12.掃除当番
「どこやろう」
掃除当番。どの部屋をやるかは、各自の判断。1階と2階の簡易見取り図を前に、七海は唸った。屋内は一通り終わったし、庭はこの前やった。
掃除用のロッカーを開ける。雑巾、モップ、デッキブラシ、箒、塵取り、そしてバケツ。
「…デッキブラシってどこか使ったっけ?」
古い木造の屋内では、あまり使わないものだ。床は全て、雑巾による水拭き・空拭きだったし。
「学校じゃ、トイレと玄関掃除に使うんだけどな」
一度も使っていない道具を使うことにする。掃除は掃除だから文句は出ない。さて、どこにしようか。玄関口――は、昨日、紫乃ちゃんが綺麗に掃いたし。
外へ出る。抜けるような青空が気持ちよい。ところどころに浮かぶ雲は、手を伸ばせば届きそうだった。
「あ」
そうだ。あそこがあった。七海は、デッキブラシを片手に物置小屋へ走る。
懐中電灯の光に浮かぶ校舎。電気はついていない。当然だ。今日の授業は早くに終わったし、掃除当番の七海がよほど遅くまで残っていなければ、ついている理由も無い。もっとも、自分が今ここにいるのも、それが原因ではあった。
「…ん?」
本郷が足を止めた先。校舎のすぐ傍、地面の上に放り出されたデッキブラシ。ロッカーにあったものだ。持ち出す人間といえば、1人しかいないが――。
改めて、校舎を照らす。今度は、2階まで。すぐに、見慣れないものが目に入った。玄関の上のバルコニー。そこに掛けられた梯子。それは屋根へと続いている。
「おい、七海」
「んぁ?」
寝ぼけた声で返事をして、数秒。七海は跳ね起きた。
「本――っ!!」
「何をしている!」
屋根の上。ずり落ちそうになった七海の腕を慌てて捕まえる。
「やべぇ、オレ、寝てた!」
「見れば分かる」
「…って。何で、本郷がここに来るんだよ」
「お前の家族から電話があったんだ。帰ってきていないと」
俺はいつからお前の捜索係になったんだ。続けられた言葉に、七海は口を尖らせた。
「なーんで、ちょっと遅くなっただけで本郷ん家に電話すっかなぁ」
だが、無言で眼前に持ってこられた時計の針を確認するや、口はそのままに目が点になった。
「…あ。全然、ちょっとじゃないのね」
「何でこんなところにいるんだ」
「掃除してたんだよ。ここ、めちゃくちゃ汚かったから」
掃除のし甲斐があったぁ。立ち上がって、大きく伸びをする。
「屋根なんて掃除しても、意味はないだろ」
「昼寝にちょうどいい。気持ちよかったぜ?空が近くなって」
昼寝、という言葉はともかく。空を見上げる。確かに近い。街頭も少ないからか、星が良く見えた。
「…あぁ。もう白鳥座が高いところに出ているな」
「…どれ?」
「あの十字だ。あれと、そこの2つで、夏の大三角形」
「…なんでそんなこと知っているんだよ」
「…学校で習っただろう」
それに、天文部ならこのくらいのことは覚えさせられる。何気なく言った台詞に、七海は、暗闇でも分かるぐらい目を丸くした。
「天文部?!お前が?!嘘だろ、似合わねぇ!!」
「そこまで驚かなくてもいいだろ。中学の頃の話しだし」
「驚くよ。お前のどこにそんなロマンティスト的なとこがあるんだよ」
「別に、そういう理由じゃない。活動日が少ないからだ」
部活は必修だったから。そういえば、個人で道場に通っているんだっけか。あまりに納得のいく理由に、七海は、つまんねぇ、と再び寝転がった。
「じゃぁさ、あれは?あの星」
「そんなものは知らない」
「何だよ、元天文部なんだろ?あ、北極星はどこ?」
「…お前こそ、星に興味があるとは知らなかったな」
「北極星は別だろ。砂漠や海で迷ったら、大切な道標じゃん」
一体この男は何処へ行くつもりなのか。本郷は、軽くため息をついて、指を向けた。
「ふぅん。あれかぁ」
七海が上体を起こす。しばらく、そうやって星を眺めていたが、おもむろに問いかけた。
「なぁ、お前にとっての北極星って、誰?」
「誰?」
「目標。団先生?」
北極星の意味とは少し違う気もするが、首を横に振った。
「さぁな」
「何それ。お前、目指す人物、いないの?」
「そういうお前は、どうなんだ」
ヒミツ。語尾にハートマークをつける勢いで、七海は指を唇に当てて答える。
「帰ろうぜ。ミイラ取りがミイラになるぞ」
もはや反論する気も起こらない。本郷は梯子に足をかけた。七海はまだ空を見ている。彼にとっての北極星。北極星は、導き星だ。だからこそ、どんな道でも歩ける。しかし。
「足元を見て歩けよ」
「あぁ?いくら暗い屋根の上だからって、オレがそんなヘマをすると思ってんの?そりゃ、さっき落ちかけたけど、あれは――」
誰にとも無く呟いた忠告は伝わらない。今はまだ、空を見てがむしゃらに走っていてもいい。本郷は微かに笑みを浮かべてバルコニーに降り立った。
06/01/13
本郷君が文科系の部活だったら面白いね、という話です(違います)。
単行本を見る限り、旧校舎の屋根って昼寝は出来なさそうですが、やっぱり屋上で昼寝、というのは学生ならでは、と思うのです(どんな思い込み)