30.また明日。
静かだった。一様に本を読んでいるはずなのにページをめくる音すらしない。普段2人が入れ替わり――時には一緒に――立つ教壇は誰もいない。休校の知らせは、授業開始10分前だった。
DDCで、殉職者が出た。
危険が少ない仕事だとは思わない。だが、知識と覚悟には相違がある。覚悟と事実にもまた。自分の年齢は、死を意識するには早すぎるかもしれない。
本来なら、手伝いにいくべきところを、連城は、今回は、と前置きをつけて断った。
椅子を引く。弾かれたように顔を上げたのは片桐。
「帰るの?」
「あぁ。明日から、期末なんだ」
「――じゃぁ、私も」
その言葉に、七海も立ち上がる。ここに1人でいると幽霊が出そうだから俺も。戸締りだけ確認して、外へ出る。目を見張るような赤い空。
一言も交わさずに歩く。2人が何を考えているのかは分からない。多分、似たり寄ったりだろう。最初の別れ道。片桐だけが、左に折れる。いつもなら、じゃぁね、と言って角を曲がるのに、何故か足を止めた。何かを言おうと、迷っているようだった。自然と、七海と視線があう。
「また、明日」
「明日な、紫乃ちゃん」
ポン、と軽く肩をたたいてかけた言葉に、片桐は、少し息を呑んで、微笑を返した。
「えぇ――また、明日ね」
その言葉は誰に向けて言ったのか。
「きょーぉのひはぁ、さよぉなら〜」
閑静な住宅街。七海の声は雰囲気を度外視したものだった。
「音程を外している自覚はあるのか」
「ここできっちり歌い上げるほどカッコ悪いものはねぇだろ」
歌が終わると、また無言のまま時間が過ぎる。
「殉職、か」
ぽつりと呟いた七海は、顔を覗き込むように一歩前へ出る。
「――オレ達んなかじゃ、お前が一番当てはまりそうだな」
「――そうだな」
「肯定かよ」
「ここで頑なに否定するほど、格好悪いものはないだろう」
言うねぇ、と、手を頭の後ろで組んで、歩みを進める。
「また明日。残酷だよな、これ」
「――そうだな」
守れるか分からない約束。日ごろ何気なく使う言葉。
2つ目の別れ道。ここで自分が右に折れる。本郷、と掛けられた言葉に振り返る。
「オレは、お前の葬式には出ねぇからな」
青いグラデーションに1つだけ輝く星。時間の流れは速い。明日はすぐに来る。そう思えるのは、生きていることが当然と考えているからだろうか。
06/03/12