HE IS SUITABLE FOR AN ACTOR
人が降ってきた。
最初、男は猫か何かだと思った。そのくらいの身軽さだったが、塀から飛び降りてきたのはまぎれもなく少年だった。
少年は周囲に何ら注意を払うことなく――10メートルも離れていない男にさえだ――スタスタと歩き始めた。
男は微かに口角を上げた。
彼なら、今回の役者として申し分ないだろう――。
男は役者を探していた。そう、役者と言うのが最もふさわしい。
少年の後を付ける。着ている制服はだらしなく、目的もなく歩いているようにも見える。
少年が降ってきたのは高校の外壁だった。つまり、彼はそこの生徒なのだろう。下校するには時間も場所もおかしく、つまりはサボタージュ。しかし、少年を追うような足音や声は聞かなかった。
よほど見つからない用に抜け出せたのか、あるいは常習者で周囲も気に止めないのか。
後者であることを願い――ほぼ確信し――男は歩いていく。
少年はまだ気が付かない。
「良いことでもあったか」
その日、男の上司――ここを会社とするならばそういう関係が最も適切なのだろう――が戻ってきた男の顔を見て言った。
「ええ。次の舞台に良さそうな人材を見つけました」
その舞台は半年も先の事。だが、役者は早く見つけておくに越したことはない。
少年はあの後、ゲームセンターに入っていった。男はそこで尾行を終了した。
まだ半年もある。急いで不審がられてはいけない。
それから1週間、男は学校から帰る少年を付けた。付けたと言っても、他の「役者」を探す片手間程度だ。少年は未だ男に気がつかず、また学校を出る時間こそ違うものの、いつも同じゲームセンターに寄った。そこでは顔馴染みなのだろう、他校の学生や年上であろう人と笑い合う姿もみられた。しかし、顔をそむけた途端、少年の表情は変わる。
つまらない。一言で言えば、そういう表情。
そういう若者は多い。だが、それだけで終わる者も多い。ゲームセンターにいた、少年と会話を交わした者たちもほとんどがそうだ。少年との違いは、素質と機会があるかないか。
男は役者を探していた。彼の演出する舞台に必要な、出来る限り、世間と関わりのない人間を。
どうやって接触しようか、と考え始めた途端、それは不可能になった。連休だから出かけている、という話ではない。接触場所として最適と考えていた、彼が通っていたゲームセンターが全焼したのだ。そして少年の姿も見失った。家に帰った様子はない。同級生として行方を尋ねることもできるが――その時に初めて、男は少年と年がそう違わないことに気がついた。それは自身の境遇が一般的な高校生と違いすぎるから、というのが関係しているのかもしれない。何にせよ、家族や同級生に訊いても無駄だろう。少年は、それらにあまり関わりを持っていない。
また別の役者を見つければいいだけの事。
少年を見つけたのは、それから2週間後だった。
それは偶然であり、同時に、彼を役者にするのは無理だと悟った。
少年には仲間がいた。
ゲームセンターで会っていたような人間とは違う。高校生の男女。だが、学校は違う。何故、彼らが一緒にいるのだろう、と首をかしげたくなる組み合わせだった。男女だけなら――男子生徒は公立、女子生徒は私立の女子高で、ともに進学率が良いことを考えれば、塾の仲間と考えられるが、そこに少年が加わるのが解せない。
確認しようと尾行を始めてすぐ、男子生徒が振り向いた。とっさに路地に身を隠したものの、彼の視線がまだこちらを向いているのが分かる。そのまま、踵を返すことにした。
「例の舞台はどうなっている」
上司が訪ねた。
「もう一度、役者探しから始めます」
その割に失望した風でもない。男にとって役者は大事なもの。今回の舞台に最もふさわしいのはあの少年ではなかった。それだけの事。
「ならば、一旦、こちらに力を注いでもらいたい」
「なんでしょう」
「団守彦が、探偵社に付随する形で、学校を作った」
「学校、ですか」
「探偵学校だ。これからは、自分の後継者を育てていくことに力を注ぐつもりらしい」
上司が何を言いたいのかは、皆まで聞かずとも分かる。なるほど、自分でシナリオが書けないとはいえ、魅力ある舞台にはなりそうだった。
「私の方はまだ十分に時間があります」
「そうか。これが探偵学校に関する資料だ」
分厚いファイルを開くと、間から写真が落ちた。
「――これは」
「そこの生徒だ」
男は思わず笑いが漏れた。
「知っているのか」
「いえ――知りませんが。まだ、高校生ですね」
「君と同い年だよ、ケルベロス」
ケルベロス、と呼ばれた男はファイルを閉じ、一礼して部屋を出た。
なるほど、あの少年はやはり役者になるべき人間なのだ。
10/12/13
ケルベロスが一方的に七海君を知っていたら面白いかなぁーと。「覚えておくよ」発言があったり「君がケルベロスか」発言があったりで、8年前の戦い時にケルがいたかは微妙なところですが、そこはそれ。
原作読んで「ケルは七海さんに恨みでもあるのか?」と何となく思ったのがきっかけです。