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THE CONVERSATION THAT IS NOT BLAMED


 淡い空の色。綿のように浮かぶ雲。その境は、曖昧だ。

「なぁ、おっさんって、そっちの人?」

 松葉杖を隣に、ベンチに座って本を広げていた本郷は、その声に軽く振り返った。屋上の出入は自由だ。もっとも、ここに来る人間のほとんどが、1人の時間を欲していることもあり――話をしたければそういう場所が用意されているのだから――話しかけるような人は稀だ。その低確率に自分が当たるとは思わなかった。ドアを開けてから足音は真っ直ぐこちらに向かっていた。そして、かけられた言葉。明らかに、自分を目的としていたのだろう。
 こちらに背を向け、ベンチの背にもたれるように立っている少年。
「そっち、とはどういう意味だ」
 探偵という職業柄、ものを尋ねておいて顔を見せないような人間には慣れている。顔を戻し暇つぶしに言葉を返す。
「そっち。見舞いに来る人とか、よく部屋に来ていた人も、何となくそっち系だから」
 答えにはなっていないが、彼の言葉に納得する。部屋によく来ていた人は、顔見知りの4課の刑事。あちらもあちらで2週間の怪我で、偶然、隣の病室に入院していた。見舞いに来る、というのは、その刑事の見舞いがてら顔を見せた彼の同僚。4課の人間は、強面で荒々しい人間が多い。どちらがヤクザか分からないと暴力団員に言われたのも1度や2度ではない。つまり、この少年が言いたいのは、そのことだろう。
 ――そんな回り道しなくても、自分の外見だけでわかるだろ。
 頭の中で七海の声が聞こえた気がしたが、無視をする。
「…何の用だ」
 肯定も否定もせず、別の問いを投げかける。背もたれに置いた手は細く、見たところ何も持っていない。敵意があるわけでもなさそうだった。
「拳銃ってさぁ、どこに行けば、手に入る?」

 時折吹く風は、弱く、心地よい。
「…何故、それを聞く」
「手にしたいから」
「何のために」
「拳銃って、そんなに使用用途があるの?」
「細かく分類すれば、限がないだろうな」
 日本においては犯罪の目録内に収まるとはいえ。
「おっさんって、変わってるな」
 彼の言う『そっちの人』にしては威圧的ではなく、一般人にしては反応が薄すぎる。そう言いたいのだろうか。あぁ時間だ。少年は呟いて、ベンチから離れた。今度、その分類と手に入れる方法を教えてよ。持ち出した話が咎められなかった故の、約束。扉が閉まる音。本郷は、身体ごと振り返り、また、何事もなかったように本を開いた。


「ほっんごうくんっ」
 変なリズムで人の名前を呼ぶ知り合いは少ない。否、1人だけだ。満面の笑みでやってきた七海に、本郷は特に反応を示さず、何の用だ、とだけ聞き返す。今日だけで2回目の言葉。
「何って、お見舞いだよ、お見舞い」
「手ぶらでか」
「オレの誠意で十分だろ」
 帽子を手に、仰々しくお辞儀をする。だが、顔を上げた時には、表情は『探偵』のものに変わっていた。
「あの少年は、来たか?」
「あぁ」
 随分と病室にいなかった。お前を探していたんだろうな。すぐに戻っていったのは、そのせいか。この時間、彼は検査をしているはずだ。
「何か言ってきたか?」
「拳銃はどこで手に入るか聞いてきた」
「それはまた」
 大げさに肩をすくめて見せる。報復殺人でもするつもりかね。可能性がないわけではない。
「で?」
「また、聞きに来ると言っていた」
「お前って、不良少年に好かれるよな」
 ある事件の被害者の遺族。遠い親戚から、少しの間、見守ってくれないかとの依頼を受けた。犯人は権力を笠に着、未だに捕まっていない。彼自身が負った怪我が治れば、非行の前歴がある故、敵討ちでもしかねない。そういう内容だったらしいが、たまたま彼の病室の斜め前に本郷がいた、という時点で、七海は半分ぐらい、仕事を放り投げた。本人に言わせると、委託した。さらに、これも偶然に本郷の隣の病室に入院していた4課の刑事らに頼んで、少年に『その筋の者』と思わせるよう仕向けた。こうすれば、彼は『そういう話』を本郷に持ちかけるのではないか――。
「んんっ、やっぱオレって天才。計画どーりっ」
 得意そうに鼻をこすった七海の後頭部を、松葉杖で小突き、そっちはどうなんだ、と訊ねる。
「まぁまぁ順調。警察が手を出せないときこそ、オレらの出番だしな」
 少年が行動を起こす前に、逮捕にこぎつける。その為の証拠を積み上げる。
「懐かれたんだから、そのまま面倒見てやれよ。どうせ、お前も暇だろ」
「暇つぶしに事件を押し付けるな」
「事前抑制も大事だろう、本郷君」
 少年が、そういう気を起こさないでくれれば、または思いとどまってくれれば、越したことはない。たとえ入院中でも使える者は使う。ゆっくり静養したまえと言っていた上司は、極々自然にその言葉を翻す。声色をまねた七海を睨む。
「じゃ、オレはそろそろ行くわ。お前は?」
「しばらくここにいる」
 その言葉に、七海は心底残念そうに声を上げた。
「お前の松葉杖突いている姿なんて、そうそう拝めないのに」

 鈍い音と恨みがましい捨て台詞と扉の閉まる音。雲は完全に空に溶けた。




07/02/08
本郷先生は足を怪我したんだから、一時期とはいえ松葉杖だったんだよなぁ、という事を考えていたらこんな話になりました(関係ない)。続きそうで続かなさそうな話。
七海さんは女の子との組み合わせ、本郷先生は少年(どちらかといえばチンピラ的な/笑)の組み合わせが書きやすいです。
そして本郷先生を「おっさん」と呼ばせる事に何の抵抗もない私は本郷先生ファンです。





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