A CIVILIAN CLOTHES DAY
8月20日。午後3時半。
七海は一人、公園の鉄棒に腰掛けて、ぼんやりとしていた。多くの子供達で賑わうであろうこの場所も、この時間帯は嘘のように人気がない。普段の自分も、DDSで授業をしている頃だ。
「臨時休校ねぇ…」
思わず口から出た言葉。その話があったのは一昨日。19日から22日までの4日間、臨時休校にする。どういう訳か、ドクター・ドクロから発表があった。団は、少しずれたが盆休みだと思って――と言っていたが、DDCにもDDSにも過去盆休みや正月休があったためしはない。理由を問いただしても、科学班の作業のため、という答えしか得られず、科学班を除いた全教員・生徒に対する強制休暇は執行されることになった。
しかし、突然4日間も休みになると、何をしていいのか困るのも事実だ。この話が出たのが1週間前だったら、何かしらの計画も立てられただろうに――。実際のところ、済ませなければいけない用事は今日の午前中までに終わってしまい、することが思いつかないまま外に出て今に至っている。
そういえば、俺、今日誕生日じゃん。何気なく見た携帯画面に表示された日付。いつもは事件の〆切や授業時間といった時間単位で動いている分、日にちに関しては疎くなっているのだろうか。そもそも、変装をするたび誕生日も年齢も変わる自分にとっては、『特別な日』と固執するのは得策ではない。
特別な日といっても、考えてみれば、七海は子供の頃に友人を招いての誕生会というものをやった記憶がない。それは夏休みということもあり、何より自分自身が祖母の家に行っていたりしたので、友人に会うことが稀だったからだ。もちろん、祖母の家では親類が祝ってくれたし、新学期が始まれば友人達も祝ってはくれたが、誕生日当日に友人から、というのは数えるほどだ。現在のように携帯があったわけでもない。
今はといえば、そもそも自分の誕生日を知っている人間が、周りに何人いるだろう。紫乃だったら、何かしらコメントをくれるだろうが、今日会うことはないだろう。――あいつは、まず知らないだろうな。祝うということとは縁が遠そうな同期の顔を思い浮かべる。あと可能性があるとすれば――いつのまにか真剣に考えてる自分に、もしかして俺って寂しい奴か?と自問自答をし、身体ごと空を仰ぐ。木々に遮られた光は、真夏日であることを忘れるくらい柔らかい。
「こんなところにいたのか」
「うわっ?!」
突如かけられた言葉。意表をつかれバランスを崩した体は、そのまま後へ倒れ――とっさに足に力を入れて、落下は免れた。逆さ釣りの状態で、鉄棒の高さが十分あってよかったと、地面とかろうじて離れている頭を確認する。視線の先にあるのは黒い靴。顔を上げる。ミッドナイトブルーのジーンズ。黒の開襟シャツ。そして自分を見下ろすのは――。
「本郷」
見なれた人物の、見なれない服装。いくら気が抜けていたとは言え真後ろに立たれるまで人の気配に気づかないとは、と思ったが、コイツならしょうがない、と半ば不戦敗の気持ちで納得する。本郷はその存在感とは裏腹に、気配を消すのに長けている。むしろ、意識して気配を消しているというより、意識しないと気配を表すことができないんじゃないだろうか。探偵ではなく暗殺者になっていたら、俺は殺されるかもなと、舌を巻いたのは内緒だ。
「お前の私服なんて、初めて見たよ」
腹筋に力を入れ、体を起こした七海に、お互い様だろうと本郷は答える。七海はといえば、薄緑と白のボーダー柄のパーカーに、カーキのパンツ、黒のスニーカー。探偵に制服というものはないが、各自それなりの理由を持って決まった服を着ている者も多い。本郷なら、凶器を持って襲ってくる犯人に対する、手ごろな防護服として。七海であれば、服装だけで『七海光太郎』という人物を印象付けるため――。
「何をしているんだ?」
「日陰ぼっこ」
本郷に背を向けたまま答える。木の影になったこの場所は、公園の中で唯一涼しい場所だ。表現はともかく言いたい事は間違ってはいない。ふざけるなという言葉を想像していたが、返ってきたのは、なるほど、というつぶやきだった。いつもらしくない本郷の反応が気になり、思わず振り向く。
「…何、お前でも携帯でメール打つの?」
「悪いか?」
「似合わねぇ」
正直な感想に、本郷は微かに眉をひそめ、それでも画面から目を離さない。
「ところでお前は、何でこんなところにいるんだよ?」
「探し物だ」
「そりゃ、はるばるご苦労様。でもこっから先は店なんてロクにないぜ?俺も今日初めて来たけど、家ばかりで」
