25.犯人は誰?
不意に目が覚めた。白い天井。どこだろう。寝てはいるが、布団の上ではない。床だ。起き上がって周りを見渡せば、どこもかしこも蛍光灯を隙間なく並べたように真っ白で、近未来的な部屋のような気もするが、いかんせん上下の区切りだけで、左右の壁が存在しない。
握っていた手の中に固い感触。広げてみれば、金色のボタン。学生服の――本郷のものだ。
「思い出した」
バランスを崩した。何故かまでは思い出せない。とっさに隣にいた本郷の手を掴もうとしたが、僅差で無理だった。掴んだのは袖口のボタンで、それは耐えるという言葉を知らなかったらしく、あっさりと取れてしまった。眼前に迫ってきたトラック。
「…俺、撥ねられたのかな?」
だとしたら、ここは天国なのか?それにしては随分と無機質だ。お花畑も三途の川も見えない。
「あれ?手帳、手帳…」
確か、バランスを崩す前まで手にしていたDDS手帳。
「ねぇ、この手帳ってあなたの?」
突然かけられた声に、飛び上がるほど驚いた。さっき見回した時には、何もなかったし誰もいなかった。
振り向けば、小学生ぐらいの女の子。おいおい、気配のなさは本郷の専売特許じゃなかったのか?動揺が声に出ないように、礼を言う。
「うん、そう。ありがと――」
少女は、表紙の文字から目を外さない。
「DDS――。ふぅん。あなたも、生徒なんだ」
鏡があったらまん丸な目をした自分が映っていたずだ。現在、DDSの存在は、ほとんど知られていない。こんな小学生が知っているはずがなかった。いや、「あなたも」ということは、彼女の知り合いも生徒ということなのか。って、生徒は俺を含めて3人しかいないし――あの2人に小学生ぐらいの妹がいるなんて聞いたこともないけど――。
「私もね、もう少し大きくなったら、DDSに入るの」
漆黒のような黒髪と意志の強い瞳を持った少女は、はっきりとそう言った。
「へぇ――じゃ、オレの後輩になるの?」
「うぅん。あなたは、将来、私の部下になるの」
部下ぁ?
「だって、あなた、あまり優秀には見えないし」
ほっとけ。
「私は、団守彦の後継者になるんだもの!」
ほうほう、そりゃ――。
「そりゃ、無理だよ」
笑って否定すると、少女はムッとして、何で?と聞き返してきた。
「だって、団先生の後継者は、もういるし」
連城暁、という人物が。
「そんなの、分からないじゃない。私、この前、警視総監特別賞、もらったのよ!」
「へぇ、すごいね」
皮肉に聞こえたのか、彼女は、ますます瞳に怒りをたぎらせる。だが、反論の変わりに、話を別の方向へ持ってきた。なかなかどうして、小学生らしくない子だ。
「じゃぁ、あなたは?」
「ん?」
「あなたは、何になるの?」
「何に?」
「だって、団守彦の後継者にならないんだったら――」
考えたこともなかった。別に、団先生を目指すというよりは――。あぁ、そうだ。
「…右腕、かな」
「右腕?」
団守彦の右腕と呼ばれる連城が後継者という地位につけば、『彼』の『右腕』はいなくなる。
「…でも、あなたがなれるとは思わないけど」
「うるせぇよ!」
というか、オレ死んだんだから、今更こんなこと言ってもなぁ。
「じゃぁ、約束守るために、この手帳は預かっておくわ」
「何だ、そりゃ!」
「右腕になれたら、返してあげる」
待て待て、それは困る。彼女のよく分からない勝手な言い分を聞く理由もないはずだが、手帳だけはダメだ。
「じゃぁ、代わりにコレ、持ってていいからさ」
とっさにボタンを差し出す。本郷のだけど。まさかアイツだって死人から取り返そうとは思わないだろう。
少女は、納得いかない表情ながらも交換に応じた。第2ボタンじゃないわよね、と、こましゃくれた事を言って。どこかで見たことある顔なんだけど――。
