The Fifth Day
DDCは大わらわだった。無理もない。1人で数人分の仕事量をこなしていた人間が突然、戦線離脱したのだ。お鉢が回ってくるのは必至。本気ではないにしろ、何とか逃れる術はないかと作戦を練っていたところ、あっさり捕獲網にかかってしまった。
「別にこれは俺じゃなくてもいいと思うけど?」
片桐が持ってきた書類を、七海はざっと眺めて顔を上げる。
「でも、団先生は本郷さんに、と持ってきたのよ?」
「裏の裏のそのまた裏まで探れってこと?」
「そういうことね」
ある事件の重要参考人から話を聞くだけだった。だが、2回目。ということは、前回の内容も正確に把握していなければいけない。めんどうだ。何より、本郷の担当業務の後始末、というのが気に食わない。
「俺、他にも仕事あるんだけど?」
「だから、今回で終わるように話を聞いてきて頂戴」
「つまり、本郷は何か聞き逃したってことか。一気に事件を抱えすぎるからだ」
書類には1枚、メモがはさんであり、そこには暗号のような――実際暗号でもあるが――文字が並んでいた。公の場での打ち合わせでは、必要に応じてこのようなメモの残し方をする。ということは、前回の内容を知るにはこれの解読からだろ?で、待ち合わせが――。
「今日の5時?あと、1時間?!というか、移動考えたら30分?!」
「そう、だから七海君に頼んだのよ。相手は、何でも明日早朝に日本を発つらしくて」
「ちょっと、紫乃ちゃん。いくらなんでも、それはないでしょ?」
書類を渡され直に打ち合わせ、というのは珍しくはない。しかし、他人の引継ぎ――よりによって難題担当本郷の――というと、30分は些か辛い。そんな事を聞き入れてもらえる職場でない事は十分すぎるほど分かってはいるが、つい口に出てしまった。
「ごめんなさい。手違いがあって」
本心からの言葉のようだった。しょうがない。癪だが、解読は諦めて本郷に直接聞こう。
「言っとくけど、オレの助けは高くつくよ?」
七海の台詞に、殊勝な態度から一点、片桐は軽く眉を上げ、仕事よ、と踵を返す。いや、半分は冗談なんだけど?
「あぁ、そう、なるほどねぇ」
DDCと待ち合わせ場所の中間地点に病院があったのは幸いだった。最初から関わっていたらさぞかし厄介であろう事件を、10分で説明し終えた本郷に確認を取る。
「このカオル君ってのは、今回の事件に関しては完全に部外者でいいんだな?」
「被害者の死亡時刻が、偽造されたものと判明した。その頃彼は、飛行機の中だった」
「了解。で、カオル君の写真か何か、ないの?」
「ない。だが、見れば分かるはずだ」
「何?サボテンでも被ってるのか?」
軽いジャブのつもりが、本郷から返されたのは冷たい視線だけだった。
「いいから、行け。時間がないだろう」
「お前、何様のつもりだよ?」
書類をしまい、丁寧に椅子も片付け、七海は、本郷に向かって手のひらを差し出す。
「言っとくが、オレの助けは高くつくからな」
本郷は、七海の顔、手、そしてまた顔と、視線を移し、口を開いた。
「何が望みだ?」
「へ?」
てっきり片桐と同様の答えが返ってくると思っていた。
「えぇと、そうだな…」
予想外の展開は慣れているはずなのに、頭の中は見事に白一色。
「…フルコース、とか」
「わかった」
もうちょっとマシなもの思いつけ、と軽い自己嫌悪に陥るまもなく、それを承諾した本郷に目を剥く。
「え?お前、何言ってるか分かってんの?熱でもある?それとも頭打った?」
おでこに当てようとした手は叩かれた。
「時間がない。鬼首博士には私から頼んでおくから、さっさと行け」
「は…?おに…?…って!」
しまった。確実に失言だった。いや、本郷のことだから分かってはいるはずだ。
「違う!そっちのフルコースじゃなくて、オレが言いたいのは…」
「病院内では静かにしてください!」
抗議途中で、明らかに倍以上のボリュームで乗り込んできた看護師に襟首をつかまれた。ついでに言うと、体格も自分の倍以上あるに違いない。その証拠にあっさりと廊下へ引きずり出される。白衣の天使は想像の産物なのだろうか。
時計を見る。タイムリミット。閉まりかけた扉の向こう、ベッドへ顔を向ければ、知らぬ存ぜぬで読書をする姿。何だか、涙が出てきそうだった。
「…これって、単に貧乏くじ引かされただけ?」
フルコース。DDC・DDSにおいて、それは、ドクター・ドクロ特性の「ポイズン・フルコース」すなわち、「新薬の実験台」の隠語に他ならない。
05/03/19
1.「言っとくが、オレの助けは高くつくからな」
貧乏くじを引かされる七海さんの話(ぇ。実は裏で片桐先生、本郷先生、ドクター・ドクロがつるんでいたら面白いかもしれません(笑)