七海の家からこの公園までは徒歩15分――ただし駅とは逆方向。本郷が住んでいる場所からだと、電車で2駅、さらに30分ぐらいかかるはずだ。こんなところまで来るとは、よほどの物なのか。それ以前に、何かがひっかかる。その検討がつかないまま、本郷が携帯を閉じるのを眺める。
セミの鳴く声。夏にしては珍しく、乾いた風が流れる。言ってみようという気になったのは何故だろう。
「――あのさぁ。俺、今日、誕生日なんだよね」
「そうか」
「…そうかって、それだけかよ」
多分そうだろうなとは思っていたけど。別に本郷になんか祝ってもらいたくねぇし、とぼやいていると。
「酒でも奢ってやろうか」
「…へ?」
あまりに意外な言葉に、思わず間の抜けた声を出す。おそらく表情も、相当間抜けだったに違いない。本郷の目が、何だその顔は、と問い掛けていた。
「…いや、今、すごくありえないことを聞いたような…天変地異の前触れか?」
「なら、撤回する」
「いやいやいや、撤回しないでいい!ありがたく、ごちそうになる!」
去ろうとする本郷を慌てて呼び戻す。どうも、調子が狂う。服装のせいだろうか。悟られないように、酒を奢ると言われて断るなんざ人間のすることじゃない、と笑ってみせる。
「店が開くまでにはまだ時間があるから、しばらくここにいようぜ」
「…大人が、子供の遊び場を占領していいのか?」
「いないうちなら構わないだろ?」
相変わらず鉄棒に腰掛け、足をぶらぶらさせている七海に、本郷は何も言わず鉄棒の支柱に背を預ける。セミの鳴き声も、風も、しばらく止みそうにない。
お互い背を向けたまま、短い会話を何度か交わして、どのくらい時間が過ぎたのだろう。
「七海君、こんなところにいたの」
本日2度目。後ろからかけられた言葉。
「紫乃ちゃん」
傾きかけた日差し。白い日傘に、淡いブルーのワンピース姿は、探偵という言葉を連想させるには程遠かった。
「何でここに?」
「お誕生日、おめでとう」
七海の問いには直接答えず、にこやかにお祝いの言葉を述べる紫乃。思わずいつもの調子でサンキューと返して――。
「――本郷、てめぇ!」
ようやく繋がった違和感。こんなところにいたのか。それは、探していた相手にかける言葉。本郷が紫乃に、紫乃が本郷に反応しない理由。それは、この場所に来ることが、そして、いることが分かっているから。さっきのメールの相手は、彼女。思わず突っ掛かった七海に、紫乃は、私が誘ったのよと間に入る。
「突然休校になったから、たぶん予定も入っていないだろうし、ささやかにお祝いしないかって。でも、どこにいるか分からなくて探していたの」
携帯で呼び出すのもつまらないでしょ?と、普段は見せないいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「…にしても、よく本郷が誘いに乗ったな」
「暇だったからな」
「俺の誕生日は暇つぶしかよ」
ちょっと待て、と自分の発言で思い当たったこと。
「ってーことは、本郷、今日が俺の誕生日って知ってたんじゃないか」
「知らないとは言っていない」
睨みつけても全く意に介さない。あぁ、そうだな、嘘は言ってないよな、探し物ってのは俺のことか。ふてくされて続けた言葉に、本郷は微かに笑った――ように見えた。
「よし決めた。今日は、お前の一ヶ月分の給料、全部胃袋に収めてやる」
決意を込めた七海に、紫乃は、そんなに飲んだら胃がおかしくなるわよ、と笑う。一ヶ月分の給料の支払いを要求された本郷は、勝手にしろ、と話を流した。
「ここから少し離れているけど、美味しい店を知ってるの。そこに行きません?」
別にどこでも、と鉄棒から離れる本郷。俺もどこでもいいよ、と言いかけて、七海は気がつく。いくら優秀と言われる探偵でも、人の気まぐれな行動を追うのは難しい。第一、七海だってこの場所に来たのは今日が初めてなのだ。そんな自分を探すために、この炎天下の中、2人はどのくらい街中を歩き回っていたのだろう。事件でも、仕事でもないのに。携帯を使えば、すぐに済む話なのに。それを思うと、おかしくて、少し悔しいけど嬉しくて。
セミの鳴き声が止む。
「七海?」
「七海君?」
歩き始めた2人が振り返る。今行く、と鉄棒から飛び降りる。半月分の給料で我慢してやるよ。聞こえないように呟いた。
040905
『CIVILIAN CLOTHES』は、『軍服』に対しての『私服』、という意味です。
『軍服』を脱いだ時は『個人』であるわけですから、普段の『プロの探偵』としてのやりとりとは違ったものを書きたいな、プロ同士だからこそ起こる衝突も、この日だけはなくてもいいのでは…と思って微妙に挫折しました(凹)。
主役なのにカッコよくかけなくてゴメンナサイ。
七海ちゃん、お誕生日おめでとうございます!