「七海君!」
「七海!」
うるせぇ。頭上から降ってくる声に、七海は軽く手を振った。目を開ける。白い天井――に被る2人の顔。厳しかった表情から、安堵のため息が漏れた。
「よかった…気がついて」
片桐の言葉に、七海はしらばく考え込む。
「――あ。オレ、トラックに轢かれたんだっけ?」
それにしちゃ、ベッドに寝かされてるだけだけど。起き上がっても、背中が痛むだけで、怪我らしい怪我はしていないようだ。
「あの、違うの。トラックには轢かれていないの…一応、これから検査はしてもらうけど」
「轢かれてないの?…じゃ、何でオレ、こんなところに寝て検査待ちなの?」
「えぇと、そのね、七海君がバランス崩して、本郷君の腕を取りそこなって車道へ倒れたでしょう?ちょうどスピード出したトラックが近づいていて。でね、とっさに本郷君が引き上げたから惨事には至らなかったんだけど、ちょっと勢いが付きすぎて、その、ブロック塀に叩きつけられて…」
『…………』
沈黙。ラッキーという気持ちはたちどころに消えうせた。
「本郷、てめぇ!何かオレに恨みでもあるんかよ!」
「確かに俺にも落ち度はあったかもしれないが、あれは不可抗力だ」
「そうよ。あのくらい勢いつけなきゃ間に合わなかったかもしれないんだし、道も狭かったし…」
「打ちどころが悪けりゃ、死んでたかもしれねぇじゃん!」
「だから、それは悪かったと…」
「でもね、七海君も悪いのよ。交通量の多い道で、歩きながら手帳を読んでいるんだもの」
どーせ俺が…とふてくされかけた七海は、その手帳は?と慌てて尋ねた。
「あ、それならここに」
空いた椅子の上に、上着と一緒に置かれているそれを見て、七海は身体の力を抜いた。
「よかったぁ。さっき夢の中で、この手帳、取られそうになってさ」
訝しげな2人の表情は無視して、七海は手帳をめくる。視界の端に入った、本郷の腕。袖口のボタンが1つ取れた学生服。
◇◆◇◆◇◆
「…何なのかしら、これ」
雪平は机の上に置いたボタンを前に唸った。小さい頃から大切にしていた宝箱。久しぶりに開けてみて、真っ先に目に付いたのが、これだった。鈍い金色で、『高』という文字が入っているのだから、高校のボタンには違いない。だが、両親に聞いても知らないと返ってきた。
調べてみれば、都内にある学校だということは分かった。自宅からはかなり離れている。女子はセーラー服だったから、男子の学ランのものだろう。第2ボタンというのであればまだ分かるが――自分で貰った物ではないにせよ――大きさからして、袖口についているもののようだ。
何より、宝箱は1年に数回は開けているのだから、このボタンに気づかないはずはない。だとしたら、前回見た後に入れられたものなのか。自分以外の誰かによって。
少し気味が悪かった。できることなら、捨ててしまいたい。だが、それは出来ない。理由は分からないが、返さなければ、という責任にも似た思いがある。でも、誰に――。そういえば昨晩、変な夢を見た気もするけど、関係あるとは思えないし――。
「明日、DDSに持っていこうかしら」
1人で悩んでいて分からないのなら、人の力を借りてもいい。それが、あのクラスが出来て学んだことだった。雪平は、制服のポケットにボタンをいれ、電灯を消した。
05/11/28
七海さんと雪平嬢の組み合わせは好きです。あ、当然この話では時系列無視していますから(笑)
七海さんがなりたかったのは、団先生と連城先生の関係、そのものじゃなかったのかなと。きっと、当時は、連城先生の右腕になりたかったんじゃないかなとか。何せ、連城先生っ子だし(笑)
それでも頑張って『右腕』やってるんだから、約束は守りましょう。