The Third Day
彼はいつか見た時と同じように穏やかな表情で立っていた。
やぁ、久しぶりだね。そう驚かなくてもいいじゃないか。結構、君とは会ってるんだよ?気がついていないかもしれないけど――。そう、気がついたら困るんだ。だから、僕が勝手に君を見ているってことになるのかな。君は何のためらいもなくあそこを越えてくるからね。でもここまで来たのは、そうはない。たぶん、初めてだと思うよ。
見渡す限り、何もない空間。明るいとか暗いとか、寒いとか暑いとか、感覚というものが働かない。ただ、静かということは分かる。
別に僕だってここにずっといたわけじゃなくて。あちらこちら行ってるけど、君の姿があそこに映るようになってからは、ここにいることが多い。
あそこ、と指す場所が分からない。本当にここには何もない。ただ、周囲はかなりぼんやりしているから、もしかしたらそこに何かがあるのかもしれない。
昔ね、あの子に聞いたことがあるんだ。もしも君が死んだら――気を悪くしないでくれよ――泣くのかって。君らは昔からよく衝突していたからねぇ。そうしたらあの子は笑って、「背に腹は換えられねぇし」と言ったんだよ。分からない?うん、僕も分からなかった。今は何となく分かるよ。あぁ、そうかってね。
そう言って、彼は微笑む。少し、寂しそうだった。
そうだね。あの時、あの子は泣いていたね。それを見るのが辛かった。でも、君がこのまま進むのなら、僕はもっと辛いものを見なきゃいけない。だから、僕がここにいるのは、君のためじゃなくて、僕のためなんだ。我侭だとは思うけど、聞いてくれるかい?
頷いたのだろうか。彼は、また微笑んだ。少し、安心したように。
ありがとう。それと、もう一つお願いがあって。あの子呼ばわりしたことは黙っていて欲しいんだ。怒るからね。いつまで子ども扱いするのかって。じゃぁ、もう行ったほうがいい。
突然、背後で音が響く。大瀑布。突然現れたのか、自分が瞬時に移動したのか、それともずっと傍で轟音を上げていたのか。天を見上げても、何も見えない。激しい水量とは裏腹に、何故か安心できる流れだった。
あの時、七海君が言った言葉。それが分かるまで、ここに来てはいけないよ。理解できたら、君のことだから、来れなくなるとも思うけどね。
そう言って、連城暁は軽く手を振った。
―――― ………。
爆音は消えていた。静寂。いや、違う。微かな電子音が耳につく。あまり聞いて心地よいものではない。何故、その音が聞こえるのだろう。一定のリズムで、ただただ単調な音を繰り返すだけ。それが人の生死を判断している。
2つの約束を交わした。1つは、守ることができる。もう1つは分からない。きっと、彼の場所に行かなければ、七海の言葉は理解できない気がした。
05/04/02
5.「背に腹は換えられねぇしな」
「背に腹は換えられない」→「さし迫った苦痛を逃れるためには、他を犠牲にすることもやむを得ない」
もしも本郷さんが命を落としても、七海ちゃんは泣かないと思います。泣いたら、きっと立ち直れなくなるんじゃないかなとか。だから、そのために感情を犠牲にするんじゃないかと。