The Fourth Day
一般病棟に移された、というニュースは、同僚達を安堵させるには十分だったらしい。
「意識が回復して、速攻一般病棟へ移るなんざ、さすが体力バカというか」
「そんな事言ったら、怒られるよー?」
電話口でドクター・ドクロからその事を聞いた七海は、一言二言、用件を伝えて電源を切った。
目が覚める。瞬時に五官が活動を始める。最初に反応したのは、そのどれでもなかったが、気配につられ顔を向ける。月明かりに映える、白いスーツ。
「よう、起きた?」
「――なぜ、貴様がここにいる」
消灯時間が過ぎている、ということは当然、面会時間も過ぎている。もっとも、この男がそういうものを守るか、というと甚だ疑問だった。
「いやぁ、お前のアホ面見に来たんだけど、月があまりに綺麗でさ」
空を切り取ったような、薄い三日月。
「恐ろしいぐらい、綺麗だよな。空の傷みたいに――。死神の鎌にも見えるな」
その発言に、改めて七海の表情を仰いだ本郷は、一瞬、ヒヤリとしたものを感じる。月に照らされた顔は、いつもと違い、それこそ刃のような鋭さを持っていた。
過去に数回。本当に数えるほど。このような姿を見たことがある。軽く上半身を起こす。
「――何を、焦っている」
本郷の言葉に、七海は微かに身体を強張らせ、すぐにいつもの表情に戻り、指を突きつけてきた。
「あぁ?!焦ってるって、お前なぁ!どっかの誰かが長期入院なんぞしてくれたおかげで、こっちにゃ、仕事が山のように回ってきてるんだよ!世の中の人間がお前みたいに、不眠不休で働けると思ってるのか!オレのスケジュール聞いたら泣くぞ!挙句の果てに夢にまで出てきやがって!お前ってヤツは、恨み買ってるよなぁっ、相変わらず!!」
一気にまくし立てられる。余裕がない時の、典型的な反応。何も返さないものなら、「何だよ、その見透かしたような目は!」と畳み掛けてくるのも、毎度のことだった。
「――夢に出てきたことまで、文句を言われる筋合いはない」
「お前なんだから、筋合いあるだろ!」
支離滅裂もいいところだった。たった1分喚いただけで、普段ではありえないほど、呼吸が荒くなっている。
「――スケジュールが厳しいのなら、さっさと帰って寝たらどうだ」
「言われるまでもねぇよ」
刹那。スイッチが切り替わったような、いつもの七海の声。にやりと笑って、じゃぁな、と部屋を出て行く。さすがに呆気にとられた本郷は、上体を倒し、髪を掻き揚げる。
「――何をしに来たんだ、本当に」
「ドクター・ドクロ、何をやってらっしゃるんですか?」
深夜の見回り。研究室の前を通りかかると、やけに派手な音が響いてきた。ドアをノックし、覗いてみれば、不自然な格好で酒瓶を手に取る姿。
「や、片桐先生。ちょうど良かった〜。助けてくれない?」
おそらく、棚の上においてあったのを取ろうとして、バランスを崩したのだろう。
「まったく…こんな夜中に。そもそも、仕事場にお酒を持ち込むなんて、感心しませんわよ?」
「いやいや、これはね、ちょっと、特別にね。うん、今日だけ…見逃して、お願い」
パン、と手を合わせられる。考えても見れば、ここは彼の仕事場だが、ほとんど自宅と化しているのだ。変なところで合理的な科学者は、通勤時間すらも節約をしたいらしい。
「晩酌について厳しく言うつもりはありませんけど…仕事の最中でしたら――」
「仕事は、今日は終わり。これから七海ちゃんが来るの」
「七海君が?」
微かに眉をひそめた片桐を見て、ドクター・ドクロは、しまったと手で口を押さえる。
「えぇと、そのね、ほら、まぁ、こう――バタバタしていたじゃない?だから、お疲れさん、って事で」
要領を得ない話し方だが、もしもプライベートなことであるなら、自分に口を挟む権利はない。
「わかりました――ほどほどに。七海君に、明日から忙しいから、と伝えて置いてくださいね」
ありがと〜、と片桐を見送ったドクター・ドクロは、部屋に戻ってグラスを探し始める。
「ウォッカまでは必要ないかなぁ。そういえば、貰い物の泡盛がどっかにあったはずだけど…全く、七海ちゃんも素直じゃないんだから」
05/05/07
2.「恨み買ってるよな、相変わらず」
天邪鬼七海さんは、素直に本郷先生の心配なぞせずに、怒りに換えて本人に喚きちらし、酒を飲んで一晩寝る、という方法で乗り越えるかも、という話(笑)。むしろ素直に心配して見舞いに来たら、それは裏があるかと(ぉぃ