ALWAYS, HE IS NEAR HIM
桜も随分と散ってしまった。
窓からの風景にしばし目を留め、真木は手にしていた書類を整理した。校内医も兼ねる真木は、DDSの生徒の健康診断――むしろメンタルケア――を終えたばかりだった。
開け放されたドアの向こうを見知った人間が横切る。
「本郷君」
過ぎた姿に声をかければ、律儀に引き返してくる。
「時間があれば、お茶でもどうかな」
「半年経って、やっと落ち着いてきたね」
湯気を立てる緑茶を手渡し、そう切り出した。
「足も、すっかり良くなった」
「――えぇ」
彼にしては珍しく、返答に一瞬の迷い。分かっているのだ。脳神経科を専門とする真木を、そして自分自身を騙すことは出来ないと。
良くなった。確かに、常人であれば、お墨付きで言えること。歩くことも走ることも出来る。以前のように足を引きずることもなくなった。怪我を負う前と、何ら変わらない。
しかし。神経を傷つけたのは、事実。時間として捉えられなくとも、ほんの僅かの反応の遅れは、彼にとっては時に致命的になり得るだろう。今はまだ、足を庇う癖が抜け切れていないのが、さらに拍車をかける。
だからと言って、この男が今までと方向性の全く異なる任務に就くか、というと、疑うことなく否定できる。
そういえば、と少し、わざとらしく話を変えた。
「彼も、もう問題ないよ」
半年も経てば、あの程度の怪我はすっかり治る。本郷は湯のみを机の上に置いた。
「そうですか」
七海は袖のボタンを留めながら、答えた。
「ま、あいつが足を引き摺っているのも見ものでしたけど」
ジャケットを羽織る。
「忙しいんだし、どんどん仕事回さないと、こっちの身が持たないですよ」
半年前から、目に見えぬ重圧と目に見える仕事の山で走り回っていた男は、確認するように腕を回した。
「うん、大丈夫」
帽子を手に、どうも、と部屋を出て行った。
「大丈夫、か」
神経を傷つけることなく、銃弾は貫通した。厳しい目で見ても、医学的には何の問題も残っていない。しかし、その仕事柄、怪我には人一倍気を使っていた彼にとっては、どうなのだろう。わざわざ言及しなくとも、本人が一番分かっていることだ。
相次いだ来客が去って、書類の整理も終わり、真木も帰宅の準備をする。
「似たもの同士、とは言わないけれど」
二人とも、自身より相手の怪我に対してのほうが、敏感だ。共にプロの探偵だというのに、どういうわけか、盲目的に相手は頑健であると思っている節がある。怪我を負ったり病に倒れたりすれば、あからさまに心配するわけでもなく、何かしらのフォローに入るのでもなく、しかし、常に頭の片隅にとどめて置く。治ったと分かれば、少しばかりの安堵と。
「あぁ、なるほど」
互いが互いを利用しているからか。言葉は悪いが、つまり、使えるようになったかが問題なのか。
彼らほどではないにしろ、長年の付き合いだ。その程度は、薄々ながらも分かるようになった。
それが、意地の張り合い、建前であることも。
真木は、それぞれの主治医から預かったカルテを鞄の中へ入れ、部屋の電気を消した。
06/04/22
あの二人の怪我がどの程度なのかはよく分かりませんが、傍から見て大丈夫でも、本人が大丈夫と思うのと、特定の人が大丈夫と思うのは別の話。