3.実習
爽やかな風。萌える新緑。抜けるような青空に柔らかな日差し。公園の隅にある池。遊具とは対角上にあるため、子供の声も遠い。
「いい気候だよな」
「そうだな」
「弁当でもありゃ、ピクニックか。あぁ、でもお前と2人っきり、てのは嫌だな」
かれこれ20分ほど。七海と本郷は、池の縁に座って水面を睨んでいた。水面から顔を覗かせている相手も、同様に睨みつけている――のかどうかは分からないが、勝負で言えば、膠着状態が続いていた。
「ペット探し?」
首をかしげた七海に、連城は頷いた。
「ちょうど依頼が入ってね。そう難しいものじゃないから、3人でやってみるかい?」
「DDCってペット探しまでやってるんスか?」
「そりゃぁ、探偵社だからね。犯罪以外の調査は行なっているよ。特にペットなんて、警察じゃ扱ってくれないからね」
それもそうか、と本郷は組んだ手に顎を乗せて2人のやり取りを聞いていた。いくらDDCが他の社と違い、犯罪捜査を行なうことがあるとはいえ、探偵は探偵だ。個人の依頼があって初めて成り立つのだ。隣で片桐が手を挙げる。
「そのペットについての情報は?」
「あぁ。ここにある。団探偵社が発足した当時からのお得意さんでね。よくペットの捜索依頼を持ち込んでくる婦人なんだけど…これがどうにも」
「難しいんですか?」
「いや。見つけるのは簡単だよ」
ファイルから目的のものを見つけ出した連城は、笑顔で七海に手渡した。
「体長2m………?え?」
「これが写真。じゃ、頑張って。あぁ、依頼人に話を聞きたければ、すぐに連絡がつくよ」
「ウチのエリザベスちゃんはおしとやかなんですけど、たまに気まぐれに散歩に出かけてしまうんですのよ。ちょっと目を放した隙に、器用に首輪を抜けてねぇ。警察になんぞいって、エリザベスちゃんが悪し様に言われるのも憤慨ですから。えぇ、大丈夫ですよ、大人しいですから――って!あのオバサン、何言ってるんだよ!!!」
さらに10分、何もせずに時が経ち、七海は苛立ちまぎれに依頼人の口調を真似る。片桐は少し待っててと去ったきり。
「確かに、見つけるのは簡単だったな」
七海よりは待つのにストレスを感じない本郷にしても、この進展の無さには辟易していた。相手が人間ならば、説得するなりの行動も取れるというもの。捜索依頼でも、人間であれば所在を明らかにすれば終わりだが、ペットとなると捕獲までが範囲となる。連城は、ペット捜索は警察では扱ってくれないと言っていたが、どう考えてもこれは彼らの仕事だ。もっとも、何のためらいもなく依頼を回したぐらいなのだから、思っているより危険はないのかもしれないが。
「遅くなってごめんなさい」
息せき切って、片桐が戻ってきた。手にはビニール袋が2つ。そこから出ているのは、川などで魚を捕るのに用いる取っ手つきの網だ。
「…その網で捕まえる気?」
「やっぱり、動物は餌でおびよせて、というのがセオリーでしょ?」
「餌って…」
何となく嫌な予感がしながら、本郷はスーパーの袋に目をやる。
「あのさぁ、それやるのって…?」
「あら。他に誰かいるかしら?」
2人を交互に見つめ、片桐は袋を渡した。
「ちょっと待って!こんな網でどうにかなるかと思うの?」
「縄もあるわ。大丈夫よ」
「大丈夫って…おい、本郷!」
本郷に助けを求めるが、当の本人はスーパーの袋の中身を凝視したまま固まっていた。
「何入ってんの…?大特価…?100グラム50円…?鶏もも肉?」
パシャ、と水面が動く音。3人は、ギョッと振り向く。爬虫類独特の瞳。ペットとして飼うには許可されているものだろうが、すぐに逃げ出せるようなずさんな管理は許されているはずが無い。
「…アイツって鼻きくの?」
「…さぁ」
「ほら、早く」
『早くって言われても』
ゆっくりと、まるで獲物を狙うように。池の中央から近寄ってきたエリザベスは、大きく口を開け、鋭い歯を見せた。
06/02/12
蛇はともかくさすがにワニは引くかなとか。彼らの中でエリザベスがワニからドクロに変わったのはいつのことでしょう。