のつきだとあきらめた。失礼、とコートのポケットから『証拠』のナイフを取り出す。もっとも、刃は付いていない。じゃぁご同行願いますか。お前と歩くのは目立つ。じゃぁさっきの老人になりましょうか。他愛ない会話をしながら、来た道を戻る。
首に巻きつけられた紐を解き、佐久間は斜め後ろを振り返った。外見も内面も個性的な人間が多い社内で、とりわけその傷は目立つ。傍から見たらまるっきり殺人未遂現場だ。
「…絵馬か」
「絵馬です」
短い問いに、短い答え。本郷は渡された紐を、コートのポケットに無造作に収めた。絵馬の短い紐で、人を絞殺するのには無理がある。だが、長い紐を絵馬に通すのは容易い。他のと同じくらいの輪を作り、残りは適当に結んでおけばいい。あとは大量にある絵馬の下の方に吊るしておけば、まず目に付かない。
「これでお前が本当の犯人なら、俺はここで首を絞められていたわけだ」
身長は自分の方がやや上。だが、箱があったが故に、本郷は楽に紐をかけることができた。この用意周到さは、犯罪者側に回ったら手に負えない。同僚としても厄介だと思うことが多いのに。
「ところで、その箱は何です?」
「何って」
お前が用意したんじゃないのか。その言葉に、本郷は目の動きで否定した。佐久間は改めて箱に手をやる。中には何か入っているようだった。
「…まさか、本当の事件なんざ、言わないよな」
蓋を取る。そこに入っていたのは、ビーズのネックレスや戦隊ヒーローのカードなど。思わず顔を見合わせたところで、入り口の方から子供たちの声が聞こえてきた。宝の地図がどうこう。
2人は慌てて箱を戻し、枯葉を被せて立ち去っていった。
◆◇◆◇
「1勝2敗。残り、7試合。まだまだ、分かんないな」
七海は簡単な表が書かれた紙に、○×を付けていく。
「終わったら、攻防チェンジか。お前に尾行されるはご免こうむりたいな」
「くじ運に祈るしかないでしょうね」
佐久間の軽口に本郷が返す。
「俺も、お前を尾行するのは嫌だな」
「え?ヒドイ。オレそんなに魅力ないですか?」
須藤のぼやきに、七海はオーバーアクションで答える。軽いノックの音。ドアが開き、顔を覗かせたのは片桐。
「お帰りなさい。どうでした?」
「アイム、ウイナー」
「そちらは?」
「ミイラ取りがミイラになった、とでも言うべきかな」
片桐はにっこりと笑って、これお願いしますね、と紙を差し出した。
2チーム各10人に分かれて、尾行を行う。時折、気まぐれとも言われるタイミングで行われるDDCの基礎訓練の一種だ。大体「普通ではつまらない」という理由で余計なオプションが付いたりもする。今回で言えば、チーム対抗戦。勝敗はチーム全体でつけるが、勝負自体は個人戦。『犯人』は、団が作ったある事件の証拠の品を渡され、それを隠す。一方、『追跡者』はくじで尾行する相手を決め、証拠の品と相手が動く日時と場所を教えられる。制限時間は30分。犯人はその時間内に証拠品を回収しなければ負けとなる。尾行を撒くか、証拠品を手に入れたところを押さえられなければ勝ち。余裕があるなら『追跡者を始末する』ということも許されている。また、追跡者は先に証拠品を探し出してもいい。
「尾行能力より、犯人としての資質の方が試されている感じだな」
「時に、私達が犯人から追跡されることもあるでしょうから、尾行を撒くのも大切なことよ」
各自、簡単な報告書を書き、場所を移動する。業務の合間を縫って行っているものだ。準備も僅かな時間で行う。終われば速やかに報告をし、仕事へ戻る。
「今回は結構地味だよな。時間制限もあったからそこまで凝れないし」
「探偵の仕事に、目立つ、という事があるとでも思っているのか」
「そうだけどさ。あれは楽しいよな。予行訓練。世紀の大強盗 VS DDS」
「聞いたところによると、また何かしら開発しているらしいわよ」
「お?じゃぁ、リターンマッチってこと?オレらに勝とうなんて、ドクロちゃんもいい度胸してるじゃない。なっ?」
「…何故、俺に振る」
「だって、采配決めるのは団先生だろ。また組む確率、高いと思うぜ」
「そうね。ドクターが出てくる場合、どちらかというと、科学研究班の性能実証実験に近いものだから。2人ぐらいしか適材はいないと思うわ」
「……」
本人達にとっては何気ないであろう会話を聞きながら、DDSにノータッチの佐久間と須藤は、一体、向こうでは何をやっているんだ、という思いを隠せなかった。
07/02/01
WEB拍手で七海さんが提案した尾行ゲーム(?)が原形でしたが。あくまで原形
分かりづらい文章構成ですみませんが、須藤さん(犯人)VS七海さん(追跡者)、本郷先生(犯人)VS佐久間さん(追跡者)の交互です。
何か、どんどんDDCがイベント目白押しの会社になっていく…。予行訓練というのは、COUNTDOWN〜のお話です。
ちなみに佐久間さんと須藤さんは、K砂さんの御本から拝借しました〜。無断で(ごめんなさい